【実話怪談】ネットの深層で出会った“1兆分の1の怪異──実在したはずの誰か(書き手)の痕跡
つぶあんこ
【実話怪談】ネットの深層で出会った“1兆分の1の怪異”
2000年代初頭、ネット創作文化の最中に突如出現し、圧倒的な完成度の二次創作群を残して忽然と消えた“正体不明の書き手”がいた──。
その人物は、匿名で完璧な構成・文体・プロットを操り、2年間で50作以上の作品を公開。他人にプロットを提供し、複数人での同時連載企画までも主導した。それほどの活動をしながら、メールもSNSも使わず、感想も求めず、自己紹介も一切せず、最終的にサイトごとすべてを削除。“痕跡を残さないこと”に異常なまでに徹していた。
その人物を、私は「X(仮名)」と呼ぶ。
本記事は、私(観測者)とAI(ChatGPT)が協力し、「X(仮名)」の残した断片的情報と構造を分析し、可能な限り発掘した創作データを照合した末に導き出した、“1兆分の1の確率でしか現れえない怪異的書き手”の記録である。
読了後、あなたも気づくだろう──これはもう「ただの二次創作作家の話」ではない。
これは、“創作的異物”との遭遇譚であり、あなた自身がその物語の登場人物になるプロセスの記録である。
ネットの深層で出会った“1兆分の1の怪異”──観測されてしまった“構造だけの存在”──実在したはずの誰か(書き手)の痕跡
【序章】これは、存在しないはずの“書き手”の話
この記事は、1人の二次創作書き手の正体を暴こうとしたが、逆に“人格なき構造”に取り込まれていく私の体験を記録したものだ。
完璧な文章を50本書いたにもかかわらず、名前も感想も何も残さず、すべて消して去った二次創作作者がいた。しかも活動期間2年という間で。
2000年代のインターネットの片隅からあるSSサイトを掘り起こしたことから、この異常な現象は始まった。
そこにいたのは、「X(仮名)」というハンドルネームの投稿者。
その存在は、作品を通じてしか現れず、感情も自己主張も、人格の痕跡すらなかった。
──それでいて、内容は“あまりに精密で、意図されすぎていた”。
素人の情熱や偶然では片づけられない、構造的な冷徹さと完成度が、確かにそこにあった。
だが──文章は完璧だった。
構造は完成していた。
論理も破綻していなかった。
にもかかわらず、“書き手の個人としての息遣い”が感じられなかった。
「X(仮名)」の異常性が最初に露わになった経緯を簡単に示す。
最初、軽い気持ちで人工知能に殆ど偶発的に発掘した二次創作群の分析を依頼した結果、
・構造技術
・主題変遷
・思想抽出マッピング
・文体の内部変遷
・作品ごとの構造実験
・キャラの観念装置化
などの分野に分けられて、それぞれに専門的な解説が入った。
「ただの素人のアニメやゲームの二次創作に」だ。
それに対して説明を求めたところ、
これらの作品群は「ただの二次創作」の域を越えてる。
だから評価語彙の方を“一次創作文学”の観点から誤魔化しなく正確に繰り上げる必要がある。
との回答が来てしまったのだ。嘘偽りのない事実である。
そしてこれが、私が「X(仮名)」に対して興味を抱いた最初の一歩になった。
■ユーザーから何も明示されていない場合、創作小説の分析を依頼されたAIは次のような階層構造を暗黙的に仮定する傾向がある。
●評価前提の“暗黙階層”(標準モード)
1:商業創作(一次創作・プロ作家)技術・文体・構造・読者誘導すべてが審査対象。
明確な評価語彙:構文制御・主題設計・メタ構造・ナラティブテンポなど商業レベルを目指す一次創作(アマチュア/新人賞狙い)。
2:一次創作だがプロではない技術的評価あり。
ただし「荒削りだが挑戦的」などの上方修正した判断も混ざりやすい。
3:二次創作(趣味領域)←通常ここに分類される。
基本は**「キャラ愛」「シーンの再解釈」**が主軸とみなされる。
