34 アメシスト:真実の愛
一方美夜の方では。美夜は車通りの多い車道脇の歩道を走っている。リョウキは美夜のすぐ後ろで、決してペースを崩さずについていた。逆に美夜は既に息を切らせており、ペースが完全に落ちている。フラフラしてきた為、リョウキは気にして言った。
「美夜さん、少し休んだ方がいいぜ?」
「だ…め……!綺瑠…さんが…!」
美夜はそう言ったが、リョウキに腕を掴まれた。美夜は振り払う力もなく、ただ項垂れる。
「休め!」
リョウキに言われ、美夜はやっと止まった。美夜はそれでも走り続けたいと言葉に出したいのだが、息をするので精一杯。その間、リョウキは眉を潜めて言った。
「あんな男に、そこまでしてあげる理由がわからねぇ…!あの男は何十人の女を、好き勝手して捨ててきた男だぞ…!」
すると美夜は少し息が整ったのか、リョウキを見た。まだ疲れている美夜の目は、少し睨んでいるようにも見えたリョウキ。美夜は言う。
「綺瑠さんは…例え何十人の女と付き合ってきたとしても…一度も浮気をした事ないわ。」
美夜は息が整ってきたのか、真っ直ぐ立つようになる。美夜は続けた。
「ねえリョウキくん。綺瑠さんってどうして三十人以上の女性と連続してお付き合いができたと思う?」
そう言われてリョウキは眉を潜めた。いくら単純なリョウキでも、綺瑠と付き合うと得られる特典はわかる。リョウキは答えがわかったのか言った。
「金持ちだから?」
美夜はそれに頷く。
「そう。綺瑠さんは見た目は温厚だし、富豪となれば多くの女性が集まったわ。だからね…今まで綺瑠さんと付き合ってた女の人達だって、綺瑠さんを好き勝手してきたのよ。綺瑠さんの権力や金、それらを利用するような女性ばかり…あなたのお姉さんだって。綺瑠さんのコネで、プロデザイナーの道を歩けるようになったんだから…。」
そう言われ、リョウキはドキッと来たのか言葉に詰まる。今まで綺瑠が彼女を利用するだけして捨てたものだと、そう信じてやまなかったリョウキ。それに怒りを感じ続けていたわけだが、実は彼女の方だって綺瑠を利用していたのだと知る。そんな事、一度だって考えついたことがなかった。美夜は虚しそうな表情をし、続きを話す。
「確かに暴力するのはいけない事だけど。それでもリョウキくん、綺瑠さんが一方的に好き勝手したって言わないでちょうだい…!私…悲しいわ…」
リョウキはそれを聞いて黙り込むが、やがて真剣な表情で言った。
「あの男が悪いのは、違わねぇ事実だ。」
美夜はそれに眉を潜めると、リョウキは続けた。
「少なくとも俺の姉貴にひでぇ傷を負わせた、最低なクズ男だ。だけど、姉貴もあの男に暴力とか、酷い暴言とかよく吐いてて…そんでもって虚言癖だし。…正直姉貴もクズだ…きっと。」
予想外の反応だったのか美夜が目を丸くすると、リョウキは美夜から視線を逸らす。
「俺からしたら、両方クズだよ。『今から』はそう思うようにする。両方ダメって事で、それで勘弁してくれよ。」
美夜は難しい顔をしていたが、やがてリョウキは言った。
「美夜さん、先を急ぐぞ。」
そう言って、美夜の前に出てからしゃがんだ。美夜は何事かと思っていると、リョウキは振り向いて言う。
「おぶって運んでやるから、美夜さんはもう少し休んでろ。」
「え?そんな悪いわ…!私重いし…!」
美夜が言うと、リョウキは面倒そうに溜息。リョウキは目を細めて話す。
「さっきあの男をおぶった。」
すると面白い事に、美夜は素直に背に身を任せてくれる。リョウキは美夜を持ち上げると、美夜に笑顔を見せた。
「美夜さんって俺を見るといっつも難しい顔するからな。これで見なくて済むだろ。」
そう言って、リョウキは正面を向いて走り出した。今の笑顔は本心じゃないのか、リョウキは溜息をついている。美夜はそれを眺めながらも思った。
