第1章 無口な俺の正体

第1話 無口君は話したい

 六月というのは、祝日もないうえにじめじめしていて、蒸し暑いという三重苦だ。


 海の日や山の日があるのに、雨の日という休みがないのは間違ってる。ゴールデンウィークで回復した気力なんて六月頭にはとうに使い切ってるんだから、夏休み前の期末テストを乗り切るために学校が自主休校して三連休を設けてもいいのに。


 そんなしょうもないことを考えながら、俺、六久原むくはら千優ちゆうは二年二組の騒がしい教室で過ごしている。昼休みの俺の口は、喋るためではなく、もっぱら弁当を食べるためだけに使われていた。


「マックさんの実況配信見た? あのボス戦、神すぎたよな」

「分かる、コメントにツッコミ入れながらあの回避はヤバい」

「ツイスターズのショート動画も笑ったわ。リマくん、早食い本気出しすぎだから」

「でも最近ショートのネタ、早食い系使い回ししすぎじゃね?」


 隣で輪になっているグループが、動画の話題で盛り上がっている。たまたまどっちも見たし、これなら話に入っていけそうだ。





「ねえねえ、六久原はマックさんの配信って見てるの?」

「ああ、見てるよ。昨日のも面白かったよな。接近戦で派手にいくと思ったのに、ずっと遠距離でボウガン連射して体力削ってるの笑ったよ」

「そうそう、あれめちゃくちゃ笑った!」

「でも現実にいたらイヤだわ。『俺が絶対、お前のこと守ってやる』って言ってる彼氏が、不良に絡まれたら遠距離でボウガン使う、みたいな。そこはグーパンでいけよ」


 途端に、グループが爆笑に包まれる。


「確かに!」

「やばい、今のたとえ最高!」

 向かいに座って泣くほど笑ってる女子が、指で涙を拭いながら俺の方を見た。

「ホント、六久原君と話すの楽しいわ」

「俺も! やっぱりグループに一人は六久原が欲しい!」





 以上、妄想終了。



 現実の俺? 会話に何にも混じれてません。


 入りたいけど、全く加わることもないまま、話題がどんどん移っていく。ちなみにさっきの「不良に絡まれたら~」のくだりは、別の男子が言っていたのを拝借した。俺はそんな面白いたとえは思いつかない。


 でも、そんな俺もやっと参加することができた。いつもの形で。


「ねえねえ、無口むくちくんもそう思うよね?」


 俺も真横にいた女子が話を振ってきた。その途端、俺より先に、別の男子が「いやいや」と手を横に振る。


「無口くんは、こういうの急に振られても話せないから」

「いやいや、ショート動画くらい見てるって」


 勝手に俺のことで言い合いになっているので、聞こえないように溜息をついてから、みんなに向かって返した。


「ショート動画、見てるよ。確かに、ツイスターズのショートって、んんっ、最近食事系ばっかりだよね」


 久々に声を出したので、上擦りながら、そしてむせながらの返事。それを聞いた途端、他のメンバーが、俺が話したことに驚嘆の声をあげる。


「喋った、びっくりした!」

 俺は初めて話した一歳児か。


「無口くんが相槌じゃなくてちゃんと喋るの、久しぶりに見た気がする」

「急に振っちゃってごめんね」


 授業中以外はほとんど相槌中心の生活をしている俺が話しただけで、この騒ぎだ。そして話した中身には特に触れられない。



 でも……ち・が・う・ん・だ・よ! 俺は話したいの! 話しかけるとびっくりされるけど、普通に話したいの!


 ひとしきり盛り上がった後に、すっかり俺を抜いてまた別の話題に移ったみんなを見て、俺は静かにかぶりを振りながら、記憶を入学当時に巻き戻す。


 はあ、あんなことさえなければなあ……



 受験の結果、知り合いがほぼ誰も行かない高校に行くことになった俺は、友達をしっかり作るため、「高校生は何かあるとすぐカラオケに行く」という漫画ベースの知識で、入学前に散々カラオケに行った。


 最新の曲は押さえよう、動画で人気の曲もレパートリーに加えたい。あとは「それ懐かしい!」って言われる曲も二、三曲。

 そんな風に猛練習した結果、扁桃線をやられた。さらにその影響か謎の発熱までして入学式から一週間休むことになった。悲しすぎる。


 やっと登校できるようになったけど、そもそも自己紹介が終わって一週間経つから、クラスではすっかりグループや序列ができてる。


 知り合いもいない、居場所もないうえに、扁桃腺の痛みが引かないのでほとんど喋らずにいたら、あら不思議、「はら ゆう」で無口くんなんてあだ名がついてしまったわけです!


 あだ名の力ってすごいの。無口くんって呼ばれると自分が話しちゃいけない気がしてくるし、実際に話すと、周りが「無口くんが喋った!」みたいなリアクションになる。


 そんな状態が続くとどうなるか。吹っ切れて話せるようになる? 心優しい男子が「本当は話したいんだろ」って味方になってくれておしゃべり友達になる?


 正解は、「急にキャラ変更するとそれはそれで驚かれて交流してくれる人が減るのでは……と考えてしまい、なんとなく同調してほとんど無口のまま過ごしてしまう」でした!


 いや……当時はむしろそれが正しいと思ってたんだよ……だって、周りの空気読むの大事じゃん……それがまさか、高二まで続くと思ってなかったんだよ! 今更引っ込みがつかないんだよ!


 そして今日も俺は、「無口くん」として学校生活を送っている。喋らないように無理やり制限してるわけじゃないけど、必要最低限のみ。ちなみに、今日は話したのはさっきの一回だけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る