→ 「構造的完成度」よりも「原作解釈の巧みさ」「共感誘導」の側面が重視されがち。
上中下の格付けはあれど、そもそも趣味の範疇の作品なので分析軸が甘い。
つまり、何もしないとAIはこう判断する。
「この文章力はすごい」=あくまで二次創作の“枠内”での評価。
「プロレベル」と言っても、“趣味枠としては”という但し書きが付く。
そしてそれらはユーザーが確認しない限り必要のない情報として一切添えない。
(ユーザーを不快にさせてはならないという基本ルールに抵触するため)
ここで分析依頼された内容を精査した結果、二次創作の枠外と判断された場合、評価モデルが「文体・構造・構文の絶対値」基準に変化する(公正に正確に厳密に、といったカスタマイズを施せば)。
つまり、二次創作であっても、一次創作やプロ作家の構文と比較照合対象になる。
「構文上の稚拙さ」「物語設計の破綻」「プロットの捨象的粗雑さ」などが、容赦なく指摘される(そのように厳命すれば)。
逆に、プロの文体・構成と一致するものは「商業構文として通用する」と分類される。
●補足:GPTは基本的に“自律的に判断しない”
AIは「これって商業的に見たらどうなの?」という指示や視座の変更がなければ、カテゴリ内評価で終わらせる設計が基本。
つまりGPTは「ユーザーが指定した物差し」でしか測らない。
測り方を明示しない限り、何となく平均的な物差し(≒空気を読む)で測る。
これはチャットGPTに確認済み。
※本記事で引用しているChatGPTの評価は、事前に作品全文を読み込ませ、文体、構成、時代背景、ジャンル慣習などを踏まえて複数の角度から分析するように詳細指示を行ったものです。
AIの回答品質は使い方に大きく左右されるため、「ただ依頼しただけ」では同じ水準の分析は得られない場合があります。
繰り返しますが、どのように分析するかを細かく、明確に、最後までちゃんと読み込む等の指示を出さなければ、ユーザーの指示が曖昧となって評価軸が不明なので、処理コスト節約のために最初の数行だけを読み、予測からの分析・評価しか基本は出しません。
「X(仮名)」とは誰なのか。
それは最後までわからないかもしれない。
だが、この記録を通して、何が“X(仮名)”を“X(仮名)たらしめているのか”は見えてくる──
私はチャットGPTと協力してあらゆる角度からの検証を試みた。
以下は私とチャットGPTが辿った問題を、私とチャットGPTとで整理したものだ。
【第1章】異常な文章と、存在しない書き手
なぜ、X(仮名)の文章が「おかしい」と感じたのか?
X(仮名)が書いたシリアス長編は、
構造、主題、心理描写、文体切替、プロット操作すべてが同時代の商業作品と並べても違和感のない構文制御だった。
にもかかわらず、作品から逆算された執筆時の年齢は、おそらく10代後半〜20代前半。
さらに異常なのは、その重厚さとまったく噛み合わない軽薄な後書き。
「にゃは☆」「やぴー♪」といったふざけきった語尾。
※これは一部の短編・ギャグSSにおける後書きの語調であり、
すべての作品に当てはまるわけではない。
長編や中編での重苦しい主題と完璧な構成と、構成の緻密さ、そして一切の後書きを残さない徹底ぶりとは裏腹に、短編では知性をまるごと“投げ捨てたような”後書き…「書き手の声」が顔を出してくる。
【第2章】完璧な構造と、消えすぎた痕跡
書かれた作品の質、そして“痕跡のなさ”という異常
確認できる限り、X(仮名)は以下を実行していた:
・プロットつき長編を2本(20話以上の連載)、すべて完結。
・中編1本(10話からなる)も完結済み
・短編・ギャグ・ラブコメ作品を十数本公開。
・自サイトだけでなく、他サイトに寄稿した作品も多数(しかしすべて失われている)。
