第14話 茜色の帰り道
オタクモノノケが完全に消滅し、シンとした静寂がグラウンドを包み込む。空には満月が煌々と輝き、その光が校舎の影を長く伸ばしていた。
「カゲロウ、戻れ」
塁が呟くと、彼の首に巻かれた漆黒のマフラーがわずかに揺らぎ、その中に大剣が吸い込まれるように消えていった。佐倉琴音は、まだ少し震える手で顔を覆ったまま、その場に立ち尽くしていた。その表情には、恐怖と困惑が入り混じっていた。
「ったくよぉ…厄介な野郎だったぜ。アイツ、絶対VTuberが引退したら『ふざけんな金返せ!』とか言い出すタイプだろ」
塁は、先ほどの激しい戦闘でズタズタになった地面を、まるで砂遊びでもするかのように足でならしていた。その間にも、彼の目はちらりと佐倉琴音の様子を伺っている。
「ダイジョブっすか?先輩」
塁の声に、佐倉琴音はゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、まだかすかな動揺と、しかし確かな疑問の色が宿っていた。
「あ、うん…ごめんなさい。少し、びっくりして…」
彼女は小さく震える息を整え、塁の方へ向き直った。その視線は、マフラーへと吸い込まれていった剣の残像を追っているようだった。
「その、見てる時から気になってたんだけど…今のって………」
塁はわざとらしく咳払いをした。
「ま、世の中、見えないものの方が多かったりしますからね。先輩は今日、ちょっと特別なものを見ちゃった、ってことです。これも何かの縁ってやつですかね、ハハッ!」
どこか芝居がかった塁のセリフに、佐倉琴音は小さく首を傾げた。
「特別なもの…」
佐倉琴音は、その言葉をゆっくりと反芻した。その時、ふと、あることに気づいたように目を見開く。
「そうだ、塁君。もうこんな時間よ。門限とか、大丈夫なの?」
スマホで時間を確認すると、確かに下校時刻を大幅に過ぎていた。真夜中に近い時間帯で、普段なら考えられないほど遅い。
「あー…やべ。完全に忘れてた」
塁は頭を掻きながら苦笑する。佐倉琴音もまた、困ったように眉を下げた。
「私も、こんな時間まで残ってたなんて、初めてよ。一緒に帰ろうか?遅い時間だから、心配だもの」
「え、いやいいですよ。一人で帰れるんで」
まさか佐倉先輩から一緒に帰ることを提案されるとは思わず、塁は少し驚いた。内心では少し浮かれていたが、そこはクールを装う。
「だめよ。こんな時間だし…それに、一人で帰るのは、私もちょっと心細いし…」
彼女ははにかむように微笑んだ。その笑顔に、塁の胸にほんのりとした温かさが広がる。これはチャンス、とばかりに、少しだけ胸を張る。
「じゃあ、まぁ、はい。しょうがないっすね」
グラウンドを後にし、校門へと向かう二人。月明かりの下、校庭に伸びる影は、一つ、また一つと連なっていく。先ほどの激しい戦闘の痕跡がわずかに残るグラウンドを横目に、佐倉琴音はふと、問いかけた。
「塁君…本当に、あなたは普通の高校生なの?」
「まぁ、普通ではないでしょうね。筋トレとか趣味だし、あと、最近は自炊でチャーハン極めてますし」
塁は、まるでそれが普通ではないことの証明であるかのように胸を張る。佐倉琴音は、その言葉にふっと表情を緩め、安心したように笑った。
「そう…それなら、ちょっと安心したわ」
「そういう先輩はどうなんですか?なんか趣味とか」
「そうね……塁君みたいに料理は時々するけど、最近はトムヤムクンとかかしら」
「珍し!」
茜色の空が広がる帰り道。今日起きた非日常な出来事を共有した二人の間には、これまでとは違う、不思議な連帯感が生まれていた。
校門を出て、佐倉先輩のいつも使う駅の方まで一緒に歩く。街灯がまばらに道を照らし、夜の静けさが辺りを包んでいた。
「ところで、本当にあれって何だったの?やっぱり、幽霊?」
歩いている途中、佐倉先輩が問いかける。
「うーん、まぁさっきのはそんな感じです。この辺りで悪さしてるヤツらの一部ですね。いわゆる『世間を騒がすアレ』ってやつですよ」
「世間を騒がすアレ?」
佐倉琴音は首を傾げる。
「そう。テレビとか新聞では『正体不明の怪現象』とかって言われてるけど、実は僕たちみたいなヤツらが裏でコソコソ解決してるっていう、アレです。先輩もこれで『選ばれし者』の一員ですよ!」
塁はドヤ顔で言い放った。佐倉琴音は、呆れたようにため息をつく。
「そんな大層なものじゃないわよ。それに、さっきのってことは、他にもいるの?」
「まぁ、割と。あっちにも、こっちにも、なんなら先輩の家の屋根裏にも…」
「やめて!そういうの!」
佐倉琴音は思わず塁の腕をペシッと叩いた。
「そもそも私の家マンションだから屋根裏ないし」
「じゃあ、クローゼットの中とか」
主にいるのは巨大蜘蛛。
「私の部屋クローゼットないし」
「珍し!」
普通の高校生がしないような会話を交わしているうちに、あっという間に駅が見えてきた。駅前のコンビニの明かりが、夜道を明るく照らしている。
「じゃあ私、この辺で」
「はい」
佐倉琴音は、最後に塁の方を振り返った。その表情には、先ほどの出来事への驚きと、どこか楽しげな感情
が入り混じっていた。
「また明日ね。塁君!」
先輩はいたずらっぽく笑い、ふわりと手を振ると、改札へと向かって歩いて行った。
塁は佐倉琴音が背中を向けた瞬間、速攻で走って帰った。この時、塁の頭の中にあったのは家に帰った時の姉の反応への恐怖心のみであった。
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