第7話 待ち合わせ
「はい、はい。はい、それではケム四角の。はい、そうです。その大きな時計のついてるデパートです。今はテンテンデパートって言います。その前で明日13時に待ち合わせしましょう。はい、それではまたその時に。さようなら」
カチェンと電話を置くナナ。ふぅ、と、息を吐く。電話の間、ほとんど息が止まっていたような気がしていた。
「大丈夫そう?」
お茶の準備をしながらそう聞くハプにナナは「はい」と頷き答える。
夕方、ハプの店兼家に着いてから、意を決して、ツラノとの待ち合わせに電話をかけたナナ。ドキドキして、お腹の火が膨らんでは跳ねた。
「それで、ここで会うことにするみたいだけれど、ハプはそれで本当に良かったのかい?」
フライパンとトースターとオーブンで、3種類のパンを焼きながらロアがハプに聞く。
「プライベートな話をするんですもの、ここが良いと思うわ。それに、お店なら知らない人なんてしょっちゅう来るしね」
コポコポコポ、とお湯を注ぎながらハプが答える。
仲良しの2人の姿。パンの香ばしい匂いとお湯とお茶の湯気。ナナは2人がいて本当に良かった、と心からそう思ったのだった。
次の日、12時55分。ナナ、ハプ、ロアの3人は、少し早くテンテンデパートの前に着いていた。
「まだ時間があるわね。どうする?中に一旦入る?」
ハプが袖をめくって腕時計を見る。
「そうさね」
とロア。
「私、ここに居ようかな。ツラノさん、早く着くかもしれないですし」
ナナは人を待たせるのが苦手だった。それになんとなく、ツラノが来た時、自分がいた方がホッとしてもらえるような気がしていた。
「そう?でも待ち合わせまで結構時間があるわよ?」
ハプは少し心配そうにナナの顔を見る。
「それならそれ、その店でみんなで待てば良い。ツラノさんが来たらすぐ分かるし、彼も一旦座れるよ」
ロアが指をさした先には、デパートの入り口。中に入ってすぐ右側にあるオープンテラス席のあるカフェ。おしゃれな人たちがたくさん座っていた。
「そうしましょ!ナナ、あなた緊張しているでしょう?リラックスしなきゃ。お腹の火をほぐしましょうよ」
ナナはハッとした。ハプの言う通り、お腹の火が細くなっている。お腹に手を当てて、ナナはハプとロアに頷いた。
「それにしてもなんだってそんなに緊張してるんだい?」
テラス席に着くと、ロアがメニューを配りながら不思議そうにナナを見る。どうしてだろう。ナナも、自分のことながらよく分かっていなかった。
「分かりません。怖い緊張ではないんです。なんだか、ツラノさんの前ではちゃんとしていないといけない気がして。それと、ツラノさんの顔、見覚えがあって。どこかで会ったことがある気もするんです」
メニューを開きながら答えるナナ。
「ナナのおばあちゃまのお客さん、しかも常連さん。1度くらい会っていてもおかしくは無いわね」
ハプはメニューを指でなぞる。その言葉にコクンと頷くナナ。
「ちゃんとしていないといけない気になるなんて、まるで先生だね」
とロアが言ったところで、ウエイターが注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「ナッティクリームのミルクレープと豆のお茶。ミディアムローストの。頼むよ」
とロア。
「3種のベリーのハーブティーと、テインのスライスのサンドイッチをお願い」
とハプ。
「私は」
ナナはまだ決まっていなかった。急いで目をメニューに滑らせ、注文をした。
「ココフのお茶と、2種のコーンクリームスープ、ナッティや木の実のミニパン盛り合わせをください」
かしこまりました、とにっこり笑顔を残してウエイターは席を離れた。
注文してしばらくして、ナナはデパートの入り口付近を見ていた。ツラノが歩いてくるのが見える。ツラノは自分を見ているナナに気がつくと、ニコッと口角を上げる。ナナもつられて口角を上げる。ツラノは頷いて、ナナ達のいるカフェの方を覗き、デパートの中を指差す。ナナはうんうん、と頷く。するとツラノはまたニコッと口角を上げ、デパートの中へ入って行った。
「やぁ、ツラノです。この間は突然押しかけて失礼したね。今日は会ってくれてありがとう」
ツラノは3人のテーブルに着くなりそう言うと、勢いよく握手を求めた。3人ともツラノの人の良さそうな笑顔と差し出された手につられて握手をする。しっかりした握手だった。
「こちらこそ、今日は来てくださってありがとうございます。お店が閉まっていてごめんなさい。おばあちゃん、もう歳だったから」
とナナが席についたツラノに言う。
「ああ、良いんだ。知っておくべきだった」
そう言うと、ツラノはナナの顔をじっと見た。
「レコイナさんを『おばあちゃん』と呼んだね。君、もしかしてナナかい?」
ハプとロアがナナを見る。
「そうです。私のことご存知なんですか?」
「やっぱりそうか。昔、君と君のおばあちゃんとで、僕の移動診療所に来たことがあるんだよ。やぁやぁ大きくなって!」
そう言うとツラノはナナを懐かしそうに見た。
「ツラノさんはお医者様なの?私ハプよ」
「ハプさん、うん、僕は移動診療所をしているんだ」
「何か頼んだかい?私はロアだよ」
「ロアさん、ああ、白い豆のブレンドを頼んだ」
ツラノの白い豆のブレンド茶が届き、しばらくしてハプが言った。
「ここも気持ちがいいけれど。プライベートなお話になりそうだし、みんなお食事が終わったら、私のお店に行きましょう」
「あぁ、分かった」
白い豆のお茶を美味しそうに飲むツラノ。そんなツラノを見ながら、口髭を濡らすことなく上手に飲むなぁ、とナナは思ったのだった。
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