Log.02_DEBUGGING(デバッグ) - 暴走する不具合(バグ)の少女とエンジニアの最初の《対話》

「MP回復:0.03%/秒(誤差発生中)」──表示されたHUDに、朝霧悠斗は乾いた笑いを漏らした。


かつて、深夜のオフィスで死神のようにコードを葬っていた日々。その延長線に、まさか異世界があるとは思わなかったが──ここもまた、完璧からは程遠い。


「エラーが、見える」。


それは、異世界における彼の“特異点”だった。


世界そのもののコードが、視覚情報として流れ込んでくる。空気の流れ、草の揺らぎ、魔力の流動。それらが、無数のスクリプトとして彼の視界に浮かび上がる。彼はそれを読み解き、修正し、最適化する。


───SYSTEM LOG───

\[ENVIRONMENT\_OPTIMIZATION: Success]

TARGET: Local Flora / Resource Node

IMPACT: Increased Mana Absorption Rate by 12%

NOTE: Minor performance boost detected.

─────────────────


試すまでもなく、彼は確信していた。ここでも、自分は“デバッガー”として機能する。異世界が抱えるバグと歪みを、静かに修正していけばいい。


だがその信念は、ギルドの片隅で立ち昇る煙と、怒号と共に揺らぐことになる。



「レナ・フェルマータ、またか!」


焦げ臭い空気と焼けた床。その中心に、ひとりの少女が立っていた。ローブは焦げ、指先から微かな煙。肩をすぼめ、目を伏せるその姿には、弁明すら許されない孤独が滲んでいた。


周囲には、冒険者たちの冷たい視線。そして、彼女の頭上に浮かぶエラー表示。


───UNIT STATUS───

\[User ID: RENA\_FERMATA]

Level: 5

HP: 60/60

MP: 150/150 (Unstable)

SKILLS: Flame\_Magic (Lv.1), Mana\_Control (Lv.0 - Locked)

BUG: Mana\_Overflow (ID: RNF\_001-B)

─────────────────


「暴発娘め……まともな訓練も受けず、いつまで足を引っ張るつもりだ」


ギルド査定官、ロジャーの声には、苛立ちと見下しが混じっていた。彼の頭上にも、悠斗にだけ見えるログが浮かんでいる。


───UNIT STATUS───

\[User ID: ROGER\_GUILD\_OFFICIAL]

Level: 15

HP: 120/120

MP: 30/30

SKILLS: Basic\_Assessment (Lv.3), Intimidation (Lv.1)

BUG: Emotional\_Volatility (ID: RGR\_001-A)

─────────────────


“感情的なバグ”──それが、この男の非効率の正体だった。上に立つ者がこのようでは、どれほど優れた資源も腐る。


「……また、やっちゃった……」


レナが呟いた声は、まるで自分を責めるようだった。過去の焼けた家、恐怖に引きつった村人たちの顔。理解されず、拒絶され続けた日々。そのトラウマが、彼女の魔力制御を阻害しているのだ。


「……原因は明確。“設計ミス”だな」


その一言に、レナもロジャーも反応した。だが、悠斗の眼差しは冷静なままだ。感情ではなく、解析。


「MPは150。十分すぎる資源を持ちながら、制御スキルがロックされてる。おまけに、詠唱ディレイ+1.8秒、安全措置の過剰適用……これは初期設計のミスか、あるいは意図的な抑制だ」


「何を言って──」


ロジャーの言葉を遮るように、悠斗は歩み寄る。


「レナ、だったな」


彼女がびくりと肩を震わせる。だが、それでも顔は上げない。


「君の力は、危険じゃない。未完成なだけだ。暴発は、“機能している証拠”だよ」


その言葉に、レナの指がわずかに震えた。信じられない、とでも言うように。


「君の力は、ちゃんと設計し直せば、制御できる。少なくとも、君を“災厄”なんて呼ぶような者たちよりは──ずっと理に適ってる」


「……っ、そんなの……」


レナが小さく嗚咽した。怒号ではなく、冷笑でもない。“解析の果ての肯定”──それは、彼女が初めて受け取った救いの言葉だった。



その夜、ギルドの外れ。焚き火を囲む二人の影があった。


「……昔、魔力が暴走して、家を燃やした。両親も、村も……みんな私を、怪物みたいに見た」


ぽつりぽつりと語るレナの声は、弱くも熱を持っていた。


「でも、本当は誰かを守りたかっただけだった。力があるなら、助けられるって……そう思ったのに」


悠斗は無言で火を見つめていた。


「君は、間違ってない。未熟だっただけだ」


「未熟、か……ふふっ、そう言われたの初めて」


レナが微かに笑ったその時、火の粉が舞った。赤く揺れる光の中で、彼女の目が力強く煌めく。


───UNIT STATUS UPDATED───

\[User ID: RENA\_FERMATA]

SKILL: Mana\_Control (Lv.0 → Lv.1)

BUG FLAG: Mana\_Overflow → Suppressed

────────────────────


レナは、気づかないうちに一歩、前に進んでいた。


そして悠斗は、またひとつ、この世界のバグを修正したのだ。


……まだ何も終わってはいない。


だが、この少女の未来には──希望の“行”が追加された。


バグだらけの世界で、彼は静かに、命のコードを書き換えていく。

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