『スキルの裏に潜むバグを直したら、異世界の理まで書き換えられる件』──この世界は、動いている。コードのように。

三詠スミ

Log.00_START_UP(起動) - 最終テスト環境(異世界)における《デバッガーの再臨》

深夜2時。オフィスの照明は蛍光灯が一本、かろうじて命を保っていた。ひび割れたガラスのカバー越しに、滲むような光が床に落ちる。


その下で、朝霧悠斗は黙々とタイピングを続けていた。


───SYSTEM LOG───

\[ERROR: Infinite Loop Detected]

MODULE: CORE\_SYSTEM\_INIT

FUNCTION: World\_Generate()

STATUS: Critical / REASON: Unhandled Exception

─────────────────


「またか」


エラーの内容を見て、彼は小さく肩を竦めた。


“リリース直前の死神”──社内でついた渾名は伊達ではない。

悠斗は、プロジェクトの終盤で投入され、地獄のようなコードを葬り去る。だがその代償に、彼はいつも、感情も、睡眠も、私生活もすべて置いてきた。


乾いたキーボード音だけが響くオフィス。デスク脇のコーヒーカップは、もう何時間も冷えきっている。


「……何もかも、効率悪すぎるんだよ」


視線の先には、過去の失敗プロジェクトが流れる映像がオーバーレイ表示されていた。客の罵倒、仕様変更、倒れる仲間。修正できなかった記憶。


彼は、無意識に拳を握る。


───SYSTEM LOG───

\[WARNING: Memory Leakage]

MODULE: UI\_RENDER

FUNCTION: Display\_Overlay()

STATUS: Minor

─────────────────


その瞬間、世界が揺れた。


ノイズ。高周波。視界が歪む。


───INITIATING: Final Test Environment───


「最終テスト環境、起動。ログイン対象:朝霧悠斗」


幻聴ではない。システムログに出力されている。だが、誰が──?


蛍光灯が砕ける。足元の床が融け、キーボードがノイズの海に沈む。


意識が遠のく。


───DATA INTEGRITY CHECK FAILED───

───Reality\_Deconstruction: COMPLETE───


「強制ログイン……かよ」


最後の言葉を呟き、彼は闇に落ちた。


---


次に目覚めたとき、世界は変わっていた。


───SYSTEM LOG───

\[USER: ASAGIRI.YUTO]

LEVEL: 1 / HP: 100/100 / MP: 50/50

SKILLS: DebugView (System Root Access)

─────────────────


石畳。青空。活気あるマーケットのざわめき。

彼の視界には、現実では見えなかったものが浮かび上がっている。


───UNIT STATUS───

\[User ID: RANDOM\_TOWNSMAN\_001]

Level: 3 / HP: 80/80 / MP: 20/20

SKILLS: Simple\_Harvest (Lv.2), Basic\_Craft (Lv.1)

─────────────────


「……HUD付きのNPCってか?」


言葉に出した途端、彼は気づく。

これは、ただのファンタジー世界じゃない。これは“動いている”システム。構成要素が見える。


世界そのものが、コードでできていた。


悠斗は地面の石畳に目をやる。


───OBJECT DATA───

\[Object ID: STONE\_PAVEMENT\_001]

MATERIAL: Granite / DURABILITY: 85%

DECAY\_RATE: 0.001%/day / NOTE: Mana-infused. Enhances stability.

─────────────────


「完全に、デバッグモードだな。冗談きついぜ」


冗談と言えば、かつて後輩が言っていた。

『世界がコードで見えたら最強ですよね!』──あいつは今、どこで何をしてるのか。


悠斗は一歩、石畳の上を踏みしめた。振動すらデータで可視化される。


彼の背筋に冷たい風が吹く。思考が冴える。デバッガーの直感が囁いてくる。


───WARNING: Minor Glitch Detected───

MODULE: PHYSICS\_ENGINE

FUNCTION: Object\_Collision()

STATUS: Localized

─────────────────


「……この世界、バグだらけじゃねぇか」


呆れ混じりに呟いたその声に、誰も返事はしない。だが、彼はもう理解していた。


この世界は、未完成だ。誰かが放り投げた、開発途中のテスト環境。


なら、役割は明確だ。


───PRIMARY OBJECTIVE: World\_Optimize───

STATUS: Set

NOTE: No rollback option available.

─────────────────


「了解。じゃあ、始めようか」


彼は立ち上がる。新しい“現場”は、ここだった。


世界が光に包まれる。風の音が、まるで“キーストローク”のように響く。


───BOOT\_SEQUENCE: Complete───

GOOD LUCK, ASAGIRI.YUTO

─────────────────


彼の唇が微かに動いた。


「ゲーム開始──いや、“コンパイル”だな」

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