16  アイオライト:初めての愛

次の日。

璃沙達の家にて、璃沙は朝食後だった為か食器を洗っている最中だった。この時間帯にリビングに誰もいない事はいつもの事だが、綺瑠と美夜が行方不明ってだけで気持ちは落ち込んでしまう。璃沙は溜息を吐いた。


(どこ行ったんだよ…二人は。)


そう思っているのも束の間、誰かがインターホンを鳴らす。璃沙はインターホンのカメラを直接見る事が出来る為、視界にカメラの情報を流した。映っていたのはヒナツで、璃沙は「なんで?」という顔で水道を止めて玄関へと向かった。


「はーい。」


ヒナツは璃沙が出るのは予想の範囲内だったのか、困った様子を見せつつすぐに口を開く。


「おはよう、璃沙さん。白原さん知らない?昨晩何度連絡送っても返事がなくて…!」


「えっと…」


璃沙は微妙な反応を見せつつ、考え事をしていた。


(結局昨日は発信機しか見つからなかったし、二人の足取りも結局何一つ掴めていない。赤の他人に行方不明である事を話す訳にもいかないからな…。)


「綺瑠と出かけた。」


ヒナツはそれを聞いて目を剥いて驚愕。


「出かけたぁ!?仕事もあるのよ!?白原さんが連絡も無しに出かけるような人とは思えないわ!」


そう言われたところでどうしようもないので、璃沙は落ち着いた表情のまま。そして璃沙はヒナツが食い下がってくる理由がわからなかった為、追い返すつもりで言葉を並べた。


「そういう本郷さんは仕事のはずなのになぜ家まで?」


すると本郷は訪ねたのは無意識だったのか、目を丸くしてから口を抑える。


「あら、心配過ぎて仕事前に思わず来ちゃった…!

じゃなくて!今日は白原さんにお客さんが来るから、どうしても会わせたいと思っていたの!」


「客?」


「音無アンよ!あの有名モデルの!」


ヒナツが言うと、璃沙は雑誌に興味が無いのか難しい顔。


「誰よ。」


するとヒナツは頭を抱えた。


「あーっ!もうわかんないひ…ロボットね!」


「どうでもいい、とりあえず美夜は家にいないから。」


璃沙はそれ以上の会話は不毛と感じたのか扉を閉めると、ヒナツはちょっぴり不機嫌な顔。


「あの男…一体あの子と何処へ…。」


ヒナツはそう呟くと、上目遣いで空を睨みつける。


(逃がさないわよ。)






その日の夕方、綺瑠の家にて。

美夜は暇で仕方なく、部屋の引き出しを探りながら暇を潰していた。


「一日中軟禁されてても暇だな…。」


すると美夜は無断欠勤の事を考えると頭を抱え顔を真っ青に。


「助けを呼ぶにも連絡手段を断ち切られてるし…!仕事だって無断欠勤じゃない…!

あ~落ち着かない!」


美夜は自分を落ち着かせる為に、部屋を探索するしかなかった。美夜は机の上にある、小さな子供が持つような赤いロボット人形を見つめていた。


(綺瑠さんが好きなヒーローロボ…。私達の家にも飾ってあって、この家にも飾ってあるんだ。相当ヒーローが好きなんだな…綺瑠さんは。)


すると探っていた引き出しに手応えが。


「ん?」


美夜は引き出しの中から、一通の手紙を発見。飾り気のない無地の封筒。指でなぞると独特な感触がし、安物かと思いきや質はそこそこいい。差出人も書かれていない手紙を不思議に思い、美夜は手紙を開いた。

手紙にはこう書かれていた。


『この子の名前は、【白原 璃沙(しらはら りさ)】。

新しい家族だから、大切にしてあげて。私は家族を知らないから、あなたが教えてあげて。

 あなたと遊んだ一日、人生で一番楽しかった。

人間の初めての友達が、奈江島で本当に良かった。ありがとう。』


それを見た瞬間、美夜はこの手紙を書いた人物を察した。


(この手紙…。まさか、綺瑠さんの友達の夢月さん…?)


