魔女と死神
三文小説家
狩人と歌
一人の若い男女が話をしていた。一人は狩人のような装束に二つの銃、そして大鎌を携えた青年で、もう一人は長く艶のある黒い髪をした、竪琴を持った少女。しかし少女の声は、まるで歌姫であるかのように美しかった。その声で少女が言葉を発する。
「ねえ、リュト。この世界には音楽で満ち溢れた街があるそうね」
「あ? ああ」
「反応が薄くないかしら」
「まあ、お前が好きそうなネタだなとは思ったが」
「でしょう? 素敵だと思わない? 寝ても覚めても音楽が聞こえるのよ? 音階に旋律にヴィヴラート、私の好きなものが沢山!」
興奮する少女に相槌を打つ、リュトと呼ばれた青年。こうなった時、少女に一頻り喋らせないと話が進まない事を青年は熟知していた。
「ああ……で、その街ってのは何処にあるんだ?」
「知らないの」
「はぁ?」
「だから、知らないの。そういう町があるっていう事だけ知ってるのよ。もしかしたらもう滅んでるかもしれないわね」
「なんだそりゃ……」
青年は呆れたように呟く。妙に興奮しているから何か当てがあるのかと思えば、今現在存在しているかどうかすら分からないと言われたのだ。盛大な肩透かしを食らったような気分になり、微妙な顔になる。
「あら、そんな顔をしないでちょうだい。私だって万能じゃないのよ。『歌』について全てを知っているわけじゃないわ。貴方だって『狩り』について全てを知っている、なんてことはないでしょう?」
「そりゃそうだがな……」
青年はどこか諦めた表情だ。少女の行動原理を多少は知っているが、結局振り回される事の方が多い。今回もその類だろう、と思って受け入れ態勢に入る。
かたや少女はその表情が不満だったのか、頬を膨らませる。
「なによ。難しい顔しちゃって」
「お前の突飛な言動に振り回された回数が片手の関節で足りるとでも思ってるのか?」
「盛り過ぎよ。そんなに迷惑かけてません」
「歌の譜面以外じゃ鶏以下のお前の記憶力は参考にならん。確か、鳴き声が綺麗な鳥を探してほしいって夜中に突撃してきて、それが終わりゃ新曲が出来たから聴いて評価しろって――「リュト」……なんだよ」
「ありがとう」
少女は本心からの笑みでお礼を言う。これに毒気を抜かれてしまう自分も甘いな、と思いながらも青年は肩を貸す。すると少女はそこに頭を乗せて、幸せそうに歌を歌う。これが二人の過ごし方だった。
やがて少女は歌い終わり、辺りに静寂が訪れる。その時、少女は徐に口を開く。
「ねえ、リュト。提案があるのだけど」
「歌と一緒に数刻前の記憶も出ていったか?」
「失礼ね。さっきの事を覚えてなかったらこの提案はできません」
「今度はどんな無理難題を『提案』されるのやら……」
半ばどんな内容か予想できてしまうが、青年は詳細を聞く。どうせ拒否した所で勝手に喋り出すのだ。そして巻き込まれる。最初の三回で諦め、以下はこれの繰り返しである。
「音楽の街を一緒に探してほしいの」
「んなこったろうと思ったぜ……あのな、今までの『探し物』は全部確実に存在する事が分かってた物だ。でも今回は存在するかも分からねえ、下手すりゃもう滅んでるかもしれねえ。そんなモンをどうやって探すんだよ」
「今回は今までとは違うわ。貴方の言う通り、これまで以上に困難な事。だからこんなものを用意したの」
少女はそう言って一つの機械を取り出した。全体的な形状は手のひらサイズの四角形であり、中央に光学的な機構を備えた機械である。
「それは、〝写真機〟って奴か? どうやって手に入れたんだよ」
「『昨日』から譲ってもらったわ。新しいのを作ったからもう使わないんですって。もったいないわよね。まだまだ働いてくれそうなのに」
「『昨日』って、リコードの事か?」
「そうよ。未だに名前で呼ばせてくれない気難しい人」
「そりゃ、アイツはお前みたいなのは苦手だろうよ……で、その写真機がどうしたんだ?」
少女は青年の問いに答える事は無く、自分と青年が映るようにパシャリと写真を撮った。青年が怪訝な顔をしていると、少女はにこやかに話し始める。
「だから旅の途中で、こうやって写真を撮っていくの。仮に探し物が見つからなかったとしても、私達が探していた記録は残るわ」
「いや、それ根本的に解決してねえ……」
「いいの。私達が一緒に探したっていう事実が重要なんだから」
「さいですか」
「だから、ね、いきましょ? リュト」
青年は溜息を吐いて了承する。