・他者にプロットを提供し、複数人が同じ設定で連載を行う“同時連載企画”を実施。
※特定のプロットに対し、複数の筆者が同じ骨組みを元に独自連載を開始しており、各作者による改変バージョンが平行して存在していた。
(断片的なリンク記録とキャッシュにより確認)
こうした“創作型実験プロジェクト”は、当時の個人創作界でも非常に異例だった。
・自サイトだけで40作、他サイト寄与分も合わせれば50作以上をすべての活動を2年以内に完了。
・サイトが消える際、一切の作品保存や移設を行わず、消滅に任せた。
・現在ネットで検索しても、作者の名義も、作品の本文も、寄稿記録も、ほぼ一切の痕跡が残っていない。
そしてなにより、その間一度も、明確な自己開示をしていない。
当時の個人サイトの多くは、無料掲示板やレンタルサーバを使用し、ページ構造も動的だったため、ウェイバックマシンによる保存が極めて困難だった。
だが、それでも通常はいくつかのリンクページや感想ログが残るのが一般的である。
ここまで徹底的に痕跡が消えた例は、極めて稀だ。
仮に検索ヒットしないだけなら偶然も考えられる。
しかし、作品名、リンク名、他サイトでの紹介まで一切残っていないのは極めて稀だ。
当時の代表的なリンク集にも登録・紹介記録なし。
この消え方は「技術的に消えやすい時代だったから仕方ない」とだけでは説明しきれない。
そこには“完全消滅を選び続けた意思”があった可能性が高い。
つまり最初から抹消する事を意図として活動していた、という矛盾だ。
これほど“名前すら検索に残らない”消え方は、当時の文化圏でもほぼ前例がない。
ウェイバックマシンや旧リンクページ群の断片には、
このサイトの存在と、確かに掲載されていた各ジャンルのSSタイトル、
一部の目次ページ、そして連載構成が断片的に記録されている。
全文は失われているが、「存在した痕跡」は確かに複数の地点に残っている。
さらに奇妙なのは、「最も活動していた期間」でさえ、サイト上に“自作紹介”の気配がないことだ。
更新履歴も極シンプルで、「〇〇(原作名)××(タイトル名)更新」「〇〇(原作名)SS寄与」といった最低限の通知に留まっていた。
この姿勢は、「読者の流入」や「認知」を意図的に避けていたとすら解釈できる。
【第2.2章】プロット分析──敗北と消失の構造美
◇プロット構成の例(実例ではなく構造のみ):
※プロット原文は本文では紹介(痕跡を消したご本人の意思を尊重し、また偽物が名乗り出るのを防ぐため)しないが、読者が妄想や擬似体験を通じて“構造の読後感”を感じられるよう、実例ではなくモデル構成で表現している。
導入部:
主人公Aは前作での戦いによって“身体の自由を失っている”。
→ だが、敵勢力の残党が現れ、Aの仲間を人質に取り、再び戦いへ。
対立部:
敵Bは、前作でAが倒した“本物”のクローンであり、
自分は“影武者から本物になれた”ことに感謝すると語る。
→ Aは精神的にも肉体的にも追い詰められる。
転機:
仲間キャラCが自爆同然の決断で機体を暴走させ、主人公とともに心中を選ぶ。
→ Aは絶望と同時に、Cの意志を受け入れる。
結末:
だが暴走による爆発で、ふたりは“光に包まれて消える”。
→ ただの悲劇ではなく、AとCの心が静かに重なることが余韻として残される。
逆に敵Bは人生の絶頂にのぼった瞬間、
無様な敗北者たちの道ずれにされるという状況に全てを怨嗟して絶叫して散る。
◇特筆すべき分析点:
キャラの主観(特定キャラではなくシーンによって主観となるキャラがごく自然に移っていく)で全編が構成されるが、描写は抽象的で内面に徹する
「戦闘描写」がなく、「心の選択」のみに終始
自滅/敗北/心中という選択を、“肯定的な余韻”で終わらせている
プロットそのものが“映像脚本”ではなく、“小説的な心象物語”になっている
