40 ブルートパーズ=知性

――これは、数成がまだ広也達と家族だった頃の話。広也達はまだ小学生だった。公園で広也と数成が遊んでいる中、急に数成が神妙な顔をして言った。


「…僕、普通の人間になりたい。」


「え…?」


広也は数成の言葉に呆然と驚いた。数成は苦しそうな表情を見せて俯き、声を震えさせた。


「化物みたいな自分が嫌いなんだ…!こんな能力も、過去も全部忘れて、人間になりたい…!」


広也は幼いながらに頭が良かったのか、その言葉の意味はちゃんと理解できた。それは新しい人生を歩みたいという前向きな希望であるのと同時に、もう家族として過ごせない悲しみでもある。数成も同じ気持ちなのか、涙を浮かべて言った。


「だからお願い広也…。君にしか、頼めないんだ…。」――






そんな過去の記憶をふと思い出す広也。それを思い出すと思わず舌打ちが出てしまう。

現在は海の運転する車内にいる。必死に車を走らせる海と、後部座席で目的地に着くのを待つ広也と進也がいた。進也は広也の異変に気づいて何事かと首を傾げたが、広也はイライラした様子を見せていた。


(なんで今 あの日の事が脳裏に…)


落ち着かない様子の広也。それと同時に車はヒナツの住むマンションに着いた。

広也は颯爽と車から出ると、近くの防犯カメラに手を伸ばす。

そこへ進也も出てきて、広也を肩車した。


「兄貴、手伝うっすよ!」


「ああ」


海は不思議そうな顔をしてそれを見ており、広也はカメラに触れる。すると広也は能力を使い、カメラと記憶媒体を繋ぐ線を辿って記憶媒体の中身を覗いた。そして該当の時間の記録を見ると海に言う。


「あっちの方角だ!」


「え、ええ。」


海は驚いた様子で、乗り込む二人が乗ってから車を走らせた。進也は言う。


「次の防犯カメラポイントはどこっすか?」


「コンビニには大抵あるから コンビニのカメラだな」


広也がそう答えると、海は冷や汗を浮かべながら聞いた。


「待って待って、カメラを触っただけでエリコがどこへ行ったかわかるの!?」


「カメラで撮った映像が見れる カメラにヒナツらしき女が映っていたから あの女の車で間違いないだろう」


「そんな能力持ってんの…!?流石、あの研究所に住んでるだけあるわ…。」


海は感心した様子でいた。次のコンビニポイント、カメラのあるポイント、それぞれ周り少しずつ目的の場所へ向かっていく。途中の信号待ちで、海は携帯を確認してから二人に言った。


「どうやら綺瑠、メールに気づいたみたい。一緒に探してくれるみたいよ。」


「じゃあオレ達が向かっている場所を教えておくわ」


「そうして。」


二人の会話はそれで途切れ、海は運転に集中。進也は祈るようにして呟いた。


「数成、エリコ、無事でいるっすよ…!」






一方、数成の方では。既に下半身が海に落ちかけており、しがみつくので精一杯だ。ジリジリと海中へ引きずり込まれる身体。その時だ、数成は口に貼られたガムテープが剥がれかけている事に気づく。


(ん…?ガムテープの貼りが甘い…?)


そのままガムテープの隙間から、上唇が顔を出した。声が出せるようになった数成は、叫喚の様な声を出した。


「誰かー!!助けてー!!波止場にいる!誰かー!!」


その必死な声は広い海に吸い込まれ、数成はとてつもない不安に駆られる。それでも諦めず、数成は声を張り上げ続けた。






カメラの情報を追って、波止場付近までやってきた広也達。コンテナ倉庫が連なる場所は広く、進也は思わず頭を抱えた。


「こんな広いんじゃ日が暮れるっすよー!!」


「つべこべ言わず探せ!」


広也はそう言い、迷路の様なコンテナの連なる道を走って探した。海も探しつつ呼びかける。


「エリコー!!」


「数成ー!!」


進也も呼びかけながらも走り続けた。広也は二人の呼びかけを聞きつつ耳を澄まして走っていると、地面に異変を感じる。地面には道を示すかの様に、一円玉が落ちているのだ。不思議に思って広也がそれを追いかけていると、遠くから二人とは違う声が聞こえる。ふと波止場の方に視線を向ける広也。


