32 クンツァイト:優しさ
ヒナツのエリコに対する虐待に対して、『大袈裟』と答えたリョウキ。綺瑠はそれを知り、新たな思考に至る。
「リョウキくんの家では、それが普通…?」
「躾だ。俺もよく悪するから、オヤジに殴られる。」
それが事実であれば、リョウキの喧嘩早い性格やヒナツの暴力癖にも納得が出来てしまう。綺瑠は今まで、元々彼の性根が悪いものかと思っていた為、視点が変わり新鮮に思えた。ヒナツに関しては、新たな視点を得てもイメージは悪いままだが。
「じゃあリョウキくんの傷は、お父さんから?」
「あ?どっちだろうな。しょっちゅう他と喧嘩するから、どの傷が誰がつけたとか忘れたよ。」
その言葉に、思わず綺瑠は苦笑。
「喧嘩してるのか、リョウキくん。」
「ああ。」
綺瑠は喧嘩とは無縁な人生を送ってきたのか、苦笑で返す事しかできない。すると蚊帳の外であるクルミはムスっとして言う。
「キルキル!クルミとお話しましょ!」
しかし綺瑠はクルミに言った。
「いや、僕からもリョウキくんに聞きたい事があるからちょっと待ってて。」
そう言われ、クルミは再び膨れる。リョウキは何かと思っていると、綺瑠は聞いた。
「ヒナツちゃんの様子を聞いておきたいんだ。ほら、ずっと育ててきたエリコを連れてっちゃったわけだし…。」
あんな性格をしたヒナツにも、若干の申し訳なさは感じている綺瑠。俯き気味で話すと、リョウキは頬杖をついて言う。
「荒れてるよ。姉貴の家グッチャグチャだったわ。」
「そんなショックだった?」
「ショックっつうか…、怒り狂ってる感じだったな。俺が話しても怒鳴ってくるだけだし。」
「あっそう…。」
綺瑠は完全に俯いてしまった。リョウキはそんな綺瑠を見て言う。
「申し訳ないと思ってんのか?はぁ…。姉貴に暴力した事も、このくらいの反省してくれよ。」
「そうじゃなくて。明日から美夜は仕事なんだけど、同じ職場のヒナツちゃんと普通に仕事できるかなって…。」
綺瑠は美夜の心配をしていたようだ。それを聞いてリョウキは眉を潜めたが、やがて真剣な表情に。
「確かに、姉貴は八つ当たりするからな。美夜さんに被害が及ばない可能性がゼロ…な訳ないな。俺も心配だ。」
「やっぱ兄弟のリョウキくんも心配だよね。僕もヒナツちゃんと付き合ってた頃はさ、沢山暴力されたよ。」
綺瑠は思い出すように言うと、リョウキはテーブルを拳で叩いて怒る。
「ハァ!?お前が暴力したんだろうがよ!!」
「いやね、どうやらお互いしてたみたいだよ。ヒナツちゃんは気分が悪いといつも、僕は寝る時にいつも。正直暴力よりも、暴言の方がキツかったなー。」
リョウキは引いたように「どっこいどっこいだろ…」と言いたげに黙り込んでしまうが、そこでクルミは怒った様子で言った。
「あの女、キルキルに暴力奮ったの!?有り得ないッ!『自分は被害者』って面してたんだからね!」
「ヒナツちゃんは虚言癖があるからね。」
綺瑠は落ち着いた様子で言うと、リョウキは冷や汗を浮かべた。綺瑠はリョウキを見ると、首を傾げた。
「どうしたの?リョウキくん。」
リョウキは考えているような様子だったが、綺瑠に呼ばれて我に戻った。思わず綺瑠から視線を逸らしてしまうと言う。
「いや、姉貴が虚言癖って言われて…心当たりがあるようなって思っただけだ。」
リョウキはヒナツの虚言癖を今まで知らなかったようだ。リョウキの喧嘩早い部分からも、彼の単純な性格が伺える。嘘とは無縁なのだろう、だからこそヒナツの虚言癖を見抜けなかったのかもしれない。
「やっぱり?」
と言ったのはクルミ。クルミは怒りに満ちているのか、歯を食いしばった様子でいる。
「もういい…!!もうクルミはあんな女の言う事聞かない!!キルキル!」
「ん?」
綺瑠が横目でクルミを見ると、クルミは綺瑠の顔を見て言った。
「クルミはキルキルの味方だからね!絶対に!」
「え?何の話かさっぱりだけど、ありがとうね。」
綺瑠は上の空で話を聞いているようだった。全然話を聞いていないと思うと、クルミは更に怒った様子。しかし怒りに狂った様子ではなく、ぶりっこした様子で怒っていた。リョウキは綺瑠の様子を変に思うと、クルミに言う。
「なあコイツ、様子が変じゃないか?顔が赤い。」
リョウキの言う通り、綺瑠は顔が赤くて熱っぽい。クルミは言われて気づいたのか綺瑠の額に触れると、驚いた様子で綺瑠を心配した。
