第5話 崩れていく生活、取り戻せない日常
── 入院、薬、副作用、自尊心の喪失と感情の停止
入院生活は、思っていたよりも長く続いた。
入院から退院まで、半年。
その間、外の世界はどんどん遠くなっていった。
スマホは使えなかった。
それが、わたしにとって何よりつらかった。
誰にも連絡ができない。
ニュースも、友達の様子も、彼の声さえも届かない。
わたしだけが、時間からも現実からも切り離されたような感覚だった。
病名を告げられたあと、薬が処方された。
最初は言われるままに飲んでいた薬の副作用はすぐにあらわれた。
眠気、ぼんやりした意識、止まらない食欲。
気がつけば、体重がじわじわと増えていった。
退院する頃には、20kg以上も太っていた。
鏡に映る自分の顔つきも体のラインも、
以前とはまるで違っていた。
頬は丸くなり、体は重くなり、服はきつくなった。
それはまるで、「わたし」が別の誰かに置き換わっていくような感覚だった。
“病気だから”“薬のせいだから”
そう言い聞かせようとしても、目に見えて崩れていく自分に、どこか心が追いつかなかった。
入院前は、自分の行動を自分で決めていた。
どこへ行くか、何をするか、誰と過ごすか。
それらすべてに、自由があった。
でも入院生活は、決められた時間に起き、薬を飲み、作業療法の時間には集まり、誰かの許可がなければ、ドアの向こうにすら出られなかった。
他の患者との関係もうまくいかなかった。
距離感が難しく、言葉がぶつかり合うこともあった。
関わることが怖くなって、心を閉じるようになった。
唯一、スタッフはやさしかった。
看護師さんや先生たちの穏やかな声かけに、
小さな安心を感じる瞬間はたしかにあった。
それでも、自尊心は少しずつ削られていった。
「わたしには、何もできない」
「わたしは、ただ与えられた通りに生きているだけ」
そう思うようになると、感情がだんだん動かなくなっていった。
うれしい、悲しい、悔しい、楽しい。
そういった感情の輪郭が、どんどん薄れていった。
日々はただ、無色のまま過ぎていく。
心の中に波ひとつ立たないまま、時間だけが流れていった…
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