第6話 外の世界は
騎士とは、国に忠誠を誓った戦士たちのこと。
私たちの国、ワイバナイツ帝国にとっては、決して切り離すことなどできない要の主戦力だ。
日々の平穏の為に戦い、時には自らの命すら顧みない覚悟を持っていなければ務まらないという。それは大きく分けて一、二、三軍のまとまりがあり、中でも三軍というのは特に弱い立場にある。それは新兵などの経験がまだ浅い騎士たちが対象となっており、フィンたちはこの一番下の騎士ランクなのだそう。騎士にもいくつか種類があるが、彼らが腰から下げている西洋剣、それには前衛騎士である証の紋が記されていた。
けれど、と私は息を呑む。
「いやはやどこぞの姫のせいで、こうも忙しくなるとはな」
彼が剣を振るうたびに、アンデッドたちの首はいとも簡単に刎ねられてしまっている。その実力、度胸、自信は三軍には勿体無いと思わせるほどに洗練されていた。
「あまり言ってはいけませんよ、フィンニール殿。この人だって、意図せずしての出来事です」
先ほどの雰囲気とは真逆に、今や彼らはアンデッドたちと戦う羽目になっている。なぜかというと、それは私の大声がヤツらを引き寄せてしまったからだ。
アンデッドの呻き声を聞いた時は背筋が凍るほどに震えたが、彼らの戦いぶりを間近で見ていて、やはり私は驚きを隠せないでいる。彼らは、強い。次から次へと迫り来るアンデッドたちの攻撃を躱しながら、一振りでその命を断ち切ってみせるのだ。私は目の前に迫る死の気配に怯えながらも、彼らの動きに釘付けだった。
フィンニールと名乗った男は、強引だがそれなりに力はあるようで、ほぼ力任せに剣を振るっているようにも見えるが、確実に急所を捉えている。
逆にカイトという男は、戦い方が静かだった。流れるような剣術が攻防をより一層際立たせ、時折こちらに意識を向けて危険がないか確認してくれている。その余裕はまさしく、二軍の実力にも匹敵するだろう。もしかしたらそれ以上かもしれない。
彼らの剣筋を示すように、血飛沫が後をなぞる。
「しかしこのままでは数で負けるな。仕方ない、場所を変えよう」
彼らが侵入してきた唯一の玄関から、とめどなく溢れ入ってくるアンデッドの群れ。
フィンは私の後ろに視線を送ると、カイトの反応も待たずにすぐに行動に移した。
「きゃあ!」
なんの合図もなく、フィンが軽々と私を抱きかかえる。咄嗟のことについていけず、私はそこそこに大きな悲鳴をもらしてしまった。
それに気付いたカイトだったが、すぐに何かを察したようだ。
開け放たれている窓から、フィンは私を抱えたまま飛び降り、風のような早さで移動を開始する。
「なになになんなのよー!」
せわしなく移り変わる視界の中、真横から差し込むのは赤く染まった夕陽。パニックになりつつも、肺いっぱいに吸い込む空気は特別に新鮮だった。
閉鎖的な世界から飛び出し、どこまでも続くように見える外の世界は、私にとって懐かしい感覚でもある。けれど、いつまでもこの調子ではいられない。
地平線に消えかかっている太陽を見る。日没が近いのだ。そんな中で、彼らは今私というお荷物を抱えながら緑深き森の中を走っている。それでもこのまま進むのは危険だ。夜の森の静けさは、アンデッドたちに有利すぎる。
時折すれ違うようにして、過ぎるアンデッドの個体を目で追う。こちらがわずかに葉を揺らし布が擦るれる音だけでも、すぐに気付いてしまうほど聴覚、もしくは五感が優れているのだろう。さらにゆったりとした足取りで、こちらに向かってくるその意志は感じられた。けれど、フィンたちの速度にはまるで及ばない。
「それで、どちらまで?」
カイトはフィンの傍まで近寄り、かなりひそめた声量で問う。
それに対し少し考える素振りを見せながら、赤瞳の青年は答えた。
「……確かこの先に、ロクスニィという村がある。とりあえず今日のところは、その結界内部にまで辿り着ければ上々だな」
風を切って進み続ける私たちに、アンデッドの手が伸びてくる。それをカイトが前に出て、剣で弾き、時には最小限のダメージに抑えながら先を急ぐ。
「こ、殺さないの?」
ただ逃げ続けているだけでは、いずれ追いつかれてしまう。不安を問いかける私に、フィンは周囲への警戒を強めながらも、
「アンデッドというのは、今、この瞬間の音には敏感だ。だが一度見失ってしまえば、光を失った蝶も同然。あとは徘徊の列に戻るだけだ」
それに続き、カイトも言葉を付け足す。
「対アンデッドにおいて、足を止めるという行為は死を意味します。ご覧の通り、あれらは追いかけてくる速度は遅いものの、こちらは数に劣る。個々に時間はかけていられないのです」
再び行く手を阻むアンデッドに、今度は低い姿勢で体当たりをして、勢いのまま横に弾き飛ばすカイト。私たちという獲物を探す青白い腕が宙を舞い、背後で転がって見えなくなる。
「どんな形であれ、小さなひっかき傷も致命傷であることに変わりありません。捕まったら終わりなので、その時はやむを得ないでしょう。しかし、無駄な殺生は避けたい。夕暮れも目前、私たちは、アンデッドを殺しに来たのではありません。生き続けるために、ここにいるのです」
「だからこそ、今俺たちがするべきことは今晩の宿探しだな」
やはり、場数が違う。この戦闘能力、知識の差は、一朝一夕に築き上げられるものではない。改めて、なぜ彼らが三軍という枠に収まっているのかが疑問だった。しかし彼らにも、彼らの事情があるのだろう。そこは聞かないことにして、今は邪魔にならないように声を潜め、フィンの腕の中でじっとしている。カイトの方は敵と交戦するということもあり、視線を向けるには気が引ける部分も多かったので、他に目を向けるところといえば赤瞳の彼しかないのだ。
改めて、感嘆の声をもらす。夕日が相まって、下から覗く彼の表情は美しいと呼吸さえ忘れるほど。整った顔立ちはきっと、どんな角度から見ても様になっていることだろう。緊迫した空気の中であっても、私は見惚れてしまっていた。
そんなフィンの表情はしばらくかたいままだったが、ふいに私の視線は彼の瞳と交わる。
「なんだ? 俺に見蕩れてたのか? まったく、正直な女だな」
にんまりと笑う彼を見て、なんだかもったいないなと思う。この男、顔だけはいいのだが、残念なことにやや性格に難ありだ。私はため息をついた。
「あなた、黙っていればイケメンって言われない? なんだか残念だわ」
私から言葉が返ってくると思っていなかったのか、それを聞いたフィンは目を丸くした。
「そ、……そんなことはないぞ。女は引く手数多だ。それこそ、とっかえひっかえ――」
目を泳がし、焦りながら前方を見つめるフィン。少しの間の後、カイトが答えた。
「なに言ってるんですか。
耐えきれず笑ってしまい、それに腹を立てるフィン。しばらくの間、アンデッドたちを振り切ることができなかったのは、きっと私だけのせいではないのでしょう。
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