「キルキル!凄い熱…!」
「あ、ホント?じゃあ風邪だな…。」
綺瑠がぼーっとした様子で言うと、クルミはリョウキに言う。
「私が車を運転するから、あなたはキルキルを車まで運んで!」
「お、おう。」
リョウキは言われるがままだった。
綺瑠は車に乗せられ、クルミが車を運転した。ちなみにリョウキは後部座席で綺瑠と一緒だった。綺瑠は熱が上がってきているのか、うとうとしている状態。
「寒…」
綺瑠が呟くと、リョウキは頭を抱えた後に自分が着ていた上着を綺瑠の肩にかけた。綺瑠はリョウキの方を見ると、リョウキは不思議そうに言う。
「なんだよ、こんなになるまで仕事なんてするのか?大人は。」
「知らない…」
綺瑠がそう呟くと、クルミは言った。
「キルキル無理しすぎ!もう、体調管理しっかりしないと!やっぱクルミが嫁になってあげないと…」
この後はブツブツ話していて聞き取れない。綺瑠はそのブツブツ声をスルーし、二人に感謝を伝えた。
「二人ともありがとうね。…最近考え事が多くて…体調まで気を配れなかったよ。」
辛そうにしている綺瑠を見ると、リョウキは溜息。それからポケットから飴を出して綺瑠に渡した。綺瑠は首を傾げてしまうと、リョウキは言う。
「なんか…風邪を引いたら食べたくならないか、甘いもの。」
綺瑠は黙り込んで、瞬乾を幾つかする。リョウキの言葉に全く共感できないのだろう。リョウキはその無共感の沈黙に耐えられないのか、恥ずかしくて顔を赤くした。すると綺瑠はクスッと笑う。
「ありがとう、楽な時にでも食べるね。」
綺瑠はそう言って、窓に寄りかかって少し休んでいた。リョウキは黙っていたが、やがてある事に気づく。リョウキはクルミに言った。
「コイツの家、そっちの方角じゃないぞ。」
そう言われ、クルミはニコリと笑った。クルミの笑みが、バックミラーに写る。
「いいえ、こっちで合ってるわ。」
「は…?」
暫くして、高層マンションに到着した。車から出たリョウキは、感心した様子でマンションを見上げる。
「すっげぇ…」
するとクルミが出てきて言う。
「早くキルキルを運んで。」
「お、おう。」
こうしてリョウキが綺瑠をおぶって運んだ。綺瑠は既に眠っている。エレベーターを使って上階へ登っていくと、クルミはリョウキに言った。
「上層には、クルミやキルキルの家があるのよ。」
「へぇ。」
そうして到着。二人はエレベーターから出ると、クルミは『Akatuki』と表札のある家の前で止まった。
「早く、家の中へ。」
そう言ってクルミは扉の鍵を開くが、リョウキは眉を潜める。
「アカツキ…?本当にコイツの家か?別の苗字だった気が…」
「いいから!」
クルミに言われ、リョウキは部屋の中へと綺瑠を連れ込んだ。ピンクが中心の可愛らしい部屋に連れられた瞬間、リョウキは察する。
「お前の家か!?」
しかしクルミは、開き直った様子で言った。
「ええ。いいから早く、キルキルが限界そうなんだから仕方ないじゃない。」
そう言われ、リョウキは綺瑠をベッドに寝かせた。ベッドが妙に広いのが気になるリョウキ。その先の事を考えると、リョウキは溜息しか出ない。するとクルミはリョウキに言う。
「ありがとう、ここまで運んでくれて。もう帰っていいわよ。」
「うん。」
リョウキはそのまま家を出ると、クルミはリョウキの方へやって来た。
「あ、ちょっと待って。」
「ん?」
リョウキが言うと、クルミは財布から三万円を出してリョウキに渡す。
「これ、お小遣い。」
「え?」
リョウキは豆鉄砲を打たれたような表情をすると、クルミの家の扉は閉まった。リョウキは三万円を見て少しの間思考停止していたが、やがて正気に戻る。
「おい待て!美夜さんにはちゃんと伝えたのか!?」
リョウキはインターホンを押そうとしたが、綺瑠の風邪の事を考えると押せなかった。
(連打してぇけど、あっちには病人がな…)
するとリョウキは何か思いついたのか真顔になり、走ってマンションを出る事に。
(いや、俺が行けばいいんだな。美夜さんに伝えに。)
一方、クルミの家にて。風邪にうなされる綺瑠を、隣で眺めているクルミ。クルミは綺瑠の頬に触れると心底嬉しそうに微笑んだ。
「やっと手に入れた、キルキル。」
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