ご令嬢が光を連れてきてくれたようだ -4
その後ろ姿を、年少組は手を振って見送った。
焚火を消したアースクレイルは、夕方までの予定を考えていた。と言っても、荷づくりを終えてしまうとすることがない。久しぶりに訓練に打ち込もうかと考えていると。
なにやら、左右から視線を感じる。
右側には、冬の青空を映す素直な灰色の瞳が、心配そうにこちらを見つめている。
左側には、芽吹いたばかりの若芽のようでありながら、どこか老獪さを秘めた緑色の瞳がわくわくを隠さない様子で見つめている。
アースクレイルは、ヴィサルティスより2歳年長の30歳。トルエノ騎士団の一員であり、亡くなったヴァインロートの友人だ。背中まで流した水色の髪と物静かな青色の瞳で衆目を集めることが多いが、こうもあからさまな視線を無視するのは気が引ける。まして、彼らは自分の半分しか生きていない子どもたちである。
にわかに年齢を感じ、落ち込む気持ちを隠しながら尋ねる。
「私に、なにかご用ですか?」
シェナが、肘でつんつんとシャノンの腕をつっつく。
シャノンは、申し訳なさそうに言った。
「あのさ、オレはロア姉さんのことを応援してるけど、あんたのことが嫌いってわけじゃないんだ。だからその、魚とかきれいな貝殻とか獲ってきてやるからさ、元気出せよ」
あまりに見当違いな励ましに、アースクレイルは二度三度とまばたきした。
どうやら、彼は純粋な心根の持ち主で、アースクレイルがヴィサルティスの恋人であると信じているようだ。つまり、新しい恋人の出現で落ち込んでいるのではと心配してくれているのだ。
そして、もうひとりの少女は不純ないたずら心で、当惑しているシャノンを見物しているらしい。
笑ってはいけない、と思ったのだが、我慢できずにくつくつと笑うアースクレイル。
顔を伏せたアースクレイルを見て、シャノンはまた余計な心配をしたようだ。
「兄さん、泣いてるの? どうしよう。なぁシェナ、お前もなんとか言えよ」
シェナは、笑うのをやめて真面目に答えた。
「突っ走る前に、まわりの意見を聞くクセをつけたほうがいいわよ」
「?」
これ以上シャノンの混乱が増大する前に、アースクレイルは事の次第を語って聞かせた。自分は友人であり、ヴィサルティスの甥の立場を守るために恋人を演じていたのだと。契約結婚に関しては当事者間の問題だと思ったので、ひとまず伏せておく。
「えーっ、なんだよ、オレ本気で心配したのに!」
「まさか信じるとは思わなくて面白かったわ、
「同い年のくせに! 兄さん美人だもん、信ぴょう性あるよ!」
アースクレイルは、騒ぎ始める年少組の肩に手を置いて、ケンカを中断させた。
「心配してくれてありがとう。ところでシャノンくん、私の名前を覚えていますか?」
灰色の瞳は、パッと明るく輝いた。
「アース兄さん!」
「はい、よろしい」
微笑むアースクレイルに、シェナがしゅっと片手を上げて尋ねる。
「質問でーす。わたしは、卿って呼んだほうがいいの? お屋敷の使用人の皆さんになんて呼ばれていますか?」
「さん付けでいいと思います」
トルエノ辺境伯家の人間は、ヴィサルティスとアースクレイルの上辺の関係を信じているためかよそよそしく、積極的なかかわりはない。従って名前を呼ばれた記憶もほとんどない。
疑問が解消したらしいシェナは、清々しいウィンクを寄越した。
「では、わたしのことは、シェナさんと呼ぶことを許可しましょう」
「はい、よろしくお願いしますね、シェナさん」
「ふふ、冗談の通じる人、好きですよ」
四年前。ヴァインロート夫妻が亡くなってから、いつも頭上に暗雲が付きまとう気持ちでいた。ごく平凡な両親と悲しみを分かち合うことができたアースクレイルとは違い、幼い子どもを抱え家族を頼ることもできなかったヴィサルティスは、なおつらかっただろう。
そんな重苦しい過去が終わり、新しい日々が芽吹く予感がしている。
(まるで、ご令嬢が光を連れてきてくれたようだ)
アースクレイルは、朝日に向かって顔を上げた。
冬の海は凪。明るい子どもたちの声は、水平線の上を跳ねまわって、空へと続く希望の五線譜を歌うようだった。
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