37 ブルーレース:友情

その直後。

綺瑠と美夜は、家の庭にいた。二人は庭に用意されているテーブル付きの椅子に座り、ティータイムを楽しみながらも話していた。美夜は真剣な様子で話す。


「綺瑠さん、マヒルさんってどんな人でしたか?例えば綺瑠さんが元カノさん達に謝罪へ行った時、マヒルさんはどんな反応をしていたとか…。」


綺瑠と美夜を狙う元カノ達の中で、現在一番謎に包まれている女マヒル。美夜との思い出と言えば、遡った三回目に一度会ったくらいか。首筋にナイフを当てられ、人質にされた事を思い出す。美夜に聞かれると綺瑠は首を傾げた。それから上の空で考えると言う。


「謝りに行った時は、僕と顔を合わせたくないって感じだったね。『早く帰れ』って感じが強かった。」


美夜はそれを聞いて、眉を困らせた。


「恨んでないんですか?」


「さあ、僕にはわからなかったね。謝罪の印に現金をプレゼントしたんだけど、マヒルは嬉しそうにしていたよ。僕を恨む様子なんて見てないね。」


それに美夜は微妙な反応を見せると、綺瑠は聞く。


「マヒルも僕達の命を狙っているの?」


「え…それが、マヒルさんとは一度しか会っていなくて。一体何が理由で私達を襲ったのか、理由がわからなくて…。」


美夜がそう言うと、綺瑠は考える仕草をした。しかしすぐに頭のいい人の真似をやめて言う。


「ま、理由はどうでもいいじゃない。僕はそんな事より、あと誰が僕達を狙っているのかが気になるよ。」


それを聞き、美夜は思い出した顔をする。美夜は綺瑠に言った。


「そう言えば、リッカさんに会いました。リッカさんから、私達の命を狙っている人が誰か教えてもらったんです。本郷さん、ヒカリさん、コトネさん、マヒルさん、クルミさん…と。」


「リッカ…か。彼女がなぜそれを知っているの?」


「実はリッカさんも誘われていたらしいんだけど、抜けたらしいです。綺瑠さん、リッカさんって信用できると思いますか?」


美夜は殆ど信じている状態だが、念の為に聞いてみた。すると綺瑠は少しの間考える。美夜はその沈黙に緊張していると、綺瑠は口を開いた。


「信用できるんじゃない。リッカは僕が適当に選んだ彼女じゃないからね。『彼』が、気に入って好きになった彼女だよ。真面目な子なんだ。」


美夜はそれを聞くと、安心した様子になる。更に綺瑠は言う。


「それに、リッカの口から出た五人。実際に二人は捕まっているし、コトネも怪しいっちゃ怪しいからね。ヒナツは璃沙に変な事を吹き込んできたらしいし…限りなく黒だろうけど。」


「えっと…実際、この五人全員から命を狙われました…。」


美夜が言うと、綺瑠は目を丸くして驚いた顔。美夜は空を見上げると続けた。


「本郷さんは元夫の海さんを苦しめる為に、綺瑠さんを傷つけようとする。コトネさんは家族から見放された虚無感から、憎悪で綺瑠さんや私を傷つけようとした。クルミさんは綺瑠さんと心中しようとしていました。ヒカリさんは璃沙さんの話だと人生を棒に振ろうとしていたらしく、最後に綺瑠さんに迷惑をかけようとしていたみたいです。マヒルさんが私達を陥れる理由は不明だけど…。」


それを聞いた綺瑠は感心した顔。


「そんなに知っているんだ。かなり時を遡ってきたんだね。」


美夜はそれにギクッとしてしまうが、裏の綺瑠は表の綺瑠の様に美夜にアレコレ言わなかった。綺瑠は言う。


「マヒルとヒカリは似ている部分があったよ。マヒルはブランド物が好きで、ヒカリは宝石が大好きだった。二人は自分の部屋がそれでいっぱいになるくらい、僕にそれらを求めたんだ。」


「そうなんですか。」


「ヒカリは僕の暴力のせいか宝石も嫌いになってしまったけど、マヒルはそんな事なかったな。ただ、『暴力さえなければ』と言っていたよ。」


「暴力さえなければ…ですか。」


美夜が言うと、綺瑠は頷いた。


「マヒルやヒカリは僕が好きというより、お金に興味があったみたい。だからマヒルに、僕に執着するほどの恨みはないと思うんだ。」


「そうなると謎が深まりますね。マヒルさんの真意と言いますか…。」


「別に知りたくもないけどね。」


綺瑠の淡白な反応に、思わず苦笑を浮かべた美夜。美夜は茶を飲むと、ふと玄関前に見知った影があるのに気づいた。そこにいたのは広也と進也の同級生である、数成だった。


「すーちゃん…」


思わず呟いた美夜。綺瑠もその言葉に過剰に反応して玄関の方を見た。数成はインターホンを鳴らした所で、なぜかソワソワした様子。しかしそんな間も殆ど与えられず、玄関から進也が出てくる。進也は数成を見るなり笑顔を見せた。


