21 ファイブロライト:警告
飲み会の最中。
綺瑠がヒナツの家に着くと言われているタイムリミットまで、あと五分。璃沙は毒入りのワインを、コップに注ぐところだった。璃沙は躊躇った様子を見せつつも、ワインを持つ手が震える。
(始まってから、十分は経った…。そろそろしないと、綺瑠が毒を飲む事に…!)
璃沙の表情には、焦りと躊躇いが混在していた。璃沙はワインを傾けたが、注ぐ手前で踏み止まる。そして急に冷静な表情を浮かべてワインをテーブルに置いた。
(待て…。私は本当に、こんな事をしていいのか?家族のように過ごしてきた美夜を、そう易々と殺す真似…)
情の方が勝ったのか、璃沙は美夜の毒殺に加担するのはやめたのだった。それをヒカリは遠目で見ていた。ヒカリは期待外れと言いたげな溜息をつくと、璃沙の方へ来て言った。
「やっぱり、長年一緒にいた家族を殺められないわよね。」
璃沙はヒカリの方を見ると、ヒカリは不自然にも優しく微笑んだ。
「実はね、ワインに毒があるのは嘘。」
「ハ!?」
璃沙は思わぬ事実に目を剥いた。
「ワインじゃなくてコップに仕掛けてあるの毒は。」
思わず目を丸くする璃沙。ヒカリはそのコップを璃沙に渡した。
「このコップを洗ってきて、新しいの持ってきてくれない?そしたら誰も死なない。」
璃沙はこんな事を教えるヒカリの気が知れず、不審に思ってヒカリを見る。しかしヒカリは一笑。
「ほら、私が踏みとどまってるんだからさっさと洗ってきなさい。そうじゃないと綺瑠かあの女のどっちかが飲んじゃうわよ。」
「え…うん。」
璃沙はそう呟くと、コップを手に取って急いで洗いに向かった。ヒカリの行動を不思議に思いながらも首を傾げている璃沙。
(ヒカリが毒殺を踏みとどまった。…流石に刑務所行きは嫌だったんだろうか…?)
人が求める社会的立場などロボットの璃沙に分かる訳がない為、ヒカリの本音はわからなかった。ヒカリは璃沙が立ち去ったのを見計らうと、別の空のコップにワインを注ぐ。その時のヒカリの表情は、驚く程冷え切っていた。注ぎ終えると、コップを揺らしてワインを混ぜる。
何も知らない璃沙が帰ってくると、ヒカリはそのコップにもワインを注いだ。ヒカリは笑顔を見せると言う。
「二人で飲んできなさい。あ、璃沙さんは飲めないのか。」
「まあ。でも、一緒に話してくるよ。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
ヒカリの優しい笑顔。それを奇妙に思いつつも璃沙はコップを二つ持ち、美夜の方へ運ぶのであった。
一方、美夜とエリコは一緒にいた。丁度二人は、トイレからリビングへ帰ってきたところだった。
エリコはヒカリと仲良くしているヒナツを見ると、俯いて大人しくなる。それを見兼ねた美夜は言った。
「お母さんと一緒にいたいわよね。」
その声にエリコはビクッとすると、首を静かに横に振った。美夜は目を丸くすると、エリコは美夜を見上げる。何か言いたげで、それでも言いづらそうにしていた。美夜が変に思っていると、エリコは意を決して美夜の耳元で言う。
「お母さん、嘘つきなの。」
「え?」
美夜は信じられないのか驚いてしまうと、思わずヒナツの方を見た。するとヒナツはこちらを見ている。光の加減のせいなのか、怖くも感じるヒナツの顔。急な事に美夜はドキッとすると、ヒナツは笑みを浮かべてやってくる。
「もう夜遅いから、エリコを寝かすわね。ほら、こっちに来なさいエリコ。」
エリコはヒナツを見ると俯いて黙り込み、大人しくヒナツの方へ向かう。するとエリコは言った。
「おやすみなさい…美夜お姉さん。」
「お、おやすみなさい…」
美夜が言うと、ヒナツはそのままエリコを連れて行ってしまう。美夜は呆然としつつも思った。
(本郷さんが嘘つきって、一体どういう事…?)
するとそこへ璃沙がやってきた。璃沙は笑みを浮かべてワインを渡す。
「ヒカリって人が持ってきたワインだ、美夜も飲んでみるといい。」
美夜は色のいいワインに目を光らせた。
「美味しそう…!いただきます。」
美夜はそのままワインの入ったコップに口をつけた。ワインが美夜の喉を通っていく。それを横目でヒカリは見ていた。美夜はワインを味わうと、美味しかったのか笑みを浮かべる。
「香りもいいし美味しい。綺瑠さんにも飲んで欲しいな…!」
美夜が言うと、璃沙は思わず笑う。
「綺瑠は酒に弱いからやめとけ。」
「そうですね。」
美夜は機嫌が良くなっていると、璃沙の手にあるワインを直視。美夜は目を丸くすると言った。
「璃沙さん、飲み物飲めないですよね?」
「え?…まあな。」
すると美夜は満面の笑み。
「もう一杯もらっていいですか?」
相当ワインが気に入ったのか。そう言われると璃沙は思わず微笑。
「よく飲むなぁ…美夜は。」
そう言って渡されるので、美夜は嬉しそう。
「だって美味しいんですもの!ヒカリさん、ありがとうございます!」
美夜が言うと、ヒカリは笑顔で手を振ってくれた。美夜は二杯目を飲もうとコップに口を付ける。
すると美夜は体の異変を感じる。璃沙は美夜が急に停止したので、美夜の異変に気づいた。
美夜の口から流れる血、青ざめる顔。美夜は呆然としながらも、コップを落としてしまった。そして視線を落として身体を傾けて倒れる。
「美夜ッ!?」
璃沙は倒れこむ美夜を抱き抱えると、美夜は天井の電気を眺めながらも思った。
(苦しい…!これは一体…!)