「分かった。付き合ってやるよ。アリア」
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「…………」
過去の夢から覚めたリュトはベッドから身体を起こす。また随分と懐かしい夢を見たものだ、と思うリュト。未だに彼女の、アリアの思い出を想起する未練がましい自分に笑うリュト。それを言えば、未だに旅を続けていること自体、未練の塊とも言えるが。
「そろそろ、起きるか」
その部屋にはリュトの隣にいつもいた少女、アリアの姿は無かった。
万物には全て終焉がある。それは滅びか死か、その時になってみなければ分からないが、いずれにせよ終焉は来る。大地とて地殻変動や海水面の上昇によって失われることもあるし、昨日とて今日が過ぎ、明日が来れば終焉を迎える。
そしてその終焉を、存在を以て司る者達が存在する。それが『死神』と呼ばれる者達だ。『終焉』が『死』とは限らないため、厳密には『終神』などと呼ばれる方が正しいのかもしれないが、だいたいの場合において彼らは『死神』と呼ばれる。彼らが存在する限り、この世の存在は正しく終焉を迎える事が出来る。終焉がない物は悲惨だ。人間に例えるならば、寿命が全うされても死ねず、生きながらに身体が腐り落ちていくようなものである。考えるだけで惨たらしいこのような事態を、死神という存在は防いでいるのだ。
リュトは『狩り』の死神であり、アリアは『歌』の死神だ。存外、歌と狩りは仲が良い。とある部族は獲物を追い詰めるために歌を歌うし、獲物を獲った時の勝鬨や弔いにも歌が使われることがある。そのような関係を象徴するかのように、二人は惹かれ合い、恋に落ちた。
だが、死神にも終焉はある。存在とは、死や滅びまでを含めて『存在』なのだ。『終わる』事が出来なければ死神自身も苦しむことになり、司る物の存在も壊れ、歪められてしまう。
そして、リュトよりも長い年月を生きていたアリアは寿命を迎え、旅の途中で消滅してしまった。死神としては寧ろ喜ぶべき事なのだろう。存在を全うし、苦しむことなく逝くことが出来た。終わらない生に苦しむ死神もいる中、彼女は紛れもない幸せ者だ。
「そうなんだよ……これで、よかったのさ……」
リュトは、アリアが映る写真を眺めながら独り言ちた。
リュトは部屋から出て階段を降り、居候先の主人と会う。主人はサクスという男で、今リュトが滞在する街『タウファクト』の情報屋だ。元は人間に害為す魔物という存在を狩り、自然の生き物たちを守る狩人だったのだが、右足を失ってからはそれまで築き上げた人脈を生かした情報屋に転身した。
彼の狩人としての功績はかなりの物で、街を襲った災害級の魔物を倒しただの、誰もが絶滅したと思ってた動物の繁殖地を見つけただの、話題には事欠かない。狩人の界隈ではその功績の多さから一部では英雄とすら言われるほどで、外から来る人間が多く、数多の情報がやり取りされるタウファクトにおいて情報屋をやれてるあたり、彼を慕い、助ける人間の多さがよく分かる。
そしてサクスがどんな人物かというと、
「お? 起きたか、リュト」
と、気さくに挨拶してくる気のいい男なのだ。
「おはよう、早いな、相変わらず」
「ここに住み始めた時から思ってたが、死神ってちゃんと寝るんだな」
「一応生きてるからな。人間や動物の形をしてない奴はどうだか知らんが」
サクスはリュトが死神であると分かってからも普通に接してくる人間の一人である。この世界の人間にとって死神は身近な存在だが、目の前に彼らが現れた時の反応は大きく分けて3つに分類できる。
一つ目は異様に崇拝してくる者。人間から見れば上位存在とも言える死神への純粋な信 仰心故の場合もあれば、傍にいて甘い汁を吸おうとする輩の場合もある。
二つ目は忌避の視線を向けてくる者。これは言ってしまえば当然の反応とも言える。死は存在にとって必要とはいえ、死を恐れるのも生き物の性だ。だとすれば死を司る存在である死神に対して忌避感を抱くのは寧ろ自然な事だ。
三つ目はそもそも死神の存在を信じていない者。これは大きく分ければ二つ目と同じような人間達なのだが、今はこの分類にしておこう。これも別に有り得なくはない考え方だ。我々の世界に無神論者が存在するように、死神の存在を否定する人間達が現れるのは自然な流れである。
以上が死神に対する一般的な反応なのだが、サクスという男は違った。擦り寄って来るでもなく、忌避するでもなく、死神の存在を否定するわけでもない。
