第五話 聖ユディカリア
全組の契りが終わると、オリエンテーションは閉幕した。
この後は、姉妹の親睦を深めるため、ミューズの校舎案内という名目の自由行動になるらしい。今日はもう授業はなく、案内が終わればそれぞれの寄宿舎で過ごして構わないという。
瑠璃は薫子と共に、学院生活のメインである校舎の他、講堂、礼拝堂、図書館、グラウンドを見て回った。
普通の学校とは異なり、修道院や霊園といった施設も内包していて、墓の数が意外と多くて驚いた。そこには、学院のために国外から訪れたシスターたちが眠っているらしい。
全体はオープンスクールの際に一通り探索したが、生徒として入学してから改めて見てみると、なんだか感慨深い。
校舎は全面改装されたと聞いていたが、実際は端の方にいくつか風化した建物が残っていた。薫子に聞くと、創設者の思い入れのある場所だから残しているのだという。
次の目的地である庭園まで歩きながら、瑠璃は尋ねる。
「そういえば、姉妹の相手って誰が決めてるんでしょうか」
「くじ引きか、もしくは生徒会の白原さんあたりだと思うけれど」
「なるほど。ランダムでも、誰かが決めたのだとしても、わたしは運良すぎですね」
「おだててくれても、私は生徒会ではないから何もできないわよ?」
「違います、本心なんですっ!」
「ふふ、本当に変わった子ね」
薫子の隣で踏み出す一歩一歩がいつもより弾んで、浮かれているのが自分でも分かる。
憧れの「女神」に対して、緊張して何も話せなくなるということはなく、昔からの知り合いであるかのように、不思議なくらいすぐに馴染んだ。
親しみやすいというわけではなく、どちらかというと簡単には触れられない高嶺の花という感じなのに。
「ここが学院自慢の庭園よ。素敵でしょう?」
キャンパスの真ん中、チャーチベルのある時計台の前に庭園が広がっている。オアシスのような噴水があり、それを囲むようにしてバラやユリ、コスモスの咲く花壇がとても華やかだ。
けれど、瑠璃の目に付いたのは色とりどりの花ではなく、灰色の巨大な石像であった。
「この像は……」
対照的になるようにして置かれた噴水の中央奥に、女を象った石像がそびえ立っている。
高さは目視でおよそ三メートル。顔は正面を向き、少し上を見据え、両手で一本の鉄槌をまっすぐ胸元に抱えるようにして構えている。柔らかなローブを纏った、見るからに美術の教科書に出てきそうな聖像だ。
「聖ユディカリアよ」
瑠璃の隣で、石像を見上げた薫子が教えてくれる。
入学前に学院のパンフレットを読み込んでいたから、瑠璃も聖ユディカリアについてはなんとなく把握している。
たしか、神の忠実なる信徒で、神のために悪に鉄槌を下す聖女だとか。裁かれた悪は彼女の力で浄化され、神の前に差し出される。神は彼女の行いを称え、加護の力を授ける。その力によって民は悪から護られてきた。
創設者は彼女の信仰心を称え、教育を通して彼女の精神と神の教えを広めるために、この学院を設立したらしい。創設者の像ではなく、聖ユディカリアの像であるところに、強い意思が感じられる。
この像、ずっと見ていると魂を抜かれそうだ。
聖女像には今にも動き出しそうなオーラ……生命力があり、造形美に驚くとともに気味の悪さを感じた。彼女を創り上げた彫刻師はきっと名のある人だ。布の質感、肌の肉感もそうだが、なんとも言えない表情がかなり生々しい。
憂えげな様子でありながら、希望を宿し、天を見つめて──。
「瑠璃」
呼び声に意識が呼び戻され、瑠璃は石像から視線を外す。薫子に名前を呼ばれるのは、なんかくすぐったい。
気づいたときには、薫子は自然と瑠璃のことを、呼び捨てにしていた。距離の近さを感じてうれしい。
ちなみに、瑠璃はこれから薫子のことを「姉さま」と呼ぶことになる。姉妹の決まりらしい。
薫子は庭園の花壇の中の、凛と咲き誇る白ユリを指した。
「見て、この白ユリが聖ユディカリアの象徴なのよ」
「なにか縁があるんですか?」