すると璃沙はピンと来たのか、ヒカリに言い放つ。
「お前…!やっぱりワインに毒を仕込んでたのかッ!」
(毒…?)
美夜がそう思ってヒカリに視線を向けると、ヒカリは冷めたような無表情で言った。
「ええ。でもほら、あの男が飲まなくて済むんだからいいじゃない。あなたが望んだ結果よ。」
璃沙は怒りの表情で、ヒカリを睨んでいる。美夜は意識が朦朧としながらも璃沙を見つめた。
(璃沙さんが…?私を…?)
美夜は絶望した様子だった。璃沙は悔しそうにして言う。
「望んでない…!美夜が死ぬ事なんて望んでないッ!!」
(でも…なんで毒の事を知っていて教えてくれなかったの…?止めてくれなかったの…?)
美夜はそう思い、涙を流す。璃沙とヒカリの言い合いが、遠い出来事のように感じる美夜。
(綺瑠さんが好きだから…?私が邪魔だったの…?そんな……酷いわ…酷いわ璃沙さん……
…きっと璃沙さんも、綺瑠さんの元カノと同じなんだわ。)
すると美夜の容姿に異変が起きた。そう、美夜はタイムスリップをしようとしているのだ。
(綺瑠さん…ごめんなさい…私もう一度…時を遡ろうと思うの。こんなところで死んで終わりだなんて…私嫌よ。)
すると、美夜はその場から消えていた。璃沙は急に腕が軽くなったので美夜に視線を向けたが、美夜がいない事に更に驚く。そして璃沙は察した様子になり、ヒカリは驚いていた。
「美夜…」
璃沙は虚しい表情を浮かべながらもそう呟いた。
美夜は時を遡り、目が覚めた。
そこは本郷の家。
しかも既に飲み会は始まっており、丁度エリコと別れたところだった。
(綺瑠さんとの時間を減らしてしまうのは惜しいわ。だから、少しだけ戻した。)
美夜はそう思いながらも、璃沙を怪しく見つめる。
(璃沙さんがまさか私に毒を盛るだなんて…。それにやっぱりヒカリさん、綺瑠さんの元カノなんだわ。そうでないと私にこんな事をするだなんて、考えられないわ。璃沙さんはなんで、私に毒を飲ませる気になったかわからないけれど…。)
璃沙はヒカリと話して微笑んでおり、丁度こちらに歩いてきていた。美夜は心に決めた顔。
(絶対に飲まない。そして、隙を見て逃げ出さないと…璃沙さんとヒカリさんに殺されてしまうわ。)
璃沙は美夜の前に来ると言う。
「ヒカリって人が持ってきたワインだ、美夜も飲んでみるといい。」
美夜はそれを手に取って言った。
「ありがとうございます。」
少し冷たい口調に、璃沙は少しだけ違和感を感じた。美夜は璃沙の表情を見ると、複雑な気持ちを味わう。
(なんで…なんでこんな笑顔で、毒の入ったワインを渡せるのかしら…。
それに…)
美夜は、璃沙が持っているもう一つのワインが気になった。
(もう片方は、誰に飲ませるんだろう…?)
一方、綺瑠の方では。綺瑠は車を走らせながらも、焦った様子でいた。
(ヒカリちゃんからの電話…。早くヒナツちゃんの家へ行って、美夜を助けないと…!)
そこで信号待ち。眉間にシワを寄せ、指でハンドルをトントンと叩き綺瑠は落ち着かない様子だった。時間を確認し、更に落ち着かない様子を見せる。
(なんでこんな時に赤信号ばかりに当たるかな…!)
更に、家に来た電話の内容を思い出していた。
――「今から大事な美夜ちゃんに毒入りワインを飲ませる。それが嫌ならさっさと本郷さん家に来て、あなたが代わりに飲みなさい。そうしたら、美夜ちゃんを解放してあげる。」――
これは、ヒカリから言われた内容の一部だ。綺瑠は眉を潜める。
(何を考えているんだろうな、あの子は。僕が間に合わなかったらどうする気だ?美夜を殺めて、何の得になるんだ。)
綺瑠は読めない元カノ達の動機に頭を痛めている様子だった。綺瑠は深く目を閉じて頭痛を感じていたが、やがて目を開いて思う。
(ヒカリちゃんはあんな事言ってたけど、僕が上手く立ち回れば飲まずに済むかもしれない。)
その瞬間、信号は青信号に変わった。綺瑠は再び車を走らせると、真剣な表情を浮かべた。
(美夜、君は僕が絶対に助けるから…!)
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