第12話 【ニニギ編・第一章】 ──熊野の森で目覚める



冷たい土の匂いが、鼻腔を突いた。

ニニギは目を開けた。


そこにあったのは、白い未来の光ではなく、深い緑の天井だった。


梢の間から差し込む光が、時折、鳥の影を浮かべる。

ここは高千穂ではない──すぐに、それは分かった。


転送は……ズレたのだ。


「……熊野、か。」


言葉にすることで、現実が形を得る。


湿った苔、ざわめく葉の音。

遠くから響く、獣の鳴き声。


未来では聞いたことのない、原始の音の交響。


ニニギは立ち上がり、周囲を見渡す。


足元には、黒く焦げた枝が転がっていた。

その中心に、焼け焦げた矢の先が突き刺さっている。


(兄さん……?)


祈るような足取りで、矢に近づく。


焼け跡の中心には、人の手による円があった。

火を囲む印。


「ここにいたんだな、兄さん。」


そのとき──


ひゅ、と風が鳴った。


ニニギの視線が、森の奥へ向く。


黒い影が一瞬、木々の間を走った。


鳥か?

いや、違う。


あれは──三本足。


「……八咫烏か?」


声に出すと、影は再び現れ、すぐに消えた。


ニニギは、呼びかけようとして──やめた。


この存在は、言葉では動かない。

問いではなく、行動が鍵。


導かれるままに、森の奥へと歩き出す。


足元の枝が折れ、鳥が騒ぎ、空気が少しずつ変わっていく。


やがて、一枚の葉が、風に乗ってニニギの肩に落ちた。

それは不自然な形──三つ又の印のようだった。


「……北、か?」


そう呟いたとき、再び八咫烏の影が現れ、ゆっくりと北の方角へ飛んでいった。


ニニギは、拳を握る。


この旅は、兄を追う旅ではない。

自分自身への問いを探す旅。


静かに、歩み出す。


火の跡を越えて、祈りの残滓を踏みしめて。


森の奥へ──兄の背中を追って。

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