第7話

 「……北野くん、長柄くんの話どう思う?」

 

 二人の沈黙を引き裂くように、彼女は口を開いた。

 僕らは今、ガヤガヤと賑やかな夜の繁華街を歩いている。


 康紀の話を聞き終えた後、上牧さんの母親から彼女の帰りを心配するRAINが届いたので、僕らは康紀とアケミさんに見送られながら彼の家を出た。


 そして今は、電車通学の上牧さんを最寄り駅まで送っているところだ。


 僕は康紀の話についてずっと考えていたが、彼女の質問に対して返事ができずにいた。


「私は正直、半信半疑なの。長柄くんの事情は分かったんだけど、簡単に信じられる話じゃないし、そんなことって本当にあるのかなって……」


 彼女は今の率直な気持ちを僕に告げる。

 康紀の話を聞いて戸惑っているのだろう。


「僕は……」


 彼女の今の率直な気持ちにふれた僕は、偽りのない素直な気持ちを彼女に告げることにした。


「上牧さんの信じられない気持ちもわかるよ。でも、康紀もああやってちゃんと話してくれたんだから、できることがあるなら協力したいんだよね。……やっぱり、友達だからさ」


 すると彼女は「……そっか」と、僕の言葉に小さく相槌を返す。


「北野くんって、どうして長柄くんと仲良くなろうと思ったの?」

「最初は康紀から話しかけてきたんだ」

「あら、意外ね。普段は誰とも話さないのに」

「僕も驚いたよ……なんで僕なんだろうね」


 すると、彼女は突然僕の前に来て道を塞ぎ、僕の顔を下から覗き込んできた。

 急にそんなことをしてきた彼女に驚いて、前に進めなくなった僕はその場で立ち止まった。

 

「私それ、今ならなんとなくわかるかも」

 

 動揺を隠せないまま、僕は彼女に尋ねた。


「……ど、どうして?」


 すると彼女は僕を覗き込んだまま、ニコッと微笑んだ。


「北野くんっておもしろいよ。今日も楽しかったし」


 そして、彼女は再び僕の隣に来て、足を進めた。


 20cm以上の身長差から上目遣いで微笑みかけた彼女に、僕はドキッとしてしまった。


 実を言うと、今まで康紀の動向を探っていた時、僕は彼女の顔をちゃんと見ることができなかった。

 でも僕は今、改めて彼女の微笑みを間近で拝見し、素直に素敵だと思ってしまった。

 

 それに彼女は今、何て言った?

 僕がおもしろい?


「私、話してみてわかったけど、長柄くんは北野くんにそういう魅力があること最初から気づいてたんじゃないかな?」


 さっきから僕には当てはまらないはずの言葉が、彼女の口から飛び出してくる。


 僕に魅力だって?


 今まであまり人と関わることなく生きてきた僕に、何の魅力があるというのだろうか。


「それに私が長柄くんのことをずっと疑ってた時、北野くん、私が何を言ってもずっと否定的だったでしょ?」


 言われてみればそうだ。

 無意識だった

 僕は常に彼には何か事情があるって言い聞かせて、彼女の疑いを受け入れなかった。


「北野くんも長柄くんに何か惹かれるものを感じたんじゃない?だから二人とも友達になれたんだよ」


 確かに僕が長柄康紀と言う人間に興味を持ったことは否定しない。

 ただ、康紀も僕をそんなふうに思ってくれていたのだろうか。


「長柄くんは君にとって信頼できる友達だから、理由もなくおかしなことはしないって思ってたんでしょ?」


 正直な意見を言っただけのつもりだったが、彼女の言うとおりかもしれない。


「ごめんね。大切な友達を疑ったりして」

「……いや僕も結局、上牧さんについて来ちゃったから人のことは言えないよ」

「でも、真実を知りたいと思うのは普通のことじゃない?」

「そうなのかなぁ……。今まで友達なんていなかったから、そういうのわかんないな」


 すると彼女は、横で足を進めながら僕の顔を見上げた。


「北野くん、昔からずっと一人だったの?こんなにおもしろいのに勿体ないよ」

「おもしろいって良い意味でだよね?」

「もちろんだよ。ふふふ」


 ふふふってなんだよ。

 それがなければ素直に喜べたんだが。

 でも康紀の家を出てから少し重くなっていた空気に、明るい空気が漂い始めた。


「お詫びに私は彼に協力しようと思うの。長柄くんが”良隆”にとって大切な友達というならね」

「え?」


 彼女は今、何と言ったのだろう。

 僕の聞き間違いだろうか。


「私が豊崎先生と長柄くんの時間を作ってあげようじゃない」

「いやそうじゃなくて、今、良隆って……」

「別にいいでしょ。長柄くんも良隆って呼んでるんだし」


 聞き間違いではなかったようだ。

 彼女は確かに僕を良隆と呼んでいた。


「いや……そうだけど」

「良隆も、彩菜って呼んでくれていいからね」


 どうやら彼女への名前呼びが、申請なしで承認されてしまったようだ。

 ただ、女子からいきなりそんなことを言われてすぐ対応できるなら、僕は友達作りに苦労していない。


「私も長柄くんのこと、康紀って呼んでもいいのかな?」


 僕は少し呆れながらも彼女の質問に答える。


「……あ、彩菜なら、大丈夫だと思うよ」


 名前を呼ぶのに少し勇気を出したからか、僕の顔は少し赤くなっていただろう。

 彼女はそんなぎこちない僕をからかうように微笑みかけた。

 

 そして、そんな彼女に僕はまたドキッとしてしまったのだ。

 僕はそれを誤魔化すように話題を変える。


「……て、てかさ、彩菜はどうしてあの時バーに入ったのさ。あの時点でもう豊崎先生がどうとか関係なかったじゃん」

「ここまで来たら引き返せなかったからね」

「なんだよ、それ」


 あははは!と彼女は声をあげて笑った。

 本当に彼女は天真爛漫で表情豊か、そして笑顔が素敵な女の子である。


「……ねぇ、良隆」


 彼女は僕の名前を呼ぶと、急に立ち止まった。

 どうやら僕らは最寄駅に着いたようだ。


「今日は楽しかった。また明日ね」


 そう言って彼女は手を振りながら、改札を潜りホームの方へ駆けて行った。

  

 彼女が僕のことを良隆と呼んでくれたこと。

 彩菜でいいよと言ってくれたこと。

 

 彼女にとっては何ともない普通のやりとりなのかも知れない。

 でも友達がいなかった僕にとって、それは特別な出来事だった。

 そして、彼女が僕に見せたあの微笑みは、僕の脳裏にしっかりと焼き付いてしまって、簡単に消えるものじゃなかった。


 こんなに心を揺さぶられたのは初めてかもしれない。


 でも、勘違いしちゃだめだ。

 ちょっと仲良くなったからって、思い上がってはいけない。

 僕みたいに女子に免疫のない男は特にだ。


 そして、僕は彼女を見送った後、もう一つ大変なことに気づいてしまった。


「……自転車、学校じゃん」


 僕は肩をガクッと落としたまま、遠く離れた学校まで歩いて戻ることになった。

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