「おぉ!数成!!家に来るなんて珍しいっすね!」


「進也、僕の数学のワークを持って帰ったろう?確認してくれないか。」


「え?見てくるっす!あ、家に上がっていいっすよ!」


そう言って進也は走って部屋へ向かうが、数成は玄関前で立ったまま。美夜は微笑ましいのかクスッと笑うと、数成の方へ向かった。


「数成くん。」


「あ、こんにちは。」


数成が丁寧に挨拶をすると、美夜は微笑む。


「こっちにいらっしゃい、お茶を入れてくるわ。」


「いえ、お邪魔するわけには。」


「お邪魔ってそんな…」


美夜がニコニコで言うと、数成も微笑んで言った。


「お二人はご結婚されるのでしょう。以前、進也から聞きました。」


その言葉を聞くと、美夜は反応した。ついでに綺瑠も反応すると、数成の方へやってくる。数成は綺瑠が無表情で近づいてくるのを見ると、以前と違う雰囲気を感じ取ったのか口を噤んだ。すると綺瑠は数成の手を両手で握って言った。


「君も式に参列するといい。」


綺瑠は無表情であるが、瞳の奥はキラキラと光り輝いている。予期せぬ一言に、数成は思わず眉を潜めた。


「待ってください。僕は広也と進也の友人なのに、お二人の結婚式に参列するのはおかしいです。」


そんな数成の話はお構いなしに、綺瑠は話を続ける。


「そうだ、僕とゲームをしよう。君が勝ったら、式に参列する事を許すよ。」


「別に参列したくないです。」


数成は素直に答えるが、綺瑠は一瞬だけ視線を数成に送る。数成が眉を潜めると、二度三度と視線を送ってくるのだ。その視線が気になって仕方がない数成。そこへ、進也と広也が出てきた。数成が家を訪ねるのはやっぱり珍しいのか、広也も意外そうな顔をしている。


「数成!あったっすよ!」


「あ、ああ。これ、進也のワーク。」


数成は綺瑠をスルーしてそう言い、ショルダーバッグから進也のワークを出して返した。進也はそれに対し、笑顔で言う。


「要らないっす!」


それに対し、呆れた様子で数成は答えた。


「やれ。お前は頭が良くないんだから。」


すると広也は言う。


「家にわざわざ来なくとも…学校の日になりゃ渡せたのに」


そう言われると数成はギクッとした様子になり、それから妙に大人しくなる。続いて進也の方へ視線を向けると、進也は目を丸くした。それらを見ていた綺瑠は、何かに気づいたのか頬をピンク色にした。


「もしかして、恋…?」


「違います!」


数成が否定すると、進也は首を傾げる。


「じゃあなんすか?数成に睨まれても別に怖くないっすよ。」


「別に怖がらせようとした訳でもない。」


空かさずツッコミを入れる数成を見て、広也は察したのか言った。


「遊びたいのか? 仕方ないな 『遊んでくださいご主人様』って言ったら遊んでやる」


「いや黙れお前。」


流石に腹が立ったのか即答する数成。しかし遊びたいのは図星だったのか、次に数成は照れた様子で自分の口元を手の甲で庇った。それから目を瞑りながら言う。


「進也が最近…元気が無いから…。たまには僕から誘ってみようと思って…。……遊んでください…ご主人様。」


(結局言った…)


苦笑しながら思う美夜。それを聞いた進也は目に涙を溜めて感激した様子になった。別に「ご主人様」で感動した訳ではない、自分を心配してくれた数成の優しさに感動したのだ。広也は鼻で笑いつつ、穏やかな笑みを浮かべている。数成は目を開いて二人の様子を見たが、その瞬間には進也が数成に飛び込んでいた。


「嬉しいっす数成ぃ!!」


同時に二人は地面に転げてしまう。


「やめろ、恥ずかしいだろ!」


数成は進也から離れようとしているが、進也の怪力からは逃れられない。進也の陽気な笑い声が周囲に響き渡る。広也はそんな場面でも大人びているのか、仲に混ざる事なく見守っていた。


それから十分ほど後。美夜と綺瑠は再びティータイムを楽しみながら話をしていた。綺瑠はふと言う。


「僕達が結婚を取り止めて、コトネ達が僕達を狙う事は本当になくなるんだろうか?」


美夜はそれに対し、難しい顔を浮かべた。


「いつも結婚の日に狙われていましたから…なくなるものかと…?本郷さんはどう動くかわかりませんね。本郷さんの目的は、綺瑠さんでなく海さんの不幸ですから…。」


それを黙って聞いていた綺瑠。綺瑠は引っかかる様子で呟いた。


「ヒナツは何かしてくるだろうね。…僕達ではなく、海の方へ…。」


ヒナツの目的はあくまで海。二人が例え結婚しなくとも、それは変わらないだろう。二人の危険を感じつつ綺瑠はそう呟くと、茶を一口飲んだ。音を立てながら。

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