羽喰村調査手記
津花棗
No.01 11月4日 調査開始
記録日:11月4日
天候:くもり
調査対象地:羽降村(はぶりむら)旧 羽喰村(はぐいむら)
所在:旧〇〇郡北部山間部(座標未確認)
同行者:なし
目的:民俗学実習(廃村伝承に関する現地調査)
備考:既存地図・行政資料への記載なし
記録者:汐入夏希
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大学の民俗学実習で、ランダムに担当地区を割り振られた。
私に当たったのが「羽降村」という廃村。
正直、最初は外れだと思った。
地図にも記録にもほとんど何も載っていない。
調べようにも、古い郷土誌に一行だけ。
“かつて山中に羽降という村があったが、平成初期に消滅した。”
“大昔は、羽喰村という名前だったが羽降村という名前に変更になった。”
それだけ。
先生は「消えた村、いい題材じゃないか」と笑っていたけれど、
資料が少なすぎて、本当に存在したのかも怪しい。
唯一の伝承がある。
“羽が舞う夜に、村が一晩で消えた”——。
作り話にしては詩的すぎる。
でも、なぜかこの言葉が妙に引っかかった。
“羽が舞う夜”という響き。
聞いたことがあるような、ないような。
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今日は現地入りの準備で図書館に籠った。
羽振村について書かれた文献を探したけれど、
郷土誌のほかはほとんど見つからなかった。
平成初期頃の新聞縮刷版に、小さな記事を発見。
「羽降村 全戸退去」「山中集落、急速な過疎」とだけ。
理由は書かれていない。
記事の端が焼けていて、ところどころ読めない。
でも、記者名の下に、
鉛筆で小さく何かが書き足されていた。
“羽の音が、夜に舞う”
誰の書き込みだろう。
他の記事にはそんな落書きはない。
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夕方、資料室の地図を見ていたら、
手が勝手に動いて、ある線をなぞっていた。
旧道を北へ進み、
川沿いに折れ、
杉林を抜けた先に鳥居——。
そんな道順を、地図にも載っていないのに描いていた。
気づいたとき、息が止まった。
どこかで見た気がする。
でも、行ったことなんてないはず。
それなのに、曲がり角の形や、道の傾きまで正確に描ける。
まるで、ずっと前に歩いたことがあるように。
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夜。
部屋で調査ノートをまとめていたら、
窓の外で、風が鳴った。
この季節にしては冷たい風だった。
カーテンの隙間から、白いものがひとつ、ふわりと舞い込んできた。
羽のように見えたけれど、
よく見ると埃か、綿埃のようなものだった。
手に取ると、指先に冷たい感触が残った。
まるで、雪の粒みたいな——。
変な話だ。
部屋は閉め切っていたのに。
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(補足メモ)
・地名表記:「羽喰」→「羽降」へ変化(理由不明)
・地名の読み:はぶり/はぶ/はぶくい 諸説あり
・郷土誌に「羽の神事」という記述あり(詳細不明)
・関連文献:東北民俗集第七巻、p.214
(個人メモ)
この調査地、なぜか“懐かしい”という感覚がある。
匂いのようなもの。
山の湿った空気、苔の匂い。
一度も行ったことがないのに、
思い浮かべると胸の奥がざわざわする。
もう少し調べてからあったであろうと言われてる場所に出発する予定。
他の学生は別の地域を担当しているので、今回は単独行動。
一人で行くのは不安だけど……
なぜか、誰にも同行してほしくない気がする。
理由はうまく言葉にできない。
風がまた鳴っている。
まるで、遠くで誰かが呼んでいるみたいに。
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(記録終了 23:56)
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