第一話 後編

 固まる私を前に先さんは指をひとつ立てると、特に表情を変えずに続ける。

「そもそも違和感があったのは先輩が鞄から本を取り出したことです。

 文芸部の活動として読書をしていたというのなら私が来てから新しく本を取り出すのはおかしいでしょう。

 なにか直前までは別のことをしていたのではないかと思いました。

 もちろん何か人に言えないような本を読んでいて、慌てて隠したのかもしれないですけど」


 思わず顔が引きつるのを感じる。

 その想像も嫌だな。

 まだ事実にたどり着かれて良かったというべきか。

 とはいえ簡単に認めるわけにもいかない。

 大きく息をして気分を落ち着けると、苦し紛れに反論する。


「じゃあどうして小説を書いていたっていうんですか。

 他の何か……、人に見せられない本を読んでいた扱いは嫌ですけど、別のことをしていたかもしれないじゃないですか。

 何か証拠でもあるっていうんですか?」

 とはいえ事実を言い当てられている以上、なにかしらの根拠はあるのだろう。

 まな板に載せられた鯉のような気分だ。

 先さんは私たちが座っていた席の辺りを指さすと言った。


「そこで気になるのがその床です。

 明らかに消しかすが転がっていますよね。

 この高校は定時制で昼間部では授業が終わった後ホームルームの前に掃除をします。

 この消しかすは先輩がやっていたことが修正を必要とするような筆記作業であることを示していると考えてもいいでしょう。

 もちろんこの教室の担当者の掃除がずさんだった可能性もありますが……」

 いいながらも先さんはそんな例外の可能性を信じてはいないようだった。

 たたみかけるように続けて言われた。


「そして隠したい筆記作業といえば文芸部ですし、まず思い浮かぶのは小説の執筆でしょう。

 なのでそれを確認させていただいたというわけです」

 ここから言い逃れる手段はあるか、必死で考えてたものの思いつかない。

 先さんは核心を持っているようだし、観念するしかないだろう。

 両手を上げて降参のジェスチャーをする。

 

「それで私が小説を書いていることを知ってどうしたいんですか?

 さっきは書いている人がいるなら教えてもらいたいみたいなことを言っていたけれど、私が教えられると思います?

 私も初心者ですよ」

「ただ隠したままだと先輩が不自由かなと思っただけです」


 その言葉は予想外だった。

 目線で訊ねると素直に答えてくれる。


「先輩がこのまま小説を書くことを隠し続けるつもりなのだとしたら、私が文芸部に来る週に3日は小説を書けないことになりますよね。

 それはもったいないと思いました。

 別に先輩が読んでほしくないというのなら勝手に読もうとしたりしませんし、内容も聞いたりしません。

 だから別に私のことは気にせずに書いたらいいんじゃないでしょうか」


「それだけが言いたかったんです」と先さんは笑った。

 その言葉を真に受けていいのか私にはわからなかった。

 ただ先さんが私の弱みを握ったつもりでいるわけではないと言うことだけはわかった。


「おせっかいですね。

 そのためにわざわざ人の秘密を本人に……、私が逆上したらどうするんですか?」

「そういう人ではないと思った……、というのでは納得してもらえませんか?

 ……まあ初対面ですし、無理ですよね」

 それから少し考えるような様子を見せた。


「結局私は自分が他人の邪魔になるのがあまりすきではない……、それだけの話なんだと思います。

 嫌われる嫌われないよりもそっちの方が私には重要だった。

 ただそれだけの話ですね」

 まあ嫌われるとも思いませんでしたけど、と先さんは笑った。

 本当によくわからない人だと思った。

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