すると美夜は以前経験した未来の、綺瑠と璃沙が亡くなる寸前の出来事を思い出す。


――「僕…夢月ちゃんの事…好き…だった……んだ……」――


綺瑠が掠れた声で呟いた一言。美夜は複雑な気持ちになる。


(夢月さん…綺瑠さんがかつて好きだった人…。死の間際でそんな告白をするだなんて……相当好きだったのね…。)


手紙の中に、もう一枚紙があるのに気づく美夜。それには『白原璃沙 取り扱い説明書』とあり、美夜はその内容に目を丸くした。

その説明書にはただ、『奈江島が手を繋いで、「璃沙」と呼べば起動する。奈江島以外だと起動しないからな!』とだけ書かれていた。

美夜はそれを読むと、思わず胸に手を当てた。


(そっか…。璃沙さんは綺瑠さんがいないと、起動できないんだ…。)


そう思うと経験した未来での、起動停止した璃沙を思い出した。

美夜はあの時の悲しみを思い出すと、目に涙を溜める。


(綺瑠さんがいなくなったあの未来では…もう璃沙さんを起動する手立てはないのね…。)


その時、玄関扉が開く音がする。綺瑠が仕事から帰ってきたのだ。すると部屋に入ってきた。

綺瑠は美夜が涙を溜めているのを見て、思わず駆け寄った。


「ただいま美夜。どうしたの?」


美夜は綺瑠の方を見ると、俯いてから言う。


「これを読んで…泣いてしまったの。」


「え…?」


綺瑠は手紙を見ると、目を丸くした。美夜は続けた。


「夢月さんの事…綺瑠さんから聞いた事あるの。綺瑠さんのお友達で、私と同じ病気を持っていた人って…。」


綺瑠はその手紙をゆっくりと受け取りながらも、手紙を眺めていた。美夜が綺瑠の様子を伺っていると、綺瑠は悲しみを思い出すのか眉を困らせ微笑んだ。


「懐かしい…。この手紙を貰って、もう三年は経つかな。夢月ちゃんは、美夜と同じ病気で亡くなってしまった。」


美夜はその言葉に俯いて黙り込んでしまうと、綺瑠は部屋のベッドに座って話し始める。


「夢月ちゃんはうちの研究所で働いていて、優秀な社員だったよ。彼女は孤児でね、うちの研究所で育ってきたんだ。

病気を持って生まれた彼女は研究対象であり、容姿が普通と違う夢月ちゃんは、常に孤独だった…。」


美夜はそう言われると、自身が時を巻き戻す時の姿を思い出した。漆黒の髪に、白すぎる肌に、瞳は赤色に変色する。


(病気を持った人は、個人差があれどあの容姿になる…。きっと夢月さんはハッキリした違いが出ていたのね…。)


どうやら病気を持つと生まれつき、その独特な容姿である場合も多いらしい。美夜は力を使う時のみだが、夢月は常にその姿だったのだろう。綺瑠は続けた。


「夢月ちゃんは寿命が短くなる代わりに、驚く程頭が良かった。だから夢月ちゃんはロボットを作り出して、ロボットを家族としていたんだ。」


「そう…なんですか…」


夢月との思い出は楽しいものだったのか、綺瑠は笑顔で頷いた。


「これは夢月ちゃんの記憶を持っている璃沙から聴いた話なんだけど、夢月ちゃんは亡くなる前に璃沙を作ったんだって。

それも、僕にプレゼントする為に…。僕が、夢月ちゃんにとって初めての人間の友達だったから…。」


それを聴いた美夜は納得した顔。


(そっか。璃沙さんのメモリーには、夢月さんの生前の記憶があるんだ…。)


