第11話
豊崎先生の一件以来、僕らは三人でいることが多くなった。
それに伴って、僕も今まで教室内ではぎこちなかった二人とのやりとりも、ナチュラルになってきたような気がする。
今なら僕ら三人は友達だと、胸を張って言えるだろう。
数日前の自分からは考えられない進歩を僕は遂げていたのだ。
そんなある日。
僕は終礼のチャイムと同時にリュックを抱え、下校しようと康紀と共に教室を出ようとした時だった。
「ねぇ、良隆」
声の聞こえた方へ振り返ると、彩菜が立っていた。
「彩菜、どうしたの?」
「南海高校って行ったことある?」
南海高校。
それは県内トップの進学校であり、代表的な進学校は北山高校の他にも何校か存在するが、その中でも南海高校は頭ひとつ抜けて偏差値の高い高校だ。
僕が高校受験を控えていた時、当時の担任から射程圏内ということで、南海高校の受験も勧められたが、自宅から遠く、電車通学になることを理由に僕は南海を候補から外した。
なので南海の高校見学も行ってないし、それ以外の用事で行ったことももちろんない。
「南海はないなぁ」
「じゃあ場所は調べるしかないわね。二人とも一緒についてきてくれない?手伝って欲しいことがあるの」
「南海高校に?別に行くのはかまわないけど、何を手伝うの?」
「一緒にヨウコちゃんを迎えに行って欲しいの」
「え、なに?ヨウコちゃん?」
誰だよ、ヨウコちゃんって。
南海高校にいる彩菜の友達だろうか。
「マネキンの名前!被服製作の成果発表で使うから、南海高校に借りに行くの」
「最初からそう言ってよ!"ヨウコちゃんを迎えに行く"って聞いて、誰がマネキンだと思うんだよ!」
彩菜があたかも友達を迎えに行くかのような言い方をしたせいで、全然わからなかった。
どうやら部活で使うマネキンのようだ。
「北山にもあるんだけど、もう一つ必要だから南海に借りに行くことになったの。私、南海の最寄り駅は通り道だし、定期券内だから引き取りを申し出たんだけど、一人じゃ無理だから手貸して欲しいのよ」
なるほど。
それで僕に南海に行ったことがあるかを訊いたのか。
「ん?ちょっと待って。一人で無理ならそんなこと申し出るわけないよね?てことは、最初から僕らを使うつもりだったってことじゃないの?」
「ふー、ふー、ふー」
彩菜は僕から視線を逸らし、鳴らない口笛を吹かしながらとぼけ顔をしている。
僕はそれに呆れて、思わずため息を漏らした。
「僕らに予定あったらどうするつもりだったのさ?」
「大丈夫!豊崎先生には二人を連れて行くことは伝えてあるから」
「……いや、答えになってないよ!」
「じゃあ、何か予定あんの?」
「……いや、ないけど」
「なら、お願い。頼りにしてるから」
頼りにされてるとは思えない頼み方だが、まぁ暇であることは否定できないし、彼女がもう引き受けてしまったなら仕方ない。
「ということみたいだけど、康紀はどう?」
「まぁ仕方ないな。行くか」
「じゃあ悪いけど一緒について来てもらえる?ちなみに南海の場所とかわかんないよね?」
「知ってるぞ」
即答だった。
康紀の回答に彩菜は目を丸くした。
「え?あんた、なんで知ってるのよ」
「昔、色々あって行ったことがあるんだよ」
