第2話 心にひびが入った日
── 妙な不安、幻聴、感情の波…自分が自分でなくなっていく
流産のあと、わたしは平気なふりをして過ごしていた。
泣かなかったし、誰かに気持ちを話すこともなかった。
彼は変わらずそばにいてくれていたけれど、わたしの心は、どこか遠く離れた場所に置き去りにされたようだった。
日常は、表面上はいつも通りだった。
ごはんを食べて、テレビを見て、眠る。
でもその裏側では、何かがゆっくりと変わりはじめていた。
ある日から、わたしは不思議な感覚を抱くようになった。
まるで赤ちゃんがそばにいるような気配を感じることがあった。
姿は見えないけれど、布団の中で横になっているとき、胸の上にそっと何かが乗っているような重みを感じることがあった。
それは幻だと、頭ではわかっていた。
でも、心のどこかでは「あの子が戻ってきてくれたのかもしれない」と思っていた。
怖くはなかった。むしろ、安心していた。
愛しさと寂しさがまざったような、なんとも言えない気持ちだった。
次第に、現実との境目がぼやけていった。
テレビを見ていても、何を言っているのか理解できなかったり、いつもの道が、どこか知らない場所のように見えたりした。
部屋の隅に、人の気配のようなものを感じることもあった。
振り返っても誰もいないのに、「誰かが見ている」と感じる瞬間が増えていった。
感情は、激しく揺れることはなかった。
でも、嬉しいのか悲しいのか、自分の気持ちがよくわからなくなっていった。
ただ、空っぽのまま、何も反応できない自分がいた。
笑うことも減っていった。
楽しいはずのことも、どこか他人事のように感じることが多くなっていった。
それでも、「疲れてるだけ」と思おうとしていた。
誰かに話したら、変に思われるかもしれない。
そう思って、黙ったまま過ごしていた。
でも本当は、もう戻れないところまで来ていた。
心の奥に、確かに小さなひびが入っていた。
それが「統合失調症」という名前のつくものだとは、そのときのわたしには、まだわからなかった…
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