第22話 名前で呼んで

「おい」


教室に入って、自分の席で最後の確認をしていると、声をかけられた。

視線をあげると、がくが腰に手をあてて立っている。

「覚えてるだろうな!この前の約束」

「覚えてる」

私はぶっきらぼうに答えると、視線を戻した。

「わかってるならいい。結果が楽しみだ」

そう言いながら、岳は席に戻っていった。

こんな絵に描いたような悪役がいるんだなとため息をつきつつ、最後までやれることをやった。

担任が入ってきてテストの説明がされ、試験用紙が配布される。

入試以上に緊張しているのが自分でもわかる。


キーンコーンカーンコーン


教室にチャイムが響く。

「はじめ!」

担任の号令でテスト用紙を表にめくった。


「終わった・・・」

3日に及ぶ試験が終わった。

私は帰りのHRが終わった後も座ったまま、しばらく動けなかった。

なぎさ、お疲れ」

航平こうへいはそういうと私の好きな炭酸ジュースの缶を机に置いた。

「ありがとう」

炭酸が口の中ではじける。

だんだんと気持ちも落ち着いてきた。

「航平のおかげでかなり解けたよ。ありがとう」

「それは良かった。そうだ、今週末暇?」

「今週末は特に予定はないかな。バイトも来週からだし」

「じゃあ母さんと買い物行ってくれないか?この前の話をしたらすごく喜んじゃってさ」

「そうなんだ、じゃあぜひ行かせてくださいって返事しといてよ」

「うん、母さん喜ぶよ」

航平ははにかんで「俺も母さんと仲良くしてくれて嬉しい」と言った。

「なんで?」

少しいたずら心が芽生えて、そう聞くと「別に」といって立ち上がった。

「帰ろう」

「うん」

私は荷物をまとめようと、机の引き出しにふれると予想問題集が出てきた。

久遠くおんくんのおかげでもあるな)

「どうした?」

「ううん」

私は問題集を丁寧に鞄にしまった。


帰り道の途中で私は航平と別れてスーパーによることにした。

今日は午前で試験が終わったので、海生かいせいのお迎えには時間がある。

「今日はごちそうでも作らなきゃね」

そう思ってスーパーに入ろうとしたら、隣にすっと男の人がやってきた。

「久遠くん!?」

もうすでに制服から着替えて、今日はTシャツにジーパン、目立たないようにマスクと眼鏡をしてきたようだ。

「荷物持ちします」

そういってスーパーのカゴを取った。

「どうしたの?」

私は肉を吟味しながら、青波あおばに声をかけた。

「試験がどうだったのか気になりまして・・・」

「あぁ試験ね。正直勝てるかどうかは自信ないけど、過去一解けたよ」

私はお肉を置くと、青波に頭を下げた。

「久遠くんのおかげだよ。ありがとう」

「そ、そんな、あの勝負も僕のせいですし・・・」

「ううん、私が勝手に喧嘩を買っただけだから。ほんといつも迷惑かけてごめんね、かい海二かいじのことでも迷惑かけたのに、私まで・・」

「そんな迷惑なんてことないです。渚さんの役に立てたのであれば、それだけで幸せです」

青波は照れくさそうに顔を伏せた。

「何かお礼させてくれない?といってもお金ないから大したプレゼントはできないけど」

「プレゼントは要らないのですが・・・一つだけお願いを聞いてもらえないでしょうか」

「お願い?」

どんなことをお願いされるというのだろう。

まがいなりにも婚約者だ。

色々想像して顔が赤くなっているのが自分でもわかった。

「いいよ、聞いてあげる」


「では・・・僕のことを名前で呼んでもらえないでしょうか」


青波は耳まで真っ赤にさせて目も合わせられないのか、カゴの中をじっと見ている。

「それでいいの?」

「・・・はい。ずっと下の名前で呼んでほしくて・・・でも言えなかったんです」


「青波くん」


私がそう呼ぶと、青波はパッと笑顔になって「はい」とはにかんで答えた。

「もっとすごいこと要求されるかと思った」

そう言って笑うと、青波は意味がわかったのか顔が真っ赤になって首をぷるぷる横に振った。

買い物を終えてスーパーを出たが、いつもの車がない。

「あれ?執事さんは?」

「今日はいません」

「そうなの?」

「この姿であれば一緒にお家までいけますよね?」

青波は大会社の御曹司。

昔から誘拐されそうになったり危険な目にあったことがあるので、一人で行動することはないと聞いていた。

「いいの?危なくない?」

「はい。もう僕も高校生ですし、この格好ならわからないでしょう」

「確かに」

「どうしても一緒にこの道を歩いてみたかったんです」

なんてことない帰り道だ。

面白い物なんてない。住宅街や公園の横を通り抜けていくだけだ。

「いつも大森君と帰っているのを車から見かけて・・・僕も一緒に歩きたいって思ってました」

青波は寂しそうな顔でまっすぐ帰り道をみた。

「でも今日は一緒に帰れますね」

青波に笑顔を向けられた瞬間、心臓が飛び出そうになった。

美しいのに無邪気な笑顔に心を射抜かれたように感じた。

「渚さん?」

「あ、うん。帰ろう」

青波は買い物袋を持つと、歩き出した。

「それ重いでしょ?」

今日はごちそうにしようと張り切って色々買いすぎてしまった。

「これくらい全然」

そう言っているが、腕は辛そうだ。

「半分こしよっか?」

私はそういって、持ち手の半分を手に持った。

「どう?軽くなった?」

「はい」

二人でぶらぶらと歩いて家へ向かう。

なんだか心地よい空気だ。

お金持ちの青波と自分は全く違う世界にいきているはずなのに、今は一緒にいても違和感がない。

「青波くん」

「はい」

「色々ありがとうね」

私がそういうと、青波は「こちらこそ」と言って微笑んだ。

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