第47話:沈黙の聖堂、奪われた語りの行方
夜の帳が下りた《アムナス》の街。
先ほどまでの戦いの余韻が、まだどこか空気を重たくしていた。
骸記ノ者は焚火の前に腰を下ろし、黒い芽の脈動を感じていた。
戦いの最中、確かにこの芽は影たちの声を取り込み、一段と強く輝いた。
だがその輝きは同時に、神語の秩序をさらに刺激してしまったことを意味している。
「……次はもっと厄介なのが来るかもしれないな。」
リクは剣を横に置き、地面に胡坐をかきながら言った。
「覚悟してる。
だけど今さら後戻りはしない。」
エノは焚火に両手をかざし、小さく頷く。
「……わたしたちの声が、芽になってる。
この国が、わたしたちの語りで守られてる。
だから、どこまでも語りたい。」
骸記ノ者はその言葉に目を細める。
「そうだな。」
◇
その翌日。
影の一人が街の門の方から慌てて駆けてきた。
「……! 骸記ノ者様……!」
「どうした?」
息を切らした影は震える声で言った。
「街の外に……見つけたんです。
“沈黙の聖堂”が出現したって……。」
骸記ノ者は表情を険しくした。
「沈黙の聖堂……神語の“語りの保管庫”か。」
エノが小さく息を呑む。
「語りの保管庫?」
「神々が集めた、語られた物語の断章を封じ込めておく場所だ。
そこには、本来消えたはずの声や物語が保存されている。
だがそれは……“奪われた語り”だ。」
リクが剣を背に立ち上がる。
「つまりそこに行けば、神語に奪われた語りを取り戻せるってわけか。」
「可能性はある。
そこに封じられた語りは、本来なら語られぬ者たちのものだったかもしれない。
取り戻せれば、この国の声はさらに強くなる。」
◇
街を出て、灰の荒野を進むと、やがて白い建物が見えてきた。
それはただの廃墟のように見えたが、近づくにつれて違和感を覚える。
静かすぎる。
風もない。
音もない。
そこには焚火の火が揺れる音すら吸い込んでしまうような、絶対的な沈黙が広がっていた。
「……これが沈黙の聖堂か。」
エノが黒い芽を胸に抱え、怯えたように言った。
「中に入るのか?」
リクが確認するように剣を握り直す。
骸記ノ者は頷いた。
「この沈黙は“語りを奪う力”だ。
長くいれば、お前たちの声も失われるかもしれない。
だから気を付けろ。」
◇
聖堂の中は白く冷たい空間だった。
床も壁も天井も、全て白い大理石のような素材で作られ、そこに淡い光の文字が刻まれている。
「神語……?」
骸記ノ者はそっと指を触れた。
するとそこから微かに声が溢れた。
《……名前を……呼んで……》
《……消えたくない……》
《……ここにいたい……》
それは語られぬ者たちの声。
神語に記録として取り込まれたはずのものが、この聖堂で薄れた断章となって囁いている。
「奪われた語りだ……!」
骸記ノ者が黒い語録を展開し、壁に刻まれた神語を塗り替え始めた。
「戻れ。
お前たちの声は、神語のためにあるんじゃない。
お前たち自身のためにある!」
◇
聖堂が揺れた。
文字が壁から剥がれ落ち、空間に漂う。
そこへエノが黒い芽を抱いて進み出た。
「……お願い。
わたしたちの国に戻ってきて。」
黒い芽が強く脈動し、文字の光を飲み込む。
奪われた語りが、少しずつ芽に還っていく。
その時、聖堂の奥から低い声が響いた。
「……語りを返すなど、許されない。」
白い影が現れた。
神語の祭服を纏い、顔は無数の文字で覆われていた。
「我は《静詠ノ主》。
語りを沈黙へ還す者。
お前たちの声は、この場所で永遠に封じられるべきだ。」
リクが剣を抜き、骸記ノ者が黒い語句を構える。
「来いよ。
沈黙の中で、俺たちが何を語るか見せてやる。」
こうして新たな戦いが始まろうとしていた。
語られぬ者たちの物語は、まだ終わらない。
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