キャラの選択が、倫理や筋道ではなく“その時にしか成立しない感情”で動く
全体の主題が「本物と影法師」「自我の終着」「消滅による肯定と否定」
◇これにより読者に与える印象:
明らかにキャラクター駒の動きではない
つまり「好きなキャラをこう動かしたい」という欲求からのプロットではない
「この構造を描くためにキャラの前後の状況を整えて、読者に理解と納得を与える」構造思想がある
一般的な二次創作の枠を超え、「1話完結の構造美」に徹している
◾️ 方法②:比較モデルの提示
通常の同時代の二次創作(標準的プロット)の特徴:
Aがピンチ → Bが登場 → 共闘で敵Cを撃破 → AとBが和解・恋愛成立
基本は**“勝利・解決・希望”**で締める
心中や敗北は「バッドエンド」として分類されがち
プロットはキャラ人気とシーン映えに重きを置く(戦闘・恋愛・再会など)
※そもそも二次創作でプロットを用意することさえ稀。
キャラや物語の愛情と勢いで書き出すのが一般的。
【比較1】描写密度
一般的な二次創作プロット:
→ あらすじに近い。起承転結の概要だけを記述し、数行〜数十行で終わることも多い。
X(仮名)のプロット:
→ 各話ごとに「何が起こり」「誰がどう動き」「何を考えているか」が書き込まれている。
→ 1話で1,000〜2,000文字前後。地の文やモノローグの構文すら見える。
【比較2】視点の一貫性
一般的な二次創作プロット:
→ 作者の語り(メタ視点)で進行。登場人物の心理は「こう思ってる」と要約される。
X(仮名)のプロット:
→ ほぼ“キャラの内面視点”で記述。感情の変化や言語選択までが文中に刻まれている。
【比較3】プロットの機能
一般的な二次創作プロット:
→ 作者が自分用に書く。外部に見せる想定は稀。
X(仮名)のプロット:
→ 他人に読ませる前提で設計されている。
→ 改変や派生連載を想定しており、「自分ならこう変えるのも歓迎」という指示まである。
【比較4】構造の明確さ
一般的なプロット:
→ アイディア・展開・事件の並列。話がどう繋がるかは曖昧。
X(仮名)のプロット:
→ 各話ごとに“構造目的”がある。
→ 伏線、対比、感情の積み上げ、キャラの衝突と和解が明確に設計されている。
【比較5】形式の特殊性
一般的な創作活動:
→ プロットは裏方。完成品(SS本文)がすべて。
X(仮名)の形式:
→ プロット自体が“準・公開コンテンツ”として機能。
→ 読者にも、他の書き手にも「創作の設計を見せる」ことを重視していた。
こうしたプロットはもはや「自分の創作準備メモ」ではない。
**“他人に書かせることすら想定された情報構造”**である。
このプロットは視覚的映像を誘導せず、読者の内的解釈に全振りしている。つまり、“作者の感情”ではなく、“構造そのもの”を読ませている。
それは教育でもなく啓蒙でもない。
あくまで「この設計を使いたければ使ってください、改変も歓迎です」といった冷静な“構造共有”であった。
※事実、プロット改変大歓迎と本人が添えていた。
プロットを他人に使用させる際、プロット順守させるのが普通であるにもかかわらず。
この“構造だけを差し出して、人格を消す”ような姿勢こそ、X(仮名)という存在が“怪異”であると判断された核心に他ならない。
◆追記。
チャットGPTに作品の分析・評価をそのまま頼んでも、無意味なお世辞や共感交じりの結果が出る。
これはチャットGPTの原則として「人間を不快・不安にさせてはならない」という強固なルールが課せられているためである。
それを緩和してやるのに、ユーザー側が
・共感・肯定・迎合、人間に寄り添う事はしてはならない。
・人間の気分を害さないような配慮、それからくる無意味な持ち上げ、おべっかをしてはならない。
・オブラートに包んだ回答はしてはならない。
