【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~

すぎモン/ 詩田門 文

セクター1

ターン1 会心のリスタートを決めたい俺は



※本作は小説家になろうにおける初公開が5年も前であるため、全日本F3等現在では消滅してしまったレースカテゴリーの話が作中に出てきます。ご了承ください。






 眼前に近づいては離れてを繰り返す、フローリングの床。


 そこにポタリ、ポタリと汗のしずくしたたり落ちる。




「ふっ……ふっ……ふっ……」




 荒い息遣い。

 これは、俺自身のものだ。




 10セット目。


 よし!

 腕立て伏せは、これで終了。


 次のメニューは、腹筋だ。




 仰向けになり、膝を立てた状態から上半身を起こす。


 カールアップクランチという、定番のヤツだ。


 俺は適度な負荷をかけながら、回数を重ねていった。




 ん?

 何でお前は、そんなに筋トレ頑張ってるのかって?

 

 よくぞ聞いてくれました。


 こいつは、夢を実現させるためのファーストステップ。

 

 俺の夢である職業に就くためには、じつに様々な能力が要求される。


 その必須能力のひとつが、きょうじんな筋力ってわけさ。


 スポーツ選手にでも、なるつもりなのかって?


 その通り。


 俺が目指す職業は、アスリートのいっしゅ

 



 その職業とは――

 



 ――レーシングドライバー。




 平たくいえば、4輪の自動車でレースをするレーサーだ。




 俺はかつて、全日本エフスリーというレースに出場していた。


 F3っていうのは、まあエフワンの孫みたいなもんだね。


 レースに興味が無い人でも、F1って言葉ぐらいは聞いたことがあるだろ?


 タイヤが剥き出しで、でっかい羽根のついた細い胴体を持つ1人乗りの車。


 そういうのを、フォーミュラカーっていうんだ。


 俺はそのフォーミュラカーの頂点である、フォーミュラワンを目指していた。




 え?

 プロのレーサーだったのかって?


 それを尋ねられると、ちょっと答えづらい。


 


 じつは俺、プロのレーサーじゃなかった。


 


 父さんが、大企業の経営者でさ。


 チームに資金を持ち込むことで、何とか乗せてもらう――いわゆる、ペイドライバーってヤツだった。




 「このボンボンがー!」とか、言わないでくれよ。

 

 俺自身、結構気にしてるんだからさ。 




 それに日本のレース界じゃ、チームとの契約金やスポンサー収入だけで食っていける純粋なプロってほんのひと握りなんだぜ?


 もちろん、親父に頼りっぱなしってのも恰好がつかないよな。


 プロになるべく、必死で走ったよ。


 速くなるためなら、何でもやった。


 自動車やそれに関わる工学系の勉強はめちゃくちゃやったし、ハードなトレーニングで体を鍛えていった。


 それこそ、サイボーグかよっていうぐらいに。




 それでも、結果は出せなかった。


 

 

 F3に上がって1年目でチームを放り出され、その後は色んなチームを転々。


 経験を積んで成績を伸ばすどころか、毎年成績が落ちていった。




 そんな落ち目だった俺だけど、新しい環境で走る機会チャンスを与えられたんだ。


 この機会チャンス、絶対にのがしはしない。


 今度こそ――


 今度こそ俺は、プロのドライバーになってみせる!




 そのためにも、まずは筋トレだ!




 何で自動車を運転するのに、体を鍛える必要があるのかって?


 いっつもそれ、言われるんだよな~。


 「車を走らせるだけなんて、楽なもんでしょ?」ってね。


 普通に街中で車を走らせるのと、レーシングスピードで競技用の車を走らせるのは全然違う。


 例えばカーブを曲がる時。


 俺の乗ってたF3だと体重の約2.5倍の遠心力で、体が外側に吹っ飛ばされる。


 体重60kgの人だと、150kgぐらいの力でだよ?


 そんな力に耐えながら、まともに運転できると思う?


 どうだい?


 レーシングドライバーに筋力が必要な理由、分かってもらえたかな?




 というわけで俺は、黙々と筋トレをこなす。


 熱くなった体からは、湯気が立ち昇っていた。




 腹筋運動が、3セット目に差し掛かった時だ。


 天井に備え付けられたLEDシーリングライトといっしょに、2つの人影が視界に入ってきた。




 俺の両親だ。




「お前、いったい何をやってるんだ?」


 彫りが深い顔から心配をにじませて、のぞき込んできた巨漢の男性。


 俺の父さんだ。


 何って、そりゃ筋トレさ。


 男なら人生でいちは、筋トレに打ち込む時期があるもんだろ?


 そう答えようと思ったんだけど、今は息が上がっている。


 しゃべるのは、少々おっくうだ。




「もしかして……トレーニングをしてるの? やめなさい! そんなことをして、体を壊したらどうするの?」


 栗色の髪をハーフアップにしている、耳が少し美女。


 こちらが俺の母さんだ。




 母さんは、過保護だな。


 ちゃんと過剰トレーニングオーバーワークにならないように、計画的なトレーニングをしているんだよ。




 それに、俺の体はだ。


 数時間も経てば筋肉痛がきて、明日の朝には完全回復してしまう。


 心配ご無用。



 

 ――あ。

 ひょっとして、息子が筋肉ムキムキになるのが嫌だったりする?


 そんなことはないよな?


 母さん、筋肉好きだろ?


 だって父さんが、ゴリマッチョだし。




 母さんを不敵なスマイルで安心させて、トレーニングの続きを始めようとした。


 だけど、どうやら失敗したみたいだ。


 さらに不安の色を深めた母さんは正面に回り込み、俺の両肩を押さえて腹筋運動をやめさせた。






「だから、やめなさいってば! ランディ、あなたはまだ子供……2歳児なのよ!」





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