Log.06_EXCEPTION_RULE(例外規定) - 「感情」という名のバグと《世界の再定義》

赤く染まる空に、レナが放った小さな火球が弾けた。街の石畳に残る熱の軌跡が、夕暮れの終わりを静かに刻んでいる。


描画バグのないフレーム。朝霧悠斗は、そんな言葉でこの光景を評した。完璧にレンダリングされたグラフィックのように、この世界の自然はあまりに整いすぎていて、彼にはどこか人工的に思えた。


仲間は二人。炎術師のレナと、騎士のセリア・ヴィンセント。

依頼帰りの帰路、彼らは何気ない雑談を交えながら、夕暮れの街を歩いていた。


「そういえば、あのゴブリン、最後、炎に巻かれて転げ回ってたよな」

「ふふっ。ちょっと派手すぎたかな?」


レナが頬を指先でかきながら笑う。

悠斗はその横顔に視線を向け、無意識に“情報”を読み取っていた。


───UNIT STATUS───

\[User ID: LENA\_FERMATA]

MP: 87/120

MAGICAL\_FLOW: Stable (Post-Stabilization)

EMOTION\_TRIGGER: Medium (Joy)

─────────────────


感情の高ぶりが魔力の流れに直結する。

それが彼女の「欠陥」であり、同時に「可能性」だった。


騎士のセリアは、いつも通り寡黙に歩いていたが、視線の端で悠斗をちらりと見やった。


「……先ほどの助言、感謝する。確かに、剣の軌道が滑らかになった」

「最適化は、積み重ねだからな」


その言葉は、かつて職場で何百回と繰り返したものと同じ響きを持っていた。


───ACTION LOG───

\[User: CELIA\_VINCENT / Action: Sword\_Swing]

DURATION: 60ms → Optimized: 48ms

MODIFY: Follow-through (-20%)

─────────────────


無駄を削ぎ落とし、処理を軽くする。

それが彼の役割。バグを修正し、仕様を改善し、世界を“マシ”にすること。


だが、この世界にはコードでは説明できないものが多すぎた。



宿に戻ったあと、三人は簡単な報告を済ませ、それぞれの部屋に引き上げた。

だが、レナだけは悠斗の部屋の前で立ち止まっていた。


「……あのさ、少しだけ、いい?」

「かまわない」


薄暗い部屋の中、ランタンの灯が揺れる。

レナは椅子に腰を下ろし、しばし黙った後、ぽつりと口を開いた。


「私さ、昔……“笑って”火を出したんだ」


悠斗は、言葉の続きを待つ。


「楽しくて、嬉しくて……でも、それがダメだった。村の子を火傷させて、怒られて、隔離されて……。それから、感情を表に出すのが怖くなったの」


火が暴れるのは、感情が動いた証。

彼女はそれを“バグ”だと信じ込まされてきた。


「でも、あんたは……私の“暴走”を止めてくれた。それだけじゃなくて、魔力の流れを“直して”くれた。怖くなかった」


感情を、暴走を、彼は否定しなかった。


「……あのときの笑顔、俺は嫌いじゃなかった」


静かな肯定に、レナの肩が小さく揺れる。


「じゃあ……たまに笑っても、いい?」


「ああ。ただ、燃やすなよ」


ふっと、レナが息を漏らして笑った。今度は火球は出なかった。


───EMOTION\_LOG───

\[Trigger: Joy]

\[System Response: Suppressed Magical Output - Success Rate 96%]

─────────────────


彼女は、彼の“パッチ”で変わりつつある。

それはデータには残らない、ささやかな心の修正だった。



次の日、依頼で向かった廃坑で、異形の騎士と遭遇した。

漆黒の甲冑に、ひび割れた面頬。そこからのぞく瞳には、理性の光はなかった。


「人間……は、無駄だ。効率が……すべて……」


その言葉に、悠斗は一瞬、動きを止めた。


「……お前、それを口にする資格はない」


敵の動きは、まるで機械。

だが、精密さはあれど、美しさはない。


───ENEMY DATA───

\[NAME: DREAD\_KNIGHT]

TYPE: Corrupted Human

ERROR: Overwrite\_Drive(Emotion\_Severed)

DAMAGE: Irreversible

─────────────────


感情を削ぎ落とした末に残ったのは、空虚な殺戮兵器。


「感情を捨ててまで、何を守る?」


悠斗は手をかざし、データの奔流を読み解いた。


「お前のコードは、もう破損している」


黒き騎士の装甲がひび割れ、崩壊が始まる。


───CRITICAL PATCH───

\[Override Code Injected: Corruption\_Nullify()]

RESULT: SYSTEM FAILURE

─────────────────


敵が崩れ落ちる。破片の中から、人の手が見えた。

人間だった痕跡。かつて、誰かだった存在。


「非効率でも……人間でいたかったんだろ」


彼の言葉は届かない。

だが、その沈黙こそが、答えだったのかもしれない。



帰り道、セリアがぽつりと呟いた。


「非効率、だとしても……私は、人の心を捨てたくない」


悠斗は答えない。ただ、歩きながら考える。


感情は非効率かもしれない。

けれど、人が人であるためには、必要な“例外”かもしれない。


その日、彼のコードの中に、ひとつの注釈が加わった。


───COMMENT───

\[NOTE: Emotion\_Handling Required]

\[Add Exception Rule: IF(Human) THEN(Preserve\_Emotion)]

─────────────────


いつかこの世界のバグをすべて修正したとき、

彼は“感情”という仕様を、どう定義づけるのだろうか。

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