「ええ。彼女が鉄槌を下した者の血が染みた土から、この世で最もうつくしい純白のユリが咲き、そのユリを神に捧げて祈ると幸運が訪れた……とされているわ」
「ちょっと物騒ですね……」
可愛らしいユリは悪者の血液から生まれたものなのか。伝承とはいえ、なかなかグロテスクである。
「私は好きよ」
と、薫子は言うが、瑠璃としては聖女像に生命力を見出したばかりなので、生と死のギャップに追いつけない。
「一通り見たし、大きな施設といえばあとは寄宿舎くらいだけど……私のお気に入りの場所、行きたい?」
「行きたいです!」
瑠璃は即答する。
薫子がどんな性格で、何が好きで、自分は彼女の何に惹かれたのか……今は、彼女のことをたくさん知りたい。
薫子は瑠璃を連れて講堂の付近に戻り、表通りではなく施設の裏側にある道を歩く。
先ほどの開放感のある庭園とは異なり、背の高い木々が生い茂っているのを見て、ここが人里離れた山奥にあることを思い出した。
「ここよ」
ほどなくして、瑠璃の目の前に白い花園が広がった。
ここは講堂と礼拝堂の裏だが、建物からは少し距離があり、空間は木々の奥に隠されていて、気に留めなければ通り過ぎてしまうような場所だった。
「わあっ、こんなとこにも庭があったんですね」
「ここに用のある生徒は少ないから、普段はほとんど無人よ」
「オープンスクールのときも学院内を見て回りましたけど、ここは全然知らなかったです」
石像のある庭園に比べれば、ミニチュアサイズの小さな庭だ。十坪ほどの四角形に切り取られたような花園一面に、一種類の花だけが咲き誇っている。
「これも白ユリですよね。鮮やかってわけではないですけど、童話の花園のみたいでむしろきれい……」
「とても素敵でしょう」
薫子は白ユリを見つめながら、目を細めて言った。
彼女がお気に入りというのも分かるかもしれない。先程の伝承さえ忘れれば、白い花と若々しい緑だけが覆い尽くす光景はとても可憐で、ユリのフローラルな香りはとても落ち着く。
「はい。でも、この季節に咲いているのって珍しいですね。庭園のユリもそうだけとま、夏頃に咲くイメージでした」
「学院の庭師の方が栽培方法と品種を工夫してくださって、年中見られるようになっているそうよ。もう少し山に入ったところにも、花園があるとか」
「へえ、力を入れてるんですね」
よく見てみると、花の大きさや形に違いがあるように感じる。その中で、どの花弁も清純な白というのが共通していた。
気になるのが、花園の手前の方は花が植えられておらず、茶色い土が剥き出しになっていることだ。土の上には白色の立て札がひとつ、突き刺さっている。まるで、墓標のような雰囲気だ。
瑠璃の頭に浮かんだ疑問に呼応したかのように、薫子が口を開く。
「実は、聖ユディカリアと縁が深いのはこちらの方なの。白ユリしか咲いていないでしょう。この下には、彼女の遺骨──魂の一部が埋まっているとされていたわ」
「い、遺骨……!?」
「ええ。──その顔、冗談だと思った? 普通に考えれば、信仰が創り出した架空の逸話だと思うかもしれないわね」
途端に、可愛らしい花園が暗く染まったように感じた。
薫子の言う通り、遺骨の話は本当ではないと思う。ひとつの修道院が、外国の偉大なる聖女の形見を持ち出すなんて簡単にはできないはずだ。
けれど、聖女像の生気を考えると、本当かもなんて思えてくる。ほんの少しだけ。みずみずしい白ユリも供花にしか見えなくなってきた。
呆然と眺めていると、土壌がぐにゃりと歪んだ。ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃ、と呼吸をする人間の腹のように上下している。……ように見えた。
「疲れてるのかな……」
目を擦れば、次の瞬間には元通りの平坦な土壌に戻っていた。
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