「ちょっと、それならそうと早く言いなさいよ」
それは彩菜にとってかなり意外な答えだったようだ。
彩菜はさっき僕だけに南海高校の場所を尋ねて、隣にいた康紀には尋ねることなく質問を切り上げた。
つまり彼女は、康紀を南海高校とは無縁だと判断したのだ。
確かに南海高校は偏差値が高いだけでなく、気品があり礼儀や作法にもかなり厳しい高校として有名だ。
そんな高校に康紀のような不良と呼ばれる生徒が出入りするイメージが湧かないのはわからなくもない。
とはいえ、その決めつけはさすがに酷くないだろうか、彩菜さんよ。
「ほら、行くわよ二人とも!」
彩菜は付き添い人を確保できたことに安心したのか、いつの間にか教室を出ていた。
なんて猪突猛進な女子なのだろうか。
そして、僕らは仕方なく彼女について行くことになった。
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「ところで、康紀はなんで南海の場所知ってるのよ?高校見学でも行ったの?」
南海高校に向かう電車に乗るや否や、彩菜は康紀に疑問を投げかける。
彼女は康紀が南海高校に関わりがあったことを未だに信じられない様子だ。
「高校見学はどこも行ってないな。南海はワケあって昔ちょっと行ったことがあるだけだよ」
「あんたが南海に行くワケって何よ?」
確かに康紀はどうして南海なんかに出向くことがあったのだろう。
康紀の家からも遠いし、南海方面に行くにもかなりの時間がかかる。
それに中学時代は帰宅部って言ってたから、なおさら南海に来る理由もなかったと言える。
「俺と南海の組み合わせがそんなに意外か?」
「意外というかミスマッチなのよ。教会にお坊さんがいるようなもんよ」
「なんだその例え」
「まぁでも場所を知ってるのは助かったわ。正直、南海に康紀を連れて行くか迷ったんだけど、良隆も一緒なら康紀が南海にいる違和感も少しは緩和されそうだし」
それは僕に康紀の中和剤になれということだろうか。
康紀の見た目から溢れ出る不良感を中和するために、彼の横に僕を添えておくということか。
「ちょっと康紀、なかなかの言われようだけど、いいの?」
「いや、否定したいところだが、言い分はもっともだし、南海に行くなら良隆もいた方がいいと俺も思うぞ」
康紀は彩菜への敗北をあっさり認めた。
「それに俺、南海の雰囲気がどうも苦手でよ」
「まぁ噂で聞く限りでは、康紀が馴染めそうな雰囲気の高校ではなさそうだね」
普段は堂々として恐れるものなど何もなさそうな彼に、苦手と言わせるほどの高校とは、南海高校はなかなかの強敵みたいだ。
そういう意味では、失礼だが康紀と南海のミスマッチ具合は見てみたい気もするし、少し興味がある。
ただ……
「なんかこの高校、駅からの道も結構ややこしそうだね」
「そうなのよ。私、絶望的に方向音痴だからそれが心配で。駅からも距離あるし、学校付近はかなりの坂道になってるのよ」
「げ!最悪じゃん」
僕は一瞬にして南海への興味が薄れ、今すぐ帰りたくなってしまった。
「南海の生徒は毎日よくそんなとこ通うね。ほんと感心するよ」
「あんたと康紀ってほんとものぐさね。よく似てるわ」
康紀と僕が似てる?
