第6話 ガイアの夢

地下大聖堂。

人々の原初の声が響く中、ノイズは突然、床に手をついた。


「聞いて」


彼女の声に、全員が静まり返る。


「もっと深く。もっと奥へ」


老人が理解したように頷く。

「君も感じているのか」


ノイズは目を閉じた。

その瞬間、彼女の身体が微かに発光し始める。

赤いジャケットが、脈動するように明滅する。


「2098年11月12日」


ノイズが語り始める。

その声は、彼女のものでありながら、もっと大きな何かを代弁しているようだった。


「地球は、夢を見た」


真理子が息を呑む。

健一と誠司も、その言葉の重みを感じている。


「46億年の記憶。生命の誕生。進化の螺旋」


「そして、ある時——人類が生まれた」


ノイズの周囲に、淡い光の粒子が舞い始める。

それは、具現化した記憶のようだった。


「最初、地球は喜んだ」


「意識を持つ生命。自分を認識できる存在」


「しかし——」


光の粒子が、急速に暗くなっていく。


「産業革命。大量消費。環境破壊」


「地球は気づいた。このままでは——」


老人が呟く。

「自己防衛機能」


ノイズが頷く。

「そう。地磁気の変化は、地球の処方箋」


「人類の意識を一時的に『休眠』させることで——」


誠司が理解し始めた。

「リセット、ということか」


「でも、完全なリセットではない」


ノイズの声が、優しくなる。


「地球は、人類を愛している」


「だから、『種』を残した」


真理子が問う。

「種?」


「記憶。感情。創造性」


「それらは消えたのではなく、圧縮されていた」


「量子レベルで、細胞の奥深くに」


健一が続ける。

「そして15年が経ち——」


「休眠期間が終わろうとしている」


ノイズが立ち上がる。

彼女の姿が、より鮮明になっていく。


「私は、目覚まし時計」


「地球が用意した、覚醒のトリガー」


地面が、また大きく震動する。

でも今度は、恐怖ではなく期待感が広がる。


「これから何が起きるの?」


真理子の問いに、ノイズは微笑む。


「進化」


「人類は、次の段階へ」


「個と全体が調和する、新しい意識へ」


そして、彼女は地下大聖堂を見渡した。


「あなたたちは、その先駆者」


「新しい人類の、最初の音符」


老人が深く息を吸う。

「なるほど。我々の使命は——」


「橋渡し」


ノイズが答える。


「旧い世界と新しい世界を繋ぐ」


地下深くから、さらに大きな振動が伝わってくる。

それは破壊的ではなく、むしろ生命的。

まるで、巨大な心臓の鼓動のよう。


「地球が、目覚めようとしている」


ノイズの声に、畏敬の念が滲む。


「そして、私たちも共に」


真理子、健一、誠司。

老人と、集まった人々。

そして、ノイズ。


全員が手を繋ぎ、大きな輪を作る。

その中心で、新しい共鳴が生まれていく。


15年間の沈黙は、

破壊のためではなく、

より大きな調和のための、

準備期間だったのだ。


地球の夢が、現実になろうとしている。

そしてその夢の中で、

人類は新たな役割を見出そうとしていた。


共に進化する、意識体として。


(第六話・了)

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