第4話「アリスと」

 少しして、どこか見慣れた姿が見えた。俺が駆け足で寄る前に、こちらに気づいたらしい。 

 カツン、カツン、と靴音を鳴らしながらこちらへ歩んでくる。

 

「アリス?」

 

「はい」


 ふ、と薄く笑うアリスを月明かりが照らし出した。

 綺麗だ、という言葉が脳裏を掠める。


 まぁ、アリスは男だけど、と一応付け加えて。……何にって? 何かにだよ。


「お召し物を変えられたのですね。ふふ、よくお似合いですよ。……食事を買いに行かれるのでしょう?」 

 

「よく分かったな」 

 

 流石によれよれのジャージから一般的な服に着替えれば気付くものは気付くだろうが、食材を買いに行くことは知らないはずだ。 

 

「先程、食べ物を購入しておりませんでしたから」 


 くすりと楽しそうに笑うアリスに、思わず釣られて笑う。

 

「よく見てるなぁ」 

 

「旦那様のことなら、見ていますよ」 

 

 優しい瞳を此方に向けてくるアリスに、先程同居を拒絶したことに対する罪悪感を覚える。

 

 ……それと。 

 

「なぁ、俺の執事ってことはさ。これからどこか行く宛はあるのか?」 

 

 しばしの沈黙の後、アリスは「無いですよ」と笑顔を浮かべて答えた。 

 

「恥ずかしながら、私は元々スラムの出でして。容姿を買われたらしく、そこから教育を受けて……勇者様の傍にいるようにと命を受けたのです」 

 

 ……うわぁ、気不味い。どうしよう。そんな深刻なことを「それでも仕方ないよね」みたいな感じで終わらせようとしてるのがひしひしと感じられる。 

 

「……さっきは断ったけど、アリスさえ良ければ一緒に暮らす……か?」 

 

「同情でなら、必要ないですよ。空の下で寝ることくらいは慣れていますし、食用の草もあります」 

 

 そういうとこなんだよなぁ、分かってくれよ。 

 というか食用の草ってなに? それでしのいでたってこと??


 いやいや、どうであれ執事を不幸にする主人は嫌だ。俺は嫌だ。だから……。

 

「じゃあ、アリスの主人としての命令だったらいいんだな?」 

 

「それは、……まぁ、はい」 

 

 さっき断わったことで信用が薄れているのが分かる、分かるぞ。嫌ってほどにだ。 

 

「これから食材を買いに行くこと、分かってるなら……荷物持ちとか、手伝ってもらえるか。2人分は重いだろ?」 

 

「もちろんです」 

 

 よし。条件付きのものなら抵抗を見せないんだな。

 今はまだ「主人からの命令」になってるけど、少しずつ取り除けたらいいな。


 あとは。

 

「旦那様とか敬語とかくすぐったいからタメ口にしてくれよ」

 

「それ、は」

 

 動揺して瞳がうろうろと動く。表情がないように見えて、本当はちゃんとあるんだな。気付きにくいだけで。

 

「命令だとしても?」

 

「……時間を要するかもしれませんが」


 一拍置いて発せられた言葉に頷いて、にこりと笑ってやる。

 

「よし、じゃあ……俺のことは、シローって呼んでくれ」

 

「……シロー?」

 

「ああ。そのまま……トーシローだと、並び替えたら『シロート』……素人になるだろ? この名前好きじゃないんだ」

 

「なるほど、でしたら……シロー様」

 

「様もいらないって。友達みたいな感覚でいこうぜ、……な?」

 

 にっと笑って手を差し出すと、「はい」と手を握り返してくれた。まだ躊躇いはあるようだが、一歩前進ということで。

 

 タイミングを見計らったかのように、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴る。

 

「食材を売っているところは早く閉まります、急ぎましょう」

 

 握った手をそのままに、アリスは少し前を歩いてゆく。ちらちらと俺の方を確認しながら。

 ……散歩中のわんこか? なんて思ってしまうのも仕方がないと思ってくれ。それくらい忠誠心高そうってことだから。

 

 丁度いい。今のうちにステータスを鑑定させてもらおう。

 

 

 

『アリス(空腹状態)

 HP800/800 MP150/150

 Lv20 次のLvまで8000EXP

 職業 剣闘士 タンク

 職業Lv30 次のLvまで3000

 スキル 挑発 物理耐性Lv5/10』

 

 

 …………ワーォ。俺が旅立つ日にはとてつもなく頼るな、と分からされた。

 

 つか、空腹状態って……?

 

『空腹状態は長時間食事をしていないとなる状態異常で、ステータス上限値を1/2にするものだ』

 

 ありがとう脳内の俺。ってことは、だ。

 

 本来はHPが1600あって、MPは300? タンカー適性が強すぎるな。しかし何だ、このステータス画面の違和感……。

 

 そうだ、ATKとDEFがないんだ。

 

『それらは『装備』を鑑定と表示されない』

 

 なるほど。じゃあ鑑定してみるか。

 

 

『黒色のスーツ Lv2

 DEF10

 粗末な拳銃 Lv1

 ATK5』

 

 

 ……えっ?

 

 スーツはまだいい。DEF10、ある方だろう。拳銃?

 

 職業が剣闘士なのに……?

 

 

「なぁ、アリス。国が平和なのは分かるけど、丸腰って危ないかな」

 

 わざとらしく冒険者ギルドの方を見て伝えれば、「そうですね」と小さく呟いて。

 

「拳銃辺り持っておけば大体は安全ですよ。それに、冒険者以外は銃刀法違反で捕まります」

 

 変化球で投げた、「何故剣を装備しないのか」が解消されたはいいものの、何故アリスは銃を持っているのだろうか……と疑問でならなかった。護身用だろうか?

 というか、銃刀法違反ってこの世界にあるのかよ。変なとこっつか、ちょいちょいリアル入れるのやめてくれよ。


 とにかく、まぁ……そうだな。

 せっかく特技があるのに封印されちゃしんどいだろ。



 持てぬなら、持たせてやろう、剣闘士。

 


「そういや……冒険者ギルドでモンスターを狩って卸すって言ってたけど、何で狩るんだ?」

 

「冒険者に興味がおありで? モンスターの肉は大変美味であること、毛皮や鱗は装飾品として仕えること、国の危機を事前に排除しておくこと、これらが主な理由です」

 

「大変美味……」

 

「ええ、そのため先ほど紹介した食事処でも使われております。……値段は……」

 

 アリスがちょいちょいと手招きし、近付いてみれば。「金貨五枚は下りません」と耳打ちされた。

 

 金貨、5枚。…………。まだ金銭感覚が分からないが、一枚一万としても、最低五万円。

 

「たっ…………」

 

「その金額故に手を出せぬ者が、自身で討伐し、調理しよう、と無茶をするのです」

 

 なるほど、これは使える。

 

「じゃあ、俺達もその“無茶な冒険者”になってみないか?」


 俺のその言葉を聞くと、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。本当は喜怒哀楽の強いやつなんだろうな。

 

 内心そう思いながら、「旨いものを食わせてやるよ」、と言えば、また瞳が揺れ動いた。

 

「今は食材の買い出しですよ、シロー」

 

「へいへい……ん」

 

 敬語は抜けていないが、今確かに『シロー』と呼んでくれたな。

 

 これは大きな第一歩だ……なんて、俺が考えてるなんて、アリスは気付かないんだろうな。

 

 そんなことを考えていれば、市場についていた。よし、と意気込んで、商品に目を通し始めるのだった。


――アリスが唸るくらい美味い飯を作ってやろう、と心に決めて。

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