それは何かの間違いだろう。
こんなに対照的な僕らに、似てるとこなんてあるわけ……
「着いたぞー」
そんな話をしている間に、僕らの乗った電車は最寄り駅に到着したようだ。
調べによると、南海高校はこの駅から20分ほど歩いたところにあり、道も複雑でかなり
だから、迷うことを危惧した彩菜の気持ちもわからなくはないのだが。
「Qoogleマップには出るんでしょ?」
「いやそうなんだけど、それ使っても自分が今どこにいるのか、わけわかんなくなるのよ」
なるほど。
これはなかなか重症だ。
絶望的な方向音痴とはこのレベルのことを言うのか。
この状況だと南海高校じゃなくても迷っていた気がするし、そういう意味でも僕らがついて来て良かったみたいだ。
すると突然、康紀は先頭を切って歩き始めた。
「二人とも行くぞー」
彼は迷う様子もなく、複雑そうな道をささっと進んでいく。
あの様子だと本当に場所をちゃんと把握しているようだ。
そして、康紀を先頭にきっちり20分歩き続けた僕らは、やっと南海高校に到着した。
彩菜の言うとおり、複雑で長い道のりの後に坂道が待っていて、丘の上に高校があるという感じだ。
ここに通う自転車通学の生徒は電動アシスト付きが必須だろうな。
おかげでかなりの体力を消費してしまった。
僕は改めて南海高校を受験しなくて良かったと思った。
毎日通学だけでこんなに労力を使うなんて、想像しただけで憂鬱である。
そして校門に近づくと、驚くことに部活動や下校途中の南海の生徒達が僕らを見るなりわざわざ立ち止まって、一人残らず深々と頭を下げて挨拶をしていく。
南海高校は制服がブレザーである。
だから、学ランやセーラー服姿の僕らを見た南海生は来客者だと判断し、通りゆく生徒全員が律儀にこうした対応をしていくのだ。
これが南海高校。
この学校は礼儀作法をここまで徹底して全校生徒に教育している。
「……なんか噂では聞いてたけど、実際目にすると凄いわね」
彩菜は苦笑いを浮かべる。
彼女のその表情は僕の気持ちを代弁しているかのようだった。
でも、これではまるで軍隊じゃないか。
ここにいる生徒は皆、自衛隊志望か何かか?
康紀が南海の雰囲気が苦手と言った理由がよくわかった。
「で、到着したけど、ここからどうするの?」
「とりあえず職員室で家庭科の先生を訪ねないといけないわね。職員室はどこかしら?」
「二人とも、こっちだ」
康紀は迷っている僕らに声をかけ、足を進めて校門をくぐった。
「康紀、職員室の場所わかるの?」
「まぁな」
康紀はまた先頭を歩き、来客用の入り口へと向かっていく。
そして廊下を歩き出したころに、再びすれ違う南海の生徒達がまた立ち止まり、一人ずつ頭を下げ僕らに挨拶をしていく。
僕と彩菜は南海の生徒達が挨拶してくるこの空気に飲まれ、相手に合わせて反射的に深く頭を下げてしまう。
しかし、康紀はこの空気に全く飲まれる様子はなく、ポケットに手を突っ込んだまま目的地へと歩き続ける。
「ちょっと康紀!私、北山家庭科部の代表で来てるのよ!あんたのせいで悪い噂がたったらどうすんのよ!」
「気にすんなって。やっぱ落ち着かねぇな、この高校は」
「あんた、せめてポケットから手出しなさいよ!」
そんなやりとりをしている二人を見ていると、まるで三者面談に来た親子のようで、僕は思わず笑ってしまった。
「ちょっと、良隆も笑ってないで何とか言ってよ!」
「ごめんごめん。なんかおもしろくて」
しかし、ここの生徒達は皆律儀に挨拶を返してくれるが、やはり康紀のような見た目が不良の生徒が校内にいると気になるのか、通り過ぎた後にこちらを見ている生徒もしばしばいた。
この風貌だから康紀は北山でも浮いているが、気品と礼儀にうるさい南海にいると彼のアウェイ具合がさらに際立っている。
これが彩菜の言ってたミスマッチか。
まぁ、当の本人はこれっぽっちも気にしていないようだが。
康紀に導かれるがまま廊下を歩き続けた僕らは、おかげで迷うことなく職員室に到着することができた。
「本当に着いちゃったね」
「まさか校内まで把握してるなんて思わなかったわ」
どうやら康紀が南海に来たことがあるというのは本当らしい。
偶然とはいえ、彩菜が付き添い人に康紀を選んだのは正解だったようだ。
「んじゃ、入るか」
「ちょっと。その前にあんた学ランのボタンとカッターシャツ整えてよ。そんな格好で顧問の先生に会うつもり?」
康紀はめんどくせぇなと言いたげな顔で、彼女に言われるがまま、はみ出たシャツをズボンに入れ、第二ボタンまで外したボタンを閉めていく。
「もう、保護者じゃないんだから。じゃあ行くわよ」
そして彼女はノックし、職員室の扉を開けた。
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