璃沙が綺瑠を好きな理由、璃沙を作った夢月も綺瑠を好きな理由が徐々に繋がっていく。美夜は綺瑠の隣に座り、二人が横に並ぶと美夜は質問をした。


「手紙に『遊んだ一日』ってありますが、一度しか遊んだ事ないんですか?」


そう聞かれると綺瑠はクスッと笑う。


「そう。僕が無理矢理家から連れ出した、その一回きり。

僕はその一日で多くの事を感じたし、それまで職場で話しているだけだった夢月ちゃんに特別な何かを感じている事に気づいた。」


綺瑠にとっては既に過去なのか、胸に手を当ててじっくり思い出している様子だった。

美夜は顔を上げて綺瑠の目を見つめる。


「じゃあ、綺瑠さんは夢月さんの事が…」


綺瑠はしっかりと頷いた。


「うん、好きだった。それに気づいたのは、夢月ちゃんの死に立ち会った日だったよ…」


綺瑠はその日の事を思い出すのか、虚しそうな表情を浮かべた。自身の手を見ると、ゆっくりと拳を作る。それから美夜に向けて微笑を見せた。


「夢月ちゃんの手はいつも冷たくてね。僕が繋いであげると、夢月ちゃんはホッとした顔をしてくれた。

だからかな、璃沙の起動も手を繋がないといけないんだ。」


それを聴いた美夜は、気づいた顔をして取扱説明書を出す。


「これですね。」


「そうそう。友達ができた事…本当に嬉しかったんだろうなぁ。

僕も、夢月ちゃんの初めての友達で良かったと思っているよ。」


すると美夜は、以前経験した未来にて璃沙の最期を思い出していた。



――「夢月もそうなんだよ…私と同じで。」


(綺瑠の事、愛してた…)――



璃沙の綺瑠への愛の告白を思い出すと、美夜は眉を困らせた。


(違う…。きっと、夢月さんも綺瑠さんの事が好きだったんだわ…。綺瑠さんに言うべき…?)


そう思ってはいるが、美夜は強い抵抗を感じている。次に美夜は綺瑠の顔色を伺った。綺瑠は美夜の当惑した様子に気づくと、美夜の手を握った。


「そんな顔、見せないで。」


その時やっと、美夜は自分が不安な表情を浮かべていた事に気づく。美夜はハッとして、俯いてしまった。


「ご、ごめんなさい…。私、浮かない顔してたんですね…。」


「謝らなくていいよ、こんな話をしてしまった僕の方が悪い。」


美夜はそれを否定するように首を横に振っていた。

綺瑠はそれでも優れない美夜の表情を見て、優しく美夜を抱き寄せた。優しく抱擁し、頭を撫でる綺瑠。

美夜は綺瑠の胸の中で、複雑な気持ちを味わっていた。


(どうして…綺瑠さんに夢月さんの気持ちを言えないんだろう…。夢月さんは綺瑠さんの事が好きだったんだって…なぜ言えないの…?)


美夜は自身の胸に手を当てて、再びあの日の未来を思い出していた。



――綺瑠が最期に、夢月へ愛を伝えた事…。――



その事実は美夜の表情を暗くさせる。


(例え璃沙さんが夢月さんに見えたとは言え…そこまで言うのはやはり夢月さんに思いがある証拠よね…?ここで夢月さんの思いを伝えてしまったら、綺瑠さんの思いは私から離れてしまうのかしら…?)


そんな不安があるせいか、美夜は口に出せない様子だった。すると綺瑠は、美夜の頭を優しく撫でながら言った。


「元気出して美夜、僕は美夜の笑顔が好きなんだ。」


すると美夜はムスっとしてしまい、綺瑠の顔を上目遣いで見上げる。それでも綺瑠が微笑んで美夜を見ていると、美夜は不貞腐れた表情で言った。


「『好き』じゃなくて、『大好き』であって欲しいです。」


試すつもりで言った美夜は、ジッと綺瑠の次の行動を観察していた。甘えた様子で言われると綺瑠は一笑。綺瑠は美夜を強く抱きしめた。


「ダーイスキ、美夜。」


そう優しく言われると、美夜は嬉しくなって綺瑠に力強く抱きついた。美夜に抱きつかれると、思わず笑ってしまう綺瑠。


「ちょっと美夜、力入りすぎじゃない?そんな強く抱きしめなくても、僕は逃げてかないよ?」


美夜はそれでも必死に綺瑠にしがみついている。綺瑠は再び笑ってしまうと言った。


「もう、甘えん坊さんだね。」


そう言いつつも、暫く綺瑠は美夜の頭を撫でていた。美夜の不安が落ち着くまで。

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