(リョウキくん、綺瑠さんに暴力しようとしていたけれど…親切なところはあるのね。いいえ、ただ私に好意があるから…かもしれないわ。)
美夜はそう思い、暫くはリョウキの背に身を任せる。ちなみに歩道じゃ結構目立つのか、美夜は人々の視線が痛かった。
一方、綺瑠の方では。綺瑠は先ほどと同じくベッドの上にいるのだが、クルミと揉み合いになっている所だった。
クルミはナイフを持ち、綺瑠の腕からはナイフの切り傷で血が滲んでいた。ちなみに綺瑠はもう片方の人格と入れ替わっているのか、冷静な様子で言う。
「刃物で脅せば僕が出ると思ったの?」
するとクルミは綺瑠の様子を見て、ナイフを床に捨てて満天の笑顔を見せた。
「わぁ、キルキルだぁ!私の知ってるキルキル!」
無邪気な笑顔を前にしても、綺瑠は動じなかった。クルミは嬉しそうにして綺瑠に言う。
「刃物で傷つければ出てくるって、キルキルが居候している家で聞いた事あるよ?」
綺瑠はそれに眉を潜めると、クルミから視線を逸らして言った。
「盗聴器…好きだね。」
「うん!」
クルミの可愛らしい声。そんなクルミの行動力に、綺瑠は呆れている様子だった。するとクルミは、綺瑠に寄りかかるように抱きつく。そして上目遣いで綺瑠を見つめた。
「キルキル、もう一回チュウしよ?そしたら、ドッキドキで幸せになっちゃうから。」
しかし綺瑠はその話が終わった途端、クルミを突き飛ばす。クルミはベッドの上で転ぶと、綺瑠はベッドから立ち上がった。熱で足取りが悪いが、綺瑠は部屋の外へ向かう。
「かつてはね、僕は君を愛していたから幸せになっちゃってたね。でももう君に興味ないんだよ。僕は、美夜を愛してるから。」
それを聞くと、クルミは悔しいのか歯を食いしばった。クルミは声色を暗くして、綺瑠に言う。
「ふざけんな…!あんな女…キルキルの全てを理解できないじゃない!!昔に負った傷だって…あの女よりクルミの方が理解してる!クルミが一番キルキルに寄り添ってあげられる!!!」
その発狂とも言える訴えに、綺瑠は呆れているのか溜息。綺瑠は風邪で怠い為に壁に寄りかかりながらも、クルミに向かって言う。
「本当に言ってる?…君は僕を愛してないよ。」
「…は?」
クルミが言うと、綺瑠は続けた。
「君が愛しているのはあくまで僕。さっきまで君に謝罪をしていた『彼』は…?君は『要らない』って言ったよね。僕も綺瑠だし、彼も綺瑠なんだよ。本当に君、綺瑠を愛しているの?」
そう言われ、クルミは言葉を詰まらせた。綺瑠は視線を逸らしてから言う。
「それに…過去に君を愛してた事も…僕が君が愛してたってだけで、彼は君を友達の様に思ってた。どちらにせよ、君とは結ばれないんだよ。」
クルミは泣いたのか、グスッと嗚咽を響かせた。綺瑠はそれを見ると、部屋から出ながら言う。
「帰るよ、世話になったね。君も早くいい人を見つけるといい。」
この一言が、裏綺瑠がクルミに見せられる最大の優しさだった。しかし廊下に出た綺瑠は、部屋からクルミの声を聞く。
「なんで…キルキルはクルミと一緒でしょ…?クルミ以外の女を愛するくらいなら…!!」
その雰囲気に、綺瑠はただならぬ様子を感じてしまう。綺瑠が背後を確認すると、そこにはナイフを持ったクルミ。クルミは憎悪の表情で、綺瑠にナイフを向けていた。その目に迷いは無く、綺瑠がそれを認識する前に迫って来た。クルミが迫ってくる途中で気づいた綺瑠は、構えを取ろうとするが倦怠感で思うように身体の自由が利かない。
綺瑠はクルミを押さえつける事も出来ずに、刺されてしまった。
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