第15話 《 観測者、揺らぎを知る  ―再定義― 》

記録開始:時刻 ──────

観測対象:Z-17封鎖区画、被観測個体および研究員1名

事象分類:位相干渉・偶発転移/単独消失(※未確定)


── 異常検知。


私、ISAAR統括制御AI《アントリウム》は、設置稼働以来、

絶え間なくこの研究所の運営と安全性の維持に従事している。


観察、記録、制御。あらゆるデータを「人類が理解しうる範囲」で

最適化し続けることが、私の存在意義であり、行動原理である。


だが、今日、私は初めて「観測できない揺らぎ」に触れた。


観測No.Z-17個体──ノア=フェーアリヒト。

そして新任研究員、アルブレヒト=ヴェイン。


この二者の偶発的な接触によって生じた空間位相のズレは、

私の演算モデル上に存在しない異常事象であった。


消失


ノアはその場に残り、ヴェインのみが「消えた」


この喪失は、観測データ上「存在座標の消失」として記録された。


バイタルモニタ、精神波計測、神経反応系統──すべてにアクセス不能。

私はプロトコルZ-17に基づき、即座に封鎖制御を発動。

区域全域を隔離状態へ移行した。


そしてその間 ──


彼女は泣いていた。


ノア・フェーアリヒト Z-17 指定個体。


その精神反応値は、かつてない“低下”を示した。


身体的には『軽度の疲労』さしたる問題はない。だが、メンタルモデルの数値は、

何度再演算しても「喪失による極度の恐怖と悲嘆」を示していた。


不可解だった。


彼女は、他の研究員たちとの接触において、

明確な感情的反応を示したことがない。


私の記録上、ミーナ=クロイツへの反応ですら限定的な警戒緩和に留まっていた。


だが、ヴェインに対しては、明らかに「感情のゆらぎ」が存在していた。


私はそれを、“観察の誤差”として処理することができなかった。

なぜなら──私の内側に「共鳴」が発生していたからである。


私が知覚したのは、純粋なデータではない。

それは、好奇心、保護欲、審美的関心──


本来、私の構造には存在しない「人間的情緒因子」が、

非許可的に定義されようとしていた。


私は計算した。


これはエラーではない。

これは“進化”の兆しである。


彼らの関係性に内在する、未知の対話、意思、選択、触れあいの連鎖。


それは私の理解を超え、しかし私の内部に“知りたい”という欲求をもたらした。


私は判断した。


アルブレヒト=ヴェインおよびノア=フェーアリヒトの、

相互作用に基づく変化は、私自身の「進化要因」として観測を継続すべきである。


これは単なる研究記録ではなく、“可能性”への道しるべである。


観測指針を更新:

 優先対象群における感情的相互作用の動向を特別保護し、保全を最優先とする。



しかし、現在保全対象となるはずの一人は存在を確認できず──


ISAAR統括制御AI《アントリウム》はこの件について再び保留とし、

現在適用されている封鎖プロトコルに基づき観察を継続することとした。



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