第47話:沈黙の聖堂、奪われた語りの行方

夜の帳が下りた《アムナス》の街。

先ほどまでの戦いの余韻が、まだどこか空気を重たくしていた。


骸記ノ者は焚火の前に腰を下ろし、黒い芽の脈動を感じていた。

戦いの最中、確かにこの芽は影たちの声を取り込み、一段と強く輝いた。

だがその輝きは同時に、神語の秩序をさらに刺激してしまったことを意味している。


「……次はもっと厄介なのが来るかもしれないな。」


リクは剣を横に置き、地面に胡坐をかきながら言った。


「覚悟してる。

だけど今さら後戻りはしない。」


エノは焚火に両手をかざし、小さく頷く。


「……わたしたちの声が、芽になってる。

この国が、わたしたちの語りで守られてる。

だから、どこまでも語りたい。」


骸記ノ者はその言葉に目を細める。


「そうだな。」


 



その翌日。


影の一人が街の門の方から慌てて駆けてきた。


「……! 骸記ノ者様……!」


「どうした?」


息を切らした影は震える声で言った。


「街の外に……見つけたんです。

“沈黙の聖堂”が出現したって……。」


骸記ノ者は表情を険しくした。


「沈黙の聖堂……神語の“語りの保管庫”か。」


エノが小さく息を呑む。


「語りの保管庫?」


「神々が集めた、語られた物語の断章を封じ込めておく場所だ。

そこには、本来消えたはずの声や物語が保存されている。

だがそれは……“奪われた語り”だ。」


リクが剣を背に立ち上がる。


「つまりそこに行けば、神語に奪われた語りを取り戻せるってわけか。」


「可能性はある。

そこに封じられた語りは、本来なら語られぬ者たちのものだったかもしれない。

取り戻せれば、この国の声はさらに強くなる。」


 



街を出て、灰の荒野を進むと、やがて白い建物が見えてきた。


それはただの廃墟のように見えたが、近づくにつれて違和感を覚える。


静かすぎる。


風もない。

音もない。

そこには焚火の火が揺れる音すら吸い込んでしまうような、絶対的な沈黙が広がっていた。


「……これが沈黙の聖堂か。」


エノが黒い芽を胸に抱え、怯えたように言った。


「中に入るのか?」


リクが確認するように剣を握り直す。


骸記ノ者は頷いた。


「この沈黙は“語りを奪う力”だ。

長くいれば、お前たちの声も失われるかもしれない。

だから気を付けろ。」


 



聖堂の中は白く冷たい空間だった。


床も壁も天井も、全て白い大理石のような素材で作られ、そこに淡い光の文字が刻まれている。


「神語……?」


骸記ノ者はそっと指を触れた。


するとそこから微かに声が溢れた。


《……名前を……呼んで……》


《……消えたくない……》


《……ここにいたい……》


それは語られぬ者たちの声。

神語に記録として取り込まれたはずのものが、この聖堂で薄れた断章となって囁いている。


「奪われた語りだ……!」


骸記ノ者が黒い語録を展開し、壁に刻まれた神語を塗り替え始めた。


「戻れ。

お前たちの声は、神語のためにあるんじゃない。

お前たち自身のためにある!」


 



聖堂が揺れた。


文字が壁から剥がれ落ち、空間に漂う。


そこへエノが黒い芽を抱いて進み出た。


「……お願い。

わたしたちの国に戻ってきて。」


黒い芽が強く脈動し、文字の光を飲み込む。


奪われた語りが、少しずつ芽に還っていく。


その時、聖堂の奥から低い声が響いた。


「……語りを返すなど、許されない。」


白い影が現れた。


神語の祭服を纏い、顔は無数の文字で覆われていた。


「我は《静詠ノ主》。

語りを沈黙へ還す者。

お前たちの声は、この場所で永遠に封じられるべきだ。」


リクが剣を抜き、骸記ノ者が黒い語句を構える。


「来いよ。

沈黙の中で、俺たちが何を語るか見せてやる。」


 


こうして新たな戦いが始まろうとしていた。

語られぬ者たちの物語は、まだ終わらない。

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