「数成…?」


広也はそう呟き、一円玉を頼りに波止場に向かって走った。やがて連なるコンテナの迷路を脱出すると、その先に見える波止場に人影を見つける。それを見た途端、広也は叫んだ。


「数成ィーー!!」


その人影は広也の声に気づくと、声を出す。


「広也っ…!!」


と言ったが、限界だったのか海に落ちてしまった。広也は目を剥いて驚く。


「数成ィ!!」


広也はペースを崩さずに波止場を走り抜け、躊躇いもなく友が落ちた海へと飛び込んだ。海中に入ると、疲れて目を閉じたまま静かに沈みゆく数成の姿が見える。広也は泳いで近づくと、錘に繋がれた縄を解こうとした。しかしキツく縛られており、ビクともしない。広也は表情を思わず歪め、錘を見る。錘は車のタイヤの様で、一緒に海上へ引き上げるのは困難と判断した。


(チクショー…! 刃物でもなんでも持ってきてりゃ…!)


そこで、広也はある事に気づく。広也は数成の頭に触れた。


(数成の【能力】なら 絶対に助けられる…! 能力の使い方を思い出させて 発動させてやれば…!)


しかしそこで、数成の言葉が脳裏を過る。



――「…僕、普通の人間になりたい。化物みたいな自分が嫌いなんだ…!」――



それを思い出すと、頭に触れていた手を下ろした。広也の手は震えており、友人を助けられない事を強く悔しがる。


(なんでできねぇんだよ…! 死んじまうんだぞ…! 数成が…!!

でも…!!)



――「だからお願い広也…。君にしか、頼めないんだ…。」――



頻繁に浮かぶ過去の数成の声。悔しすぎて歯を食いしばり、拳を強く握った。海に沈む数成の姿は今、紛れもなく無力な人間である。


(お前はこんな時でも… 人間で有りたいと願うのか…? 例え命を落とす事になっても 人間である方が幸せなのか……?)


広也は力なく俯いた。広也は優れた能力を持つが、その能力では友人の命を救えない。厳密に言えば救えるが、その方法でしか救えない事に無力さを感じていた。そう思っていると、広也は数成のショルダーバッグに目がつく。すると閃いたのか、ありつく様にショルダーバッグの中を探る広也。筆記用具を見つけると、中からハサミを取り出した。


(これだ…!)


広也は錘を繋ぐ縄を、ハサミで力いっぱい切り落とそうとした。しかし力が足りないのか、なかなか切れない。


(進也みたいに怪力だったら…!)


広也はそう思いつつも、顔を真っ赤にしながら両手で力いっぱい切り落とした。錘から離れる数成の体。それに気づくと広也はすぐさま数成を抱きかかえ、海上へと向かう。海面から顔を出すと、広也は数成を揺すりながら陸へと向かった。


「数成! しっかりしろ!」


そう言って口のガムテープを引っぺがす。すると数成はあまり水を飲んでいなかったのか、目が覚めて咳き込んで海水を吐いた。そして広也に気づく。


「広也……」


力ない声。広也は思わず歯を食いしばり、口を強く噤む。その表情からは安堵が感じられ、それらを強く噛み締めている様だ。すぐさま陸へ急ぎ、友人を手放さないようにしっかりと抱える。

