第17話 初めての村祭りと、前世の記憶

季節は巡り、ハーモニア村に年に一度の収穫祭の季節がやってきた。

一年で最も村が活気づく日である。

広場にはたくさんの屋台が立ち並び、村人たちは皆、とびきりの笑顔でこの日を祝っていた。


色とりどりの飾り付け、陽気な音楽、そして美味しい食べ物の香り。

村中が、幸福なエネルギーで満ち溢れている。

それは、一年間の労をねぎらい、大地の恵みに感謝する、素朴で、温かいお祭りだった。



「わあ、すごい人だね、ルナ!」


私は、エリアの腕の中にすっぽりと収まりながら、その賑わいを眺めていた。

エリアも、今日はお気に入りのワンピースを着て、とても嬉しそうだ。


ガルムさんは、自慢の樽酒を振る舞い、セレナさんは子供たちに昔話を読んで聞かせている。


リオンさんは、ここぞとばかりに商売に精を出し、村は笑顔で溢れていた。


誰もが、心からこの瞬間を楽しんでいる。

その光景は、あまりにも温かく、そして眩しかった。



その眩しさに、ふと、私の脳裏に前世の記憶が蘇った。

それは、クリスマスの夜のことだった。


街はイルミネーションで輝き、恋人や家族連れが楽しそうに行き交う。

そんな中、私は一人、会社のデスクでパソコンに向かっていた。


終わらない仕事、鳴りやまない電話。

夕食は、近くのコンビニで買った、冷たい弁当。


窓の外の喧騒が、まるで別世界の出来事のように感じられた。

誰も、私のことなど気にも留めない。

世界から、たった一人だけ、切り離されてしまったかのような、深い孤独。


年末も、そうだった。

実家に帰ることもできず、年越しそばの代わりに、カップラーメンをすすりながら、私は会社の仮眠室で新年を迎えた。


あの頃の私にとって、「お祭り」や「イベント」は、ただ孤独を際立たせるだけの、忌まわしいものでしかなかったのだ。


それに比べて、今はどうだろう。

私の周りには、たくさんの笑顔がある。

「ルナちゃん!」と私の名前を呼んでくれる、優しい声がある。

私を、大切な家族だと言ってくれる、温かい腕がある。


(……ああ、そうか)


涙が、こぼれそうになった。

私が本当に欲しかったのは、

これだったのだ。


誰かと、繋がり、笑い合い、

共に時間を過ごす。


そんな、当たり前で、かけがえのない、

温もり。



「どうしたの、ルナ? 眠くなっちゃった?」


エリアが、私の頭を優しく撫でながら、心配そうに顔を覗き込む。

私は、彼女の腕の中で、すり、と顔をうずめた。


「きゅぅ……」


ありがとう、という気持ちを込めて、私は小さく鳴いた。

エリアには、きっと伝わらないだろう。

でも、それでいい。


「ああ、幸せだ」


私は、心の底から、そう思った。

前世で失った全てが、今、ここにある。

この温もりを、この幸せを、私は絶対に手放さない。


エリアの腕の中で、お祭りの優しい喧騒を聞きながら、私は、この上ない幸福を、ただ静かに噛みしめていた。

それは、私がこの世界に来て、初めて流す、嬉し涙だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る