声はだれかに届くのか?
庸 草子
第一話 秘められた創作
第一話 前編
私と
その頃の私は16歳、高校二年生で定時制高校に通う理由を人に説明するのが面倒でいつも曖昧に微笑むことばかりしていた。
その日も私はいつも通り文芸部の活動場所である旧校舎の教室で小説を書いていた。
北高校は定時制で部室等はそれほどなく、部活動は一般の教室を利用して活動していることが多い。
新年度に入っても文芸部に新入部員はなく、私はいつも通り教室を独り占めしていた。
旧校舎の教室には年月からか独特の匂いがしているけれど、この匂いにもすっかり慣れてしまっている。
最近はずっと読ませる人の当てもない小説を執筆することにはまっているのだ。
間違っても家族になど読まれたくないし、 自宅には自分の部屋が無いので、こうして学校の教室を自由に使えるのはありがたいことだった。
とはいえ小説自体は決して上手いものとは言えない。
その日も何度も消しては書き直すたびに消しかすが机にたまっていく。
それらを片手で払いのけながらため息を吐いた。
まったくもって上手くいかない。
掃除されたばかりの床を消しかすがまだらに汚してゆくばかりだ。
別に急いでいるわけではないのだからいいのだけれど、全然上手く書けないのである。
頭の中にある表現したい思いもいざ紙の上に並べてみると思ったような形にはならない。
こんなものでは伝えたい思いも伝わらないと、何度も書いては消し書いては消しを繰り返す。
彼女が部室を訊ねてきたのはそんなことを繰り返しているときだった。
廊下から響いてくる足音に思わず体がはねた。
旧校舎の廊下は音が鳴りやすく、人の気配を察知するには絶好である。
文芸部に所属していていまさらではあるが、小説を書いていることはできるだけ人には知られたくない。
筆記用具を鞄にしまい、ノートを文芸部用のロッカーに入れ鍵を掛ける。
自宅では私にプライバシーなどあったものではないので、小説用のノートは学校に置くことにしているのだ。
慌ててしまったせいでスカートの端をロッカーに挟んでしまい少し手間取った。
どうにかしまい終わったところでノックの音が鳴り、教室の扉が開く。
危ないところだった。
一度深呼吸をして気分を切り替えると、扉の方を向き直る。
扉の向こうにいたのは一人の女性だった。
背丈は私より少し高いくらい、とはいっても私は平均より少し小柄なくらいなので彼女の背が特別高いというわけでもない。
髪は長く、眼には強い意志を感じる。
顔に見覚えはないのでおそらく新入生だろうか。
ただ新入生にしては大人びているような気がした。
定時制高校では新入生でも年下であるとはかぎらない。
そんなことを私が考えている間に彼女の方から声をかけてきた。
その声はよく通っていて、少し距離は離れていたけれど聞き取りづらくはなかった。
「すみません。
こちらが文芸部の部室だと聞いてきたんですが」
「あ、はい。
ここで合ってます。
入部希望か何かですか?」
一方の私の声は少し上ずっていた。
声を出し慣れていないのが、丸わかりで少し恥ずかしい。
質問には首肯が返ってきた。
どうやら入部希望で合っているようだ。
とりあえず室内に案内して椅子をすすめる。
初めての環境にも関わらず、彼女は落ち着いた様子で椅子に腰を書ける。
一方の私は緊張を隠せない。
多少椅子を引くのに手間取りつつ、向き合って座る。
「入部希望はありがたいんですが……」
あらためて向き合ってみると、彼女の落ち着いた装いが目に入る。
さほどいい服というわけでもなさそうなのだけれど、どうしてだろうか彼女の雰囲気によくあっているような気がした。
北高校では服装は自由だが、私のようないかにも学生らしい格好とは明らかに違っている。
「文芸部自体はご覧のとおりほとんど開店休業中みたいなもので……、それでも大丈夫ですか」
文芸部自体はしっかりと存在している。
部員の人数もまあ部活動の要件を満たすぐらいにはいる。
ただ、その実体はひどいものだ。
幽霊部員ばかりで活動しているのはほぼ私一人。
まあそれをいいことに好き勝手に部室を使っているので、私が言えた義理ではないのだが。
ただ新入部員がイメージと違ってやめてしまうのもあまり気分がよくない。
その辺の事情は事前にはっきりと説明しておきたかった。
彼女の返答は端的だった。
視線がはっきりと私の目をとらえているので、少々気後れしてしまう。
「大丈夫です。
結局は自分が何をやるかが問題なので」
いい覚悟だがそれはどうだろう?
周囲の環境というのは思いのほかモチベーションに影響するものだ。
続いてくれたらいいのだけどと思いつつ、そういえばと口を開く。
「名前を伺ってもいいですか。
私は
「
よろしくお願いします」
これが彼女との出会いだった。
あまり良い初対面とは言えなかったけれど、私はのちにこの出会いを生涯感謝することになる。
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