第12話:嫌われたくない
「ᛞᚢᚾᚴᛖᛚᚺᛖᛁᛏ ᚠᛚᚪᛗᛗᛖ」
真っ黒な炎が、巨大なゴブリンの体を包み込む。
暫くして、漆黒の骸だけがその場に残った。
周囲を見回した私は、地面にへたり込む。
「お、終わった」
ゴブリンのダンジョン、攻略完了だ。さっき倒したのは『守護者』と呼ばれる存在。
ダンジョン・コアを守る、ダンジョン内で最も強い存在。
倒したんだ。これでダンジョンの活動は停止する。
もう、ゴブリンと戦わなくていい。
怖かった。・・・怖かった。何度も死ぬと思った。何体ものゴブリンを。殺した。
師匠は後ろから「展開速度が遅い」とか「魔力操作が乱れてる」とか
「躊躇するな」とか。ずっと、腹を立ててる様子だった。
きっと、私が訓練通りの動きを出来なかったから。
「よくやった。魔法の展開速度、平常時の魔力操作、魔力治癒速度に、魔法理解。
どれをとっても二級の魔導師試験の合格ラインに到達している。
が、実戦では準三級程度。冒険者の等級で言えば、第五等級・黒鐡程度だな。
・・・暫く、このダンジョンで訓練を積もう、ダンジョン・コアは潰すな」
「へ?」
師匠の言葉に驚きすぎて、間抜けな声が出てしまった。
暫くこのダンジョンで訓練する?また、同じことをやらされるの。
無理だ。もう一回同じことなんて出来ない。どうしよう。
素直に謝る?それとも逃げる?・・・駄目だ、そんなこと出来ない。
メイドさんや執事さん達にはよくしてもらったし、師匠にも恩がある。
うぅ。でも。もう、殺したくない。死にたくもない。私、どうしたらいいの。
「生き物を殺すのには慣れが必要だ。何度も、何度も、何度も殺す必要がある。
いずれ、楽しくなってくる奴もいれば、一生慣れない奴もいる。
お前は恐らく後者なんだろう。
だが、そういう奴でも「殺らなければ、殺られる」と理解した瞬間、
躊躇なく殺せるようになる。
お前が、それを理解できるまで、何度でも付き合ってやる。
・・・とりあえず、今日は帰るぞ。
そうだ。移動系の魔法を使える程度の魔力は残っているか?」
私は、今後について考える暇もなく、移動系魔法の訓練をさせられることとなる。
教えられた魔法は中級魔法の『ᚠᛚᚢᚵ(飛行)』。
移動系魔法の一種で、空中を飛行しながら移動できる魔法。
ただし、魔力消費量は多く、緊急時に短距離を短時間で移動したい時に使用する。
ただでさえ、ダンジョン攻略で消費した魔力を、飛行魔法で更に消費した結果。
私は当たり前に魔力欠乏症を起こした。やっぱりこれ、死ぬほど辛い。
眩暈と吐き気が尋常じゃない。真っ青な顔でその場に固まっている私に師匠は。
「ダンジョンの攻略を行った上で、飛行魔法を使って魔力欠乏症を
起こさなくなったら、合格だ。二級魔導師試験を受けさせてやろう」
とだけ言って、私を庭に放置して、自分はさっさと屋敷へ戻ってしまう。
やっぱり、怒っているのかな?きっとそうだ、私が怒らせてしまったんだ。
うぅ。なんか、頭痛も出て来た。ああ、ヤバい、ホントに死にそう。
ここで死ぬんだって、思った時、メイドさん、
と言うか、何故かこの1年で私の侍女?になったミュラーさんが、駆け寄ってくる。
(※第6話で、澪に貴族の礼儀作法を教えてほしいと、頼まれた人物。)
「ミオお嬢様!」
ミュラーさんは私の隣にしゃがむと、ゆっくりと背中をさすってくれる。
・・・毎日のように魔力欠乏症を起こしていたから、
ミュラーさんも一瞬で察してくれるようになっている。
それにしても、なんでミュラーさんがここに?
いや。今はそんなことどうでもいいか。眩暈と頭痛の吐き気で死にそうだ。
「っ!ミオお嬢様、どうなさいました?」
いつも以上に心配そうなミュラーさんを見て、
私は自分が泣いていることに初めて気が付いた。
なんでだろう。
この世界に来てからは無意識に涙を流すことなんて殆どなかったのに。
特に、人前では絶対になかったのに。
どうしてだろう。なんでだろう。いや。理由は分かってる。
・・・でもきっと、私が悪いんだろう。今までなら、そう思って、諦めていたけど。
「ハーゲンドルフさんにとって、私ってどんな存在なんでしょうか・・・」
私は、ミュラーさんの服の裾を、無意識に掴んでいた。
自分の質問や、行動が子供っぽいことは理解していたけど。
気が付いたらそうしていた。
今更だけど自覚した。私は、師匠・・レオポルトさんに、嫌われたくないんだ。
確かに、どこか冷たくて、素っ気ないけど。
ちゃんと優しくて、私を気に掛けてくれる。
多分、私を『一人の人間』として、接してくれているんだ。
地球にいた頃は、誰も私を人間として接してくれなかった。
ご近所さんは「大変そうだね」「頑張ってね」と会えば声は掛けてくれるけど、
それだけ。
先生も、私と深く関わって面倒事に発展するのを避けていたし。
お父さんとお母さんは・・・。
「私・・・。私、ハーゲンドルフさんに嫌われたくありません。
でも私。ハーゲンドルフさんみたいに魔法を使うことが出来ないんです。
ハーゲンドルフさんの期待に沿えないんです。頑張ってるのに・・・」
一度、思ったことを口にしたら。歯止めが利かなくなってしまった。
涙はボロボロ流すし、鼻水も垂らす。本当に子供みたいだ。
でも、ミュラーさんは、そんな私の話を真剣に聞いてくれた。
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