奈落への疾走──環

「環さ、最近保高閣下と何かあった? よく一緒にいるし」

 

 私は、缶コーヒーを飲み干し、回収ボックスに放り込む。


 ──"閣下"か。確かに悪魔のような男ね。

 

「ん? 相談のってもらってるだけ」

 

 私を見る穂花ほのかの目が、やけに艶っぽい。

 

「ふーん……ね、いる? これ」

 

 囁くと、バッグから、サガミの0.01mmを取り出す。

 

 ──ころ……否、後でこの娘も"書き殺して"やる。

 

「馬鹿にしないで!!!」


 穂花が、気圧されて一歩下がる。


「ご、ごめん……でもね環? 閣下も男なんだよ? 何かあってからじゃおそ」


「やめて!! 彼はそんなことしない!!」


 一旦、呼吸を整える。


「本当に…………ただ、話聞いてくれてるだけなの…………悩みとか、進路とか」


「私達じゃ……駄目なこと?」


 穂花の視線が、声に含んだ疑念が……私を切り刻む。


「環……最近、変なの読んでないじゃん? 犯罪のとか。だ、だから……さ。考えちゃうんだよ! 環も……そういう……さ……女の子だって」


 今日のスクールバッグの中には、『隣の家の少女』が入っている事を、目の前の少女は知らない。


 ◆◆◆◆


 自宅 二十時


 †††

 活発そうなポニーテールを掴み、壁に叩きつける。ギャグボールを噛ませているので、呻き声しか聞こえない。

 彼女のバッグを開け、中身をぶちまけると、年頃の少女の持ち物が散乱した。

 ジッポーオイルを撒いて、点火。

 声にならない悲鳴。

「何でもかんでもイヤらしいことにしやがって……この雌豚が!!」

 私は、少女の下腹部にナイフを突き立てる。

 ギャグボール越しの絶叫。

「あんたなんか」

 腹を切り開く。

 中に、小さな生命はいない。

 †††

 

 ──ふぅ、すっきりした。

 

 ──今夜は……昔のアンソロジーにしよう。

 

 当時、一作だけ話題になった作家の作品を選ぶ。

 

 主人公のモデルは、テッド・バンディだろう。他の男に犯された女性を絞殺するシーンが、異常に生々しい。

 

 まるで、犯人の手記のように。

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