第30話
葬儀は限られた人数でこじんまりと行われた。
木代先生はもちろん、校長、教頭、学年主任、そして豊崎先生と鶴町先生も参列していた。
康紀は予告通り2025年7月19日10時04分、急性心不全で自宅にて亡くなった。
彼は本当に逝ってしまった。
彼の希望で、当日は僕らと会うことなく死期を迎えた。
彼が亡くなるであろう時間が来るまで、僕は彼の死が訪れないという僅かな望みにかけていたが、結局それが叶うことはなかった。
棺の中の康紀は穏やかな表情を浮かべたまま眠っていた。
この世に未練は何もないとでも言いたそうな表情だった。
僕と彩菜は康紀の眠る棺に、今日彼に渡すはずだった誕生日プレゼント、紺色のキャップを二人で入れた。
この時期に暑さをしのげるよう、シンプルな服装を好む彼に似合いそうなものを、二人で選んで買ったのだ。
でも、康紀はそれを受けとることはなかった。
それを被る彼と夏の思い出を作ることもできなかった。
葬儀が落ち着いた頃だった。
アケミさんを心配した鶴町先生が彼女と話をしている間に、豊崎先生は僕と彩菜を表に呼び出した。
「二人とも大変だったわね。未だに信じられないでしょうし、辛いのは先生にも痛いほど分かるの」
豊崎先生は16年前に達也さんを亡くした当時の自分と重ねて、僕らに語りかけてくれているのだろう。
「長柄くんも二人に会えて幸せだったと思うの。たっちゃんが……いえ、長柄くんが私に別れを言った時も二人が協力してくれたんでしょ?」
僕は先生が"長柄くん"と言い直したことが引っ掛かった。
それではまるで康紀自身が豊崎先生に別れを言ったというような言い方だ。
「二人とも、もう隠さなくていいのよ。長柄くんがたっちゃんなんでしょ?」
僕は思わず俯いていた顔を上げた。
そして、彩菜も僕と同じタイミングで顔をあげる。
「先生、ご存知だったんですか!?」
彩菜がそう尋ねると、先生は笑みを浮かべた。
「鶴町先生と話してたの。長柄くんが停学になった理由も亡くなった日も誕生日もたっちゃんと同じだったから、もしかしたらって」
言われてみれば確かに、達也さんをよく知る二人が疑問を抱くには充分な要素がそろっていた。
「それに長柄くん、話し方が本当にたっちゃんそっくりだったから、あの時からそうなんじゃないかって思ってたの。なのに彼、わざわざあんな言い方をして自分が達也だって言わなかった。その理由って自分がこうなることをなんとなくわかってたからじゃないかしら?」
さすが、康紀の恋人だった人だ。
そこまでわかっていただなんて。
「恋人がずっといなかった私の前に、死んだはずのたっちゃんが現れたら、私がたっちゃんとまた一緒になることを選ぶと思ったのね。でも彼はまた私を悲しませない為に、ああやって別れを告げたのかなって」
どうやら豊崎先生には康紀の考えが全てお見通しだったようだ。
「……本当に最後の最後まで、人の心配ばかりする人だったわね」
少し呆れるように彼女は微笑んでいたが、そこからは隠しきれていない寂しさが垣間見えた。
そんな先生の様子をうかがいながらも、彩菜はそっと彼女に尋ねた。
「先生は達也さんとまたお別れすることになって、やっぱり悲しいですよね?」
「悲しくないと言えば、もちろん嘘になるわ。でもね……」
先生は僕らに再び微笑みかける。
「彼は私にそこまでして私の幸せを願ってくれたの。彼は限られた時間を使って、いつまでも彼のこと引きずっている私をちゃんと導いてくれた。なのにまた私が落ち込んだり、嘆いたりすれば彼のしたことが全て無駄になる。もう彼に寄りかかって生きるようなことはできないわ。だから北野くんも上牧さんも、とても辛いことだけど、一緒に前を向いて生きていくしかないの。彼を安心させるためにね」
達也さんも康紀も、死んでしまうことは避けられない運命だった。
だから、周りにいる人たちが悲しみを背負うことになるのはどうしようもない。
しかし、彼が今回の人生で豊崎先生にしたことはちゃんと彼女の糧となり、幸せに生きる希望となっている。
