第12話「生徒会の正体」
朝の教室は、いつもと変わらなかった。
霧島先生も、普通に授業をしていた。昨夜の出来事など、なかったかのように。でも、その視線が私を捉える瞬間、かすかな警告が込められているのを感じた。
「では、本日の夢報告会を始めます」
生徒たちが赤いペンを取り出す。私も機械的にそれに従った。でも、何を書けばいいのか。地下で見た光景を書けば、それこそ──
「朱璃さん」
藍沢会長が、私の席の横に立っていた。完璧に整えられた黒髪、澄んだ瞳。でもその奥に、昨日までとは違う何かが潜んでいる。
「生徒会室まで来ていただけますか。大切なお話があります」
断る理由はなかった。いや、断れる状況ではなかった。クラスメイトたちの視線を背中に感じながら、教室を出た。
廊下を歩く間、藍沢会長は一言も発しなかった。ただ、規則正しい足音だけが響く。窓から差し込む朝日が、廊下に長い影を作っていた。その影が、なぜか昨日とは逆の方向に伸びているような気がした。
生徒会室の扉は、重々しく閉ざされていた。
「どうぞ」
中に入ると、生徒会のメンバーが全員揃っていた。副会長の黒木、書記の緑川、会計の黄瀬。彼らの表情は、恐ろしいほど無表情だった。
「座ってください」
指定された椅子に座る。正面に藍沢会長、左右を他のメンバーが固める。まるで裁判のような配置だった。
「昨夜、あなたは禁止区域に侵入しました」
藍沢会長の声は、感情を感じさせなかった。
「何のことか...」
「嘘は無意味です。全て記録されています」
緑川が手元のノートを開いた。そこには、私と柚希の行動が分刻みで記されていた。
「23時17分、東棟職員専用扉前。23時19分、地下への侵入。23時42分、中枢区画到達」
「どうやって...」
「簡単なことです」
黄瀬が微笑んだ。その笑顔は、ひどく冷たかった。
「私たちは、夢の中を自在に行き来できます。そして、夢と現実は繋がっている。あなたの行動は、全て夢を通じて監視されていました」
理解が、じわじわと広がっていく。彼らは単なる生徒会ではない。
「夢警察...」
「その通りです」
藍沢会長が立ち上がった。
「私たちの役目は、秩序の維持。不適切な夢を見る者、システムに疑問を持つ者、そういった異分子を排除すること」
「排除って...」
「あなたも見たでしょう?消えた生徒たちを」
黒木が口を開いた。彼の声は、機械的な響きを持っていた。
「理子、前田、さくら...名前を覚えている者は、もうほとんどいません。彼らは夢の中で"処理"され、現実からも消去されました」
吐き気がこみ上げてきた。
「どうして、そんなことができるの」
「できるのではありません。しなければならないのです」
藍沢会長の瞳に、一瞬、苦悩のようなものが走った。
「この学園の目的を、あなたも知ったはずです。完全なる統一意識の創造。そのためには、個の意識は邪魔でしかない」
「でも、あなたたちだって生徒なのに」
「私たちは選ばれました。より大きな目的のために、個を捨てることを」
緑川がページをめくった。
「さて、本題に入りましょう。あなたには二つの選択肢があります」
空気が、さらに重くなった。
「一つは、私たちの仲間になること。あなたの特別な能力は、システムにとって有用です。夢と現実の境界を越える力、それは貴重な才能です」
「もう一つは?」
答える代わりに、黄瀬が一枚の写真を差し出した。それは柚希の写真だった。でも、何かがおかしい。写真の中の柚希の目が、虚ろだった。
「これは...」
「今朝撮影されたものです。彼女は現在、夢の中に囚われています。半覚醒状態。このままでは、48時間以内に完全に消失します」
血の気が引いた。
「柚希を...」
「彼女も規則違反者です。当然の処置です」
藍沢会長の声は冷徹だった。でも、その手がかすかに震えているのを、私は見逃さなかった。
「ただし、あなたが協力するなら、彼女を解放することも可能です」
罠だと分かっていた。でも、他に選択肢があるだろうか。
「...何をすればいいの」
「志音という存在について、知っていることを全て話してください」
やはり、そこに行き着く。志音こそが、このシステムの要なのだ。
「志音は...」
言葉を選ぼうとした、その時。
窓ガラスが、突然砕け散った。
破片が舞い、朝の光が乱反射する中、一つの影が室内に飛び込んできた。
志音だった。
いや、違う。姿は志音だが、纏う雰囲気が違う。普段の儚さはなく、激しい怒りに満ちていた。
「私の朱璃に、触れるな」
彼女の声が響いた瞬間、室内の空気が歪んだ。現実が、夢のようにゆらめき始める。
「不可能だ...夢の存在が、現実に...」
黒木が動揺した。その隙に、志音は私の手を取った。
「行きましょう、朱璃」
「でも、柚希が」
「大丈夫。彼女は私が守ります」
志音の瞳を見た。そこには、確かな決意があった。
「待ちなさい!」
藍沢会長が叫んだ。でも、もう遅かった。
志音が手を振ると、世界が回転した。上下左右の感覚が失われ、色彩が混じり合い、そして──
気がつくと、私たちは屋上にいた。
風が強く吹いていた。志音の銀髪が、激しくなびいている。
「志音、今のは」
「私も、変わり始めているのです」
彼女は微笑んだ。でも、その笑顔には疲労の色が濃かった。
「システムが不安定になっている。だから、私も現実に干渉できるようになった。でも、これは良いことではありません」
「どういうこと?」
「境界が壊れ始めているということは、もうすぐ全てが崩壊するということ」
遠くで、サイレンが鳴り始めた。学園全体が、異常事態に陥っているようだった。
「朱璃、聞いてください」
志音は私の両手を取った。その手は、氷のように冷たかった。
「生徒会は、表面的な管理者に過ぎません。本当の支配者は、もっと深いところにいる。そして、あなたこそが...」
言葉は、そこで途切れた。
志音の姿が、急速に透明になっていく。
「時間切れ...でも、必ず戻ってきます。柚希も、必ず助けます」
「志音!」
手を伸ばしたが、もう遅かった。彼女の姿は、朝の光の中に溶けて消えた。
一人残された屋上で、私は膝から崩れ落ちた。
生徒会の正体、志音の変化、そして崩れ始めた境界。全てが加速度的に悪い方向へ向かっている。
でも、諦めるわけにはいかない。
柚希を助けなければ。志音を守らなければ。そして、この狂った世界を──
「朱璃さん」
背後から声がした。振り返ると、藍沢会長が一人で立っていた。他のメンバーの姿はない。
「追ってきたの?」
「いいえ。話があって来ました。本当の話を」
風が一瞬止んだ。藍沢会長の瞳に、初めて人間らしい感情が宿っているのを見た。
「私にも、守りたい人がいたのです。妹が。でも、システムに逆らえば、妹も消される。だから...」
「だから、夢警察に」
藍沢会長は頷いた。
「でも、もう限界です。このままでは、全ての生徒が飲み込まれる。あなたになら、止められるかもしれない」
懐から、一つの鍵を取り出した。
「これは、最深部への鍵。使うかどうかは、あなた次第です」
鍵を受け取った。それは、不思議なほど重かった。
「どうして、私に」
「霧島先生が言っていました。あなたは特別だと。その意味が、もうすぐ分かるはずです」
藍沢会長は踵を返した。
「柚希なら、旧校舎にいます。でも、急いだ方がいい。もう、あまり時間はありません」
その言葉を残し、彼女は立ち去った。
私は鍵を握りしめ、走り出した。
時間との戦いが、始まっていた。
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