リュトに他の人間と変わらない態度で接してくるのだ。死神によっては不敬だのなんだの言うのだろうが、リュトはその辺を気にした事は無い。寧ろ下手に崇拝される方が気味が悪いと感じるのだ。
「しかしまあ、死神が身近な存在だって分かって俺は安心してるぜ? 死が無闇に遠ざけられる事の方が恐ろしいねえ」
「意外なんだよな。狩人として死線を潜り抜けてきたアンタは、寧ろ死神って物を嫌ってると思ってたよ。もしかして自殺願望でもあるのか?」
リュトがサクスに冗談めかして発言すれば、サクスもニヤリと笑いながら答える。
「いんや、俺はまだまだ生きてやるぜ? ふてぶてしくな」
「なら、なんでだ?」
「死線を潜り抜けてきたからこそ、だよ。あの頃は死が身近にあった。気を抜けば足を取られ、死に喰われる。だが、だからこそ逆に生きてるって実感が湧くというかな」
「戦闘狂かよ……」
「かもな。だが、死を身近に感じれねえ奴は、生きる実感が薄くなるのは本当だ。そういう奴は死に対する嗅覚が麻痺していく。そして、自分や他人を死に喰わせちまうのさ」
サクスが情報屋を始めて分かった事は、死を知らない人間はいとも簡単に危険に足を突っ込むという事だ。恐怖心が無いから、足を止める事を知らない。危険に対する鼻も利かない。そういう依頼人に対してサクスや、最近ではリュトが尻拭いをしてやることも多い。
リュトがその手の出来事を思い出していると、サクスが手を叩いて口を開く。
「さてと、辛気くせえ話は終わりだ」
「そうだな。今日の仕事は?」
「いや、今日は何もねえ」
「珍しいな。いつもは傍迷惑な依頼やらなんやらが舞い込んで来るってのに」
「確かにな。だが今日は正真正銘、休日だ。今日飛び込みが来たとしても、知らん」
リュトはアリアから聞いた『音楽で溢れる街』の情報の捜索をサクスに依頼し、ついでに部屋まで提供してもらっている。その代金として彼の仕事を手伝っていたのだが、毎日のように舞い込んでいた依頼が今日は全く無いらしい。というよりはあったとしても無視するようだが。
「かえって不吉だな。このまま閑古鳥が鳴き続けるなんて事にならなきゃいいが……」
「おいやめろ、お前が言うと予言に聞こえるじゃねえか」
若々しい見た目から忘れられがちだが、リュトは長い寿命を持つ死神だ。年齢的には普通の人間の寿命を超えているのである。老人の言葉に含蓄が含まれるように、リュトの言葉には唯の冗談には聞こえない含みを聞き取ってしまうのである。
「安心しろ。『未来』は俺の管轄外だ。俺が予言めいた事を言っても、8割くらいは冗談の範疇だ」
「後の2割は何なんだよ!?」
「まあ出かけるついでに宣伝くらいはしといてやるさ」
サクスとそんな言い合いをしながらリュトは家を出る。外に出ると、見慣れたタウファクトの街並みが目に入って来た。
右足の無いサクスは放っておいて大丈夫なのかと思うかもしれないが、しっかりと義足が付いているため日常生活は問題ない。
「さて何処に行こうか」
情報屋の手伝いをしているだけあってこの街の地理は把握しているリュトだが、ここは様々な人間が出入りする交易の街だ。ただ歩いているだけでもそれなりの発見やトラブルに遭遇することはある。
数瞬、今後の予定について悩んだリュトだったが、結局ノープランで歩き回る事にしたようだ。たまにはそういう日があってもいいだろう。
途中で適当にパンを買って街をぶらつくリュト。周りの様子を見る限り、今日は比較的治安の良い日らしい。
貴重な休日を満喫していると、不意にリュトの耳が歌声を拾った。声質から察するに若い女性のようだ。歌っている曲はリュトの知っているものであり、確か治療の効果がある歌の魔法だったと思い出す。
この世界の魔法は通常の詠唱などによって発動するタイプの物と、歌や曲の音波に乗せて行使するタイプの物があり、今回の歌は後者の物という事になる。
しかし、リュトにとってそんなことはどうでも良かった。何故なら歌う声が、彼にとってあまりにも馴染み深い物であったから。
(アリア……?)
彼女が此処にいるはずがない。何故なら彼女は死んでしまったのだから。今頃は新しい『歌』の死神が何処かで誕生している事だろう。リュトとてそんなことは百も承知だった。しかし彼は正体を確かめずにはいられなかった。
リュトはその声の元へ走り出した。
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