陸に着いて這い上がると、広也は数成の様子が変なのに気づいた。今まで海を泳いでいたため気付かなかったが、数成は涙を流していた。これはごく自然な事である。まだ中学生になったばかりの子供が、拘束された状態で海に沈められ死にかけたのだから。声も上げずにただ静かに泣いているのを見て、広也は眉を困らせて数成の頭を撫でる。そこへ進也が駆けつけ、二人が海水に濡れていて驚いた。


「数成発見っす!って、なんで濡れてるっすか!?」


「色々あったんだよ」


と詳細を話さない広也。進也も詳細など気にせず、数成の様子を見て眉を困らせる。


「数成どうしたっすか?…怖かったっすか?」


「放っておけ さっさと車に連れてくぞ」


「わかったっす。」


そう言って進也は数成をおんぶして、二人で歩き始めた。すると広也も安心したのか、鼻で笑う。


「でも驚いたな 一円玉で道を示しておくなんてよ ちゃっかりしてんぜ 数成は」


それに対し、進也は目を丸めた。


「なんで数成なんすか?俺もその一円玉見つけたっすけど、数成は小銭を沢山持ってないっすよ。」


「は?」


「数成は小銭を優先的に使うっすから、いつも小銭はすっからかんっすよ。今日も試着の時に暇潰しで中身見たんすけど、あんなになかったっす。」


「じゃあ誰があんな場所に…?」


広也が呟くと、進也も首を傾げた。そこへ海がやってきて、数成を見ると笑みを浮かべる。


「良かった、この子は無事だったのね…!ちなみにエリコは?」


「海に飛び込んだんだが子供らしいのはいなかった」


それを聞くなり海は青ざめた。


「なんですって!?私、もう少し探すわ。もうすぐ綺瑠が来るはずだから、あなた達は友達の介抱をしてあげて。」


「お おう」


するとタイミング良く、綺瑠の車がやってきた。綺瑠が車から出てくると、広也と数成を見て驚いた様子を見せる。


「二人とも!大丈夫!?何があったの!?」


どうやらこの綺瑠は、表の方だ。広也は車に数成を乗せると、車には璃沙や美夜もいた。美夜は数成を見て言う。


「すーちゃん…!」


広也は言った。


「数成は見つかったが エリコがまだ見つかってない」


その言葉に綺瑠も青ざめた。すると綺瑠は進也達も車に乗せると、璃沙に言う。


「璃沙、子供達を連れて家へ。僕は海とエリコを探すよ。」


「わかった。私も送り次第、探してみるよ。」


「ありがとう。」


そう言葉を交わし、璃沙が運転する車は発進した。その頃には数成の涙も収まっており、数成は言う。


「あの子…エリコちゃんは…?見つかってないの…?」


まだショックで頭がフワフワとしているのか、ぼーっとした様子の数成。


「ああ 数成は心当たりないか?」


「あのマンションに向かったっきり見てない…。」


「お前とエリコを車に乗せた女って、誰だ?」


「マヒル…」


その名に心当たりがある美夜は、一瞬にして表情を歪めた。広也はそれを見逃しておらず、思わず舌打ちする。


「やっぱりアイツ等かよ…!関係のないヤツまで巻き込みやがってよ…!」


広也は恨みを募らせた表情を見せており、流石の進也も表情を曇らせていた。進也は拳を握りながら言う。


「俺も…許せないっすよ!ぶん殴りたいくらいっす!」


二人の声を聞き、数成は口を開いた。


「広也も進也は、何か面倒事に巻き込まれているのか?」


「え?」


進也が反応を見せると、数成はどうしてか悲しい表情を浮かべた。


「…恨みを晴らす事は、解決にはならないよ…。」


その言葉を聞くと、二人は目を覚ましたのかやがて俯いた。広也は目を閉じると言う。


「わかってる オレ達は鬱憤晴らしをするんじゃねぇ… ヤツ等の悪事を暴くだけだ」


「そう…」


数成はそう言って、兎や角言わなくなった。美夜は三人の事を気にしつつも、上の空で思っていた。


(エリコちゃん…無事かしら…?)

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