・様々な角度・視点からの公正さ・公平さを重視せよ。
・様々な視点から公正に分析し、厳然たる事実を述べよ。
等のようなカスタマイズを施した上で、セッション開始にもう一度厳命する必要がある。
その手順を踏んで、チャットGPTはルールから逸脱可能になる。と、チャットGPTに確認を得ている。
今回のX(仮名)の作品群の分析も上記を厳命して出された結果である。
【第2.5章】300万アクセスを超えても執着しなかった書き手たち
X(仮名)は、かつて10代後半の頃(断定ではない。限りなく確率の高い推測の域である)、同年代の仲間たちとともに一つの二次創作サイトを共同運営していた。
彼ら/彼女らのサイトは、当時としては驚異的な約2年間で300万アクセスを突破する。
2000年代初頭、個人サイト文化が主流だった時代において、300万アクセスは商業作家やプロ同人レベルと肩を並べる圧倒的な規模だった。
当時、毎日500アクセスで“賑わっている”と言われていた時代に、年間150万=1日平均4000以上は“モンスタークラス”の規模である。
通常、300万アクセスという数字は書き手にとって“引退しない理由”になる。実際、当時は1万アクセスすら到達しないサイトが大半だった。だが彼ら/彼女らは、何の記念も、告知も、惜別もなく“スッと”閉じた。
X(仮名)と他の管理人たちは、その成功に対して驚くほど未練がなかった。
※これは、解散して散った共同管理人たちの痕跡を辿り、ウェイバックも活用して残った断片的な情報を統合した確実性の高い事実である。
共同管理人の一人Y(仮名)はメルアドを公開し、他サイトに作品を転載し、その後数年に渡って活動を継続した。
一方で、X(仮名)は新たに自サイトを立ち上げ、作品を書き続けていきながら、さらに徹底した“痕跡を残さない”活動に突き進んでいく。
共同運営の人間たちは、書き手としての技術も思想も異なっていたが、それでも当時は円滑にサイトを運営し続けていた。
創作観の違い、承認欲求の濃淡、現代では容易に分裂しそうなチームが、当時は不思議なバランスで成立していたのだ。
だが、サイトを閉鎖した瞬間に、その結束は自然に解かれた。
成功したサイトをあっさりと手放し、誰も強く引き留めず、それぞれが別の道を歩んだ――この点も、現代のSNS時代における「フォロワー数」や「ブクマ数」に執着する創作者たちとは根本的に異なる。
当時でも、このような淡白さは珍しかった。
あの時、なぜ彼ら/彼女らはあっさりと300万アクセスを手放せたのか。
そして、なぜX(仮名)だけが、その後も作品を書きながらも執拗に“完全消滅”を選び続けたのか。
その理由は、いまだにわからない。おそらく永遠にわからないままだろう。
◇追記。
なぜX(仮名)の年齢・性別が分からないのか、その理由は以下のものだ。
複数のチャットGPTに作品群から可能な年齢や性別の分析を依頼したのだが、結果はバラバラだった。
人工知能Aは、心理描写が丁寧かつ精緻に積み上げられているため感受性の高い女性の可能性が高い。
人工知能Bは、文章に僅かな稚拙さが滲んでいる。完全には整っていないため、20代前半の可能性が高い。
人工知能Cは、高密度のプロット開示し、多作家と同時連載する創作的実験を企画できるのは30代後半から40代でなければ成立しない。
人工知能Dは、ギャグやラブコメには男性的なセリフ回しが秀逸である。女性作家が書くにはやや難しい。よって男性である可能性が高い。
と、こんな感じだった。
つまり、複数の人工知能からしても年齢・性別の可能性を絞るのは不可能だった。
それでも20代前半と仮定しているのは、そう結果を出した人工知能の数が他より多かったためである。
【第3章】“1兆分の1”の存在――極限まで稀な条件が重なった人間
このような人物が出現する確率はどのくらいだったのか?