彼は最後の最後まで自分の大切な人のために生き、こうして死んでしまっても残った人達に何かを残している。
康紀が僕にしてくれたこと。
高校で初めての友達になってくれた。
僕が困っている時、真っ先に助けてくれた。
どうしようもなくなった時、僕を守ってくれた。
そして、彩菜に出会わせてくれた。
彼女を守ろうとした僕のことを信じてくれた。
そんな彼がいなくなった今、僕が前の自分に戻ってしまったら、彼と過ごしたこの数ヶ月間は全て無駄になってしまう。
先生や彩菜と共に、僕も前を向いて生きていかなければならない。
彼と出会えたことを無駄にしないために。
彼が長柄康紀として生まれてきたことに大きな意味を持たせるために。
豊崎先生は酷く沈んでいた僕らに、大きな気づきを与えてくれたのだ。
「……そうですね。おっしゃる通りです」
「先生も辛くなったら言ってくださいね。私が聞きます。もちろん……木代先生には内緒で」
彩菜の言葉に先生は、ふふふと笑った。
「ありがとう、上牧さん。じゃあね、二人とも」
そう言い残して、先生は僕らの元を去って行った。
そして、僕と彩菜は去りゆく豊崎先生に深々と頭を下げた。
「良隆くん、彩菜ちゃん」
すると後ろから突然、僕らを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、アケミさんが立っていた。
「……バレちゃったみたいね」
「……ですね」
僕らはアケミさんと共に苦笑いを浮かべた。
この様子だと、アケミさんも鶴町先生に真相を尋ねられたのだろう。
しかし、そんな彼女に彩菜はフォローを入れる。
「でも大丈夫です。豊崎先生はちゃんと前を向いて生きていくって言ってましたから」
「良かった。それならあの子も安心して眠れるわね」
アケミさんはホッとした様子だった。
彼女はそれが気がかりだったのだろう。
「それとね。二人に渡したいものがあるの」
そう言って彼女は1枚の封筒を僕らに差し出した。
「……これは?」
「康紀がね、俺が死んだら二人に渡してくれって。遺書みたいなものかしらね」
遺書?
康紀はこの期に及んで、まだ僕らに伝え残したことでもあるというのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、僕は彼女からその封筒を受け取った。
「そこにはね、あの子が長柄康紀として生まれ変わった理由が書かれてあるわ」
アケミさんのその言葉に耳を疑い、僕らはお互い顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと待ってください!康紀が今回生まれ変わった理由は、あの時本人が……」
「あの子にとって大切な人達と過ごす時間だった……でしょ?」
「……はい」
アケミさんの言うとおりだ。
何も間違ってはいないし、僕もそれは既にわかっている。
彼女は何を言っているのだろうか。
「良隆くん。康紀が君に初めて声をかけた日、あの子がなぜ君と友達になろうとしたかわかる?」
「……それは僕がいつも一人でいたから、それに気を遣って……」
「本当にそれだけだったと思う?」
え?……と思わず声が漏れる。
それには確かにずっと違和感はあった。
クラスメイトの誰一人として関わろうとしなかった康紀。
そんな彼が、一人でいたからという理由だけで僕に声をかけ、初日から友達だと言ってくれた。
そして彼は何故か彩菜とも仲良くなり、停学になってまで僕らを守ってくれた。
それは全て彼の気まぐれと優しさゆえの行動なんだと、僕はその違和感に蓋をし続けていた。
でも、それら全てにちゃんとした理由があるのだとしたら……
「……もしかして、それが……?」
アケミさんはゆっくりと頷く。
「……開けてみなさい」
僕は彼女の言うとおり封筒をあけて、三つ折りにされている紙を取り出した。
そして、ゆっくり中身を広げた−−
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