事例1 『私と師匠』‐2
いちど世界が静止する。自らの血のめぐりを感じ、心臓の動きが伝わってくる。私は無関心を装うことで、その場をなんとか乗り切ろうと努めた。
ここまで尋ねるのをずっと躊躇していた。でも師匠の心身が、あまり芳しくないことは噂では聞いていた。だから聞かずにはいられなかった。
死ぬ。彼女はそう言った。たしかにオリビア師匠の声色が、はっきりと発した。
腕と肘をテーブルに置きながら、師匠は優雅にマグコップを持っている。身も心も落ち着き払っている。そんな状態で自分が死ぬなんて、簡単に言えるだろうか。
私はもういちど、師匠の姿をつぶさに眺めてみた。どこから見ても、若すぎる。死ぬにしては泰然としている。笑みさえ漏らしている。
外見には悲壮感がない。彼女は口角を上げて、やけに楽しそうなリズムを小声で奏でていた。
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オリビア師匠の暮らす街は、レットウットという。
私の住む村から馬車で3日ほど。他地域をふたつ跨いだ先の風光明媚な場所である。人口は5万人弱。戦争を乗り越えたにしては、かなり人は多いほうだ。
春には花々が舞い散り、秋には収穫祭で盛り上がる。冬になると、そこかしこで街の人々が雪を褒めそやす曲を歌いだす。季節とともに人の生活模様が変わっていく。自然と調和がなされた住み心地のよい街だ。
レットウットは、世界でも有数の「魔法都市」とも見なされている。
魔法が日常に溶け込んでいて、どこにいても魔力の気配がしてくる。街を気ままに歩くだけで初歩的な魔法技法を各所で見かける。観光に訪れた人は、まずこの違和感に驚くだろう。
私がこの街に来た理由は、観光ではなくて師匠の仕事を手伝うためである。「魔女の黄昏」のサービスを依頼され、なんとなく不安な気持ちで国を越えてきた。
師匠の命が尽きるかもしれないという非現実感と、焦りを感じながら。手持ちバッグを片手にここまで急いだ。
久しぶりにオリビア師匠の家の敷地を踏んだ。
懐かしい白檀の香りをいっぱい感じる、見習い時代に何度も通ったその家の外観は、昔よりくすんで見えた。
「お待たせ。行きましょうか」
師匠の身支度が済んだところで、私たちは向かった。出発は昼間となった。
最後の仕事先へ。私は心のなかでうっかり唱えてしまう。
「さっそく仕事内容を教えてください」
「そうね。場所はレットウットの郊外にある丘。ほら、子どものころにアンネが遊んでいた空き地があったでしょう?そこに魂がやけに大量発生しているらしくてね。誰もいない丘から霊の声が聞こえるって、近隣住民が不安がっているらしいの」
「大量発生ですか」
「うん。その原因を突き止めるのが、本件の内容よ」
歩きながら仕事のことを考える。にこりと師匠は笑って、そんな私の姿を覗き見てくる。
「あなたなら、どう考える?」
「そうですね……」
魂が集まる要因は、そんなに多くない。一つは強い魔力をもった存在に引き寄せられている可能性。これは自分の行き先がわからなくなった彷徨える魂が、ふらふらと寄ってきてしまう事案だ。これだと原因は人によるものなので、引き寄せている張本人を見つけだせば一件落着となる。
そして二つ目の可能性は、その場所が魂を集めやすい特徴を持っていること。これは墓場を例にあげるとわかりやすい。単にその場所が霊を集めやすい、なんらかの吸い寄せる力を持っていると考えられる。こちらは原因究明までは、長い時間がかかりそうであるが。
とにかく現場に行ってみないと、件のくわしい状況が把握できない。
「ふふっ」
「なぜ笑うのですか」
「いやね。アンネがまじめに魔法のお仕事してて、なんだかおかしくて」
「私はいつだって真面目ですよ」
現場に向かっている道中で、私は師匠にそう茶化される。
こうして師弟で仕事に出かけるのも、久しぶりだ。
昔、私が見習いとしてレットウットに居た頃のことを思い出す。当時の私は知らないことだらけで、魔法ひとつ覚えるのにも苦労した。師匠の荷物持ちとして、欠かさずに旅にはお供をしていた。
仕事に勉強に、師匠との修行が日ごとに続く。そんな毎日が楽しくて、魔法もしだいに好きになっていった。
「ほんと、あの頃は楽しかった……」
私がつぶやく前に、師匠が横からそっと口をつく。
まだ仕事も始めていないのに、二人して辛気臭い気持ちでいっぱいだった。
「ねぇ覚えてる?アンネがはじめてスケルトンを見た日のこと」
10歳ぐらいの時。まだ死霊の知識が無かった私は、スケルトンと対面して気絶した。口から泡を吹いて、顔を真っ青にした姿はゾンビのようだったと師匠から聞かされている。
「ふふっ、いま思い出しても笑っちゃう」
「忘れてくださいよ、そんな古い記憶」
「まだまだ。あなたのかわいい過去なんて山ほどあるわよ」
恥ずかしくて、私は終始嫌な顔をしていたと思う。それにも構うことなく、師匠はスラスラと思い出話を語ってくる。
幼いころは暗いところが苦手だったこと。
初恋相手がゾンビだったこと。
料理すると必ずなにかしら焦がすこと。ぜんぶが私だ。私でもぼんやりしか覚えていない、私の過去だった。
脈絡のない一場面が、くだらない思い出が、ぽつぽつと浮かんでは消えていく。
「アンネのこの先が見られないのは残念だわ」
「……」
オリビア師匠の体には、魔法を酷使したことによる神経衰弱が起きていた。ようは魔力切れだ。それも生涯分の力をすべて使い果たしてしまった最悪の状態に近かった。
人間が一生で使える魔力には限りがある。その許容量を超えてしまうと、あとは寿命を削りながら、肉体をロウソクのように燃やし尽くすことでしか魔力は得られなくなる。
魔法使いには短命が多い。その原因は魔力の許容を超えながらも、気づかずに、あるいは気づきながらそれを絞り出そうとする人が多いためである。
師匠も同じだった。
自らの肉体と細胞を壊して、その残滓によって力を取り込んでいく。それを続けることは、自殺行為にも等しいことだ。
「ちょっと休めば体調も良くなります。また思い通りに動くことだってできますよ」
「そうね……。そうだといいわ」
私の精いっぱいの励ましは、きっと受け流された。
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