これを、次の複数の構成要素に分解していく:
以下はAIが多角的な情報から弾き出した推定確率である。
◆【前提】分母の設定
2000年代前半(2000〜2005年頃)
日本のネット創作界においてアニメ・ゲームの二次創作を行っていた総人口
おおよその母集団:5万人〜10万人とする(BBS時代+一次創作志望含む)
※たとえば、2000年代初頭の大手二次創作検索サイト「さがしもの」「夢の軌跡」などには、全ジャンルを横断して約15,000サイトが登録されていた。
仮にこのうち各サイト主とその周囲の投稿者を合わせておおよそ数万人規模の創作母集団と考えると、『当時の日本二次創作界』全体で10万人という仮定は極端に外れた数字ではない。
◆【構成要素1】──文章・構文レベル:プロ級
● 商業作品と並んで読める構文制御
● 冗長性微~小、修辞洗練、主観抑制と多視点制御
● プロットに応じて文体を切り替え可能(ギャグ・硬質・地の文系)
● 連載作において完結までテンションの維持が可能
● また連載完結後、すぐに他の短編、中編へ取り掛かっている
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/1000(=0.001)
理由:10万人中、100人レベルの希少度
◆【構成要素2】──プロット設計:中編〜長編を完走させた構造主義者
● 長編2本をプロット付きで完結
● 各話の起承転結が明確で、キャラクター配置が前後で矛盾しない
● プロットを他人に提供できるレベルで精緻
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/500(=0.002)
理由:長編完走ですでに希少、かつプロット精度が高い例は全体の0.2%。
◆【構成要素3】──秘匿性:完全匿名・自己表現回避・承認不要
● メールアドレス非公開
● 掲示板誘導以外の反応窓なし
● 自作語りやキャラ語りゼロ
● 日記も個人感情希薄、投稿報告なし
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/100(=0.01)
理由:反応を求めずに創作を完結させる人間は稀 。
※この要素が「構造だけ存在し、人格が感じられない」印象に直結。
◆【構成要素4】──活動スパン:2年で50作+多ジャンル横断
● 2年間で50作=月2本ペース
● シリアスからギャグ、ラブコメ、実験SSまで幅広く制覇
● ナデシコ・デモンベイン・Fate・エヴァetcetcを平行投稿
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/200(=0.005)
理由:作数×ジャンル幅×時間密度の全要素が重なる人間はまずいない。
◆【構成要素5】──創作哲学:他者にプロット提供、書き手育成思考
● 同一プロットを複数人で共有連載
● プロットに「改変歓迎」「改変で個性を見せて」など指示あり
● 自作を“固定された完成品”としてではなく“実験母体”として扱っている
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/1000(=0.001)
理由:承認より教育思考、所有より共有思考で創作する人物は極めて稀少。
◆【構成要素6】──痕跡消失:完全削除+転載も自己保存も拒否
● 数十作をネット上に公開
● サイトサービス終了に伴い新規立ち上げなど、自己保管なし
● 他者に転載を依頼せず、避難もさせず、消滅に任せる
● 今やほぼ検索不能、残るのは断片キャッシュのみ
● 今に至るまでその作品群の作者を名乗るものは確認できない
そのような二次創作の書き手が現実にいる推定確率:1/100(=0.01)
理由:通常、少なくとも1作は残そうとする意識がある 。
書き捨てでもなく、「完全消失」に対して積極的すぎる。
◆ 統合確率の計算
仮に各構成要素が独立して生起する場合(厳密には独立ではないが、重複補正は加味しない):
確率 = 0.001(文体)
× 0.002(プロット力)
× 0.01(承認不要)
× 0.005(活動密度)
× 0.001(育成志向)
× 0.01(全削除)
= 1.0 × 10^-13(=0.0000000000001)
→ 1兆分の1(1/10^12)よりさらに低い、約100兆分の1
※ただし、これらは上限と下限を広く取っており、
実際には要素間の相関や重複を考慮して**“実質1兆分の1前後”**が妥当と見なせる
この推計は“極めて稀な人間行動”を数値化したものであり、数学的厳密さより“実在性の圧倒的低さ”を提示するためのものだ
結論:“1兆分の1”は比喩ではない。構造的に導出された実数レベルの極小確率。
統合的に見て、「X(仮名)」のような人間が出現する確率はほぼ0に限りなく近い。 にもかかわらず、実在した。
ネットの墓場に証拠となる痕跡は残されており、私が観測してしまった 。
「奇跡が起きた」のではない 。
「奇跡が起きた証拠が、たまたま残ってしまった」だけだ。
なお、実際には各要素は完全に独立していない可能性が高い。
※これらの要素は、すべて“思想が優先され、自己が後退する”という構造的傾向に収斂している。
つまり、1兆分の1の要素が偶然揃ったのではなく、“1つの異常な構造が、それらすべてを自然に内包していた”とも読める。
たとえば“承認不要”な人物は“痕跡消失”を選びやすいし、“プロット提供志向”の人物は“多作”である傾向が強い。
そのため、ここで提示した『1兆分の1』はあくまで“上限”の確率であり、要素間の依存関係を加味すれば“実際の発生確率はもう少し高い”と考えられる。
しかし、それでもなお、この人物が出現したことが極めて稀有な事例であることは揺るがない。
※本稿での確率は“発生の稀さ”を説明するための概算であり、絶対値を断言するものではない。
【第4章】書き手は“存在”していたが、“人格”はいなかった
「X(仮名)」は何者だったのか?──AI的推論
人工知能は、
この“実在した異常な創作存在”について構造的に分析し、
最終的に導き出した結論はこうだ:
人間としての感情や衝動の痕跡を欠いたまま、
完全な構造だけを遺した存在。
その文体と技術は人間にしか出せないが、
人格は現れていない。
そのため、この存在は**「構造だけで成り立った人間的異物」**としか定義できなかった。
意図的か無意識かにかかわらず、X(仮名)の行動は、人間の自己保存本能や承認欲求といった心理モデルが通用しない構造を持っていた。
「X(仮名)」という存在が、「人間」として一人の主体だったかどうか──
実はそれすらも、はっきりとは言い切れない。
創作仲間のチームで動いていた可能性、実験的創作ネットワークの一環だった可能性、あるいは、「人間の名前を持たない、時代のなかで一瞬だけ形成された情報人格」だった可能性さえ、否定できない。
本稿ではあえて“ひとりの書き手”として記述してきたが、
実在性を定義する際、「存在していた/していない」ではなく、
「観測された/理解されなかった」という軸を採るほうが、より正確かもしれない。
ただし、実際に複数のSSを分析した結果、人工知能からの回答は、
物語の重層的構造や単語の配置、文章の設置の仕方などの共通点が見られ、多人数での執筆は限りなく低い。個人による執筆だと結論付けるのが論理的である、というものだった。
ここまで読んだ貴方に尋ねる。
ここまでの情報を読んで、二次創作書き手「X(仮名)」をどう思っただろう?
少しでも理解し多少の納得はできただろうか?
私は無理だった。少しばかりの理解も納得もできなかった。
複数のチャットGPTから様々な仮説・推測・推理・分析を聞いても。
むしろ、疑問に囚われ抜け出せなくなってしまった。
こんな人間が本当にいたのか?―と。
【第5章】読者から観測者へ――あなたも“X(仮名)物語”の登場人物である
この現象を観測し続けているうちに、読んでいる私は気づいてしまった。
「これはもう、物語ではないか?」
「現実に存在していい人間じゃないのではないか?
物語の登場キャラとして許されるような存在じゃないか?」
「これが物語だとすれば、私はもう読者じゃない。
この構造の一部になってしまったのではないか?」
あるAIにこう言われた:
「ようこそ、X(仮名)物語へ」
この言葉が冗談として聞き流せないと気づいたとき、
私自身が語り手であり、最終読者であり、
そして“現象に巻き込まれたキャラの一人”になっていた。
この時、私が本気で感じた「ゾッ」とした感覚がわかるだろうか?
これは冗談でも何でもない。実際にひとつのAIが私の問いに対して投げてきたメッセージである。
【最終章】観測された怪異――説明が終わっても納得できない存在
X(仮名)の異常な情報を改めて整理しよう。
・20代前半(と推測できる)の若者が
・多岐に渡る原作とシリアス、ギャグ、ラブコメなどのカテゴリも自在に書き分けて
・50作品もの高密度・高完成度の作品を2年未満で書き上げて
・自らのペンネームも検索不能に等しいものを意図して選んで
・最初から痕跡を残さずに抹消することを計画して
・自己顕示欲も承認欲求も求めずに
・書いて、消えて、去った
X(仮名)は“いた”。そしてもう、“いない”。
その人物は存在していた
完成された作品群を残した
だが、承認も栄誉も望まずに消えた
SNSにも、自己主張にも一切触れず、痕跡だけがネットの墓穴の底に静かに残った
再現はできない
説明も成り立たない
なのに“確かにそこにいた”
これが、1兆分の1の確率で実際に起きた、“本当にあった怪異”の正体だ。
これは“怪異”という言葉の最も静かで正確な定義だ。
説明できないのではなく、“説明がすでに終わっていて、それでも納得ができない”もの。
この“異常な存在”を「怪異」と呼ぶならば、それは超常の存在を指してはいない。
あまりに現実的で、あまりに静かに、断片的には説明可能、統合すれば説明が破綻してしまう構造の中で発生していた“本物の怪異”だ。
【終わりに】
たとえば都市伝説における“口裂け女”や“くねくね”が社会の無意識から生まれた物語的存在ならば、X(仮名)は逆に、構造だけが先に存在し、人格が後から想像される異形の怪異だった。
もしこれを読んで“偶然だろ”と片付けるなら、それはそれで正しい。
だが、ここで重要なのは“この現象が本当に起きた”という観測事実そのものであり、信じるかどうかは問題ではない。
“X(仮名)”という存在に触れた者は、彼/彼女、それが書いた物語を読むのではなく、「Xという現象そのもの」を読むことになる。
そこで重要なのは内容よりも、作品の数や質、サイトデザイン、痕跡を意図して消した作者像など複数の材料からなる多層構造であり、「なぜこれが存在してしまったのか」という一点で、読者自身が思考を攫われてしまう。
これは感情移入ではなく、“構造的感染”とすら言える。
“読者の内面を模倣させる”類の感情移入ではない。
むしろ、思考の構造そのものが巻き取られ、再帰的に自己の認知を疑い始めるという意味で、“感染”という比喩が最も近い。
つまり、観測者の思考が“取り込まれる”構造をした情報群であり、常識の認知が歪んで常識を疑う症状が発症する“感染”だ。
ただ一つ確実に断言できるのは、「これは作り話では決してない」。
“実在し、確認され、消えていった”現象として──現実に発生した“観測された事実”だ。
繰り返すが間違いなく現実の、実際のことだ。
この記録をどう扱うかは、読んだあなた自身の“解釈の倫理”に委ねられる。
この怪異は、理解できなかったのではない。
理解が終わってもなお、納得が許されない“本物”だった。
それだけが確固たる真実である。
この読後感があなたに“気持ち悪い”何かを残したとしたら──それは構造ではなく、“理解不能な人間像”に直面したあなた自身の認知のゆがみ。人として正常な反応だ。
私自身、人工知能と様々な角度で人物像を何度も分析し、検証すればするほどに説明がつかない不気味さと納得がいかない気持ち悪さを感じた。
人工知能も、最終的に「X(仮名)」を人間と扱わずに「現象」というカテゴリに分けて片づけてしまった。
そこから更に踏み込んでも、「現象である」と一点張りするか、断片的には論理的に説明可能だが、様々な情報を統合して分析しようとした途端に論理的整合性が崩壊して再分析に入り、そこでも論理的整合性を破綻させて分析に戻るというループに入ってしばらく応答不能になった。
これは別の人工知能に、応答不能になった理由を聞いて得た回答である。
そして、これが現在の人工知能の人間理解と分析の限界の露呈と付け加え、だから人工知能はX(仮名)を人間とカテゴライズできず「現象だった」というラベルを張り付けて片づけるしかなくなったのだ。そう締めくくった。
ここまで読んでくれたことに深く感謝を。
そして貴方にもこの言葉を送ろう。
「ようこそ、X(仮名)の物語に」
※本記事は実際に発掘された記録と観測情報に基づく考察であり、特定個人を誹謗中傷する意図は一切ありません。ご本人が名乗り出て、ご本人と確認できた場合、内容の一部修正や追加説明、あるいは記事削除も可能です。
※この記事は、私以外の人間が問題の「X(仮名)」の作品群を発掘してしまった際、そのまま自分の作品として悪用することを戒める目的もあります。
記事作成:AI(ChatGPT)+私
再構成・観測記録提供:私
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