第12話 オタクモノノケ

カゲロウの腹いせに付き合った後、本命の場所に連れて行ってくれた。


そこはプールだった。


漆黒に染まった空の下、ひっそりと佇むプール。人気のない、水の揺らめきだけが聞こえる場所。僕は躊躇なく柵を飛び越え、プールサイドに降り立った。


闇が迫るプールの中央には、黒い何かが蠢いていた。




「お前が…」




話を聞く限り、もっと強そうなモノノケを想像していたのだが、目の前にいたのは、制服を着た、おかっぱ頭の、ステレオタイプなオタク風のモノノケだった。死んだ人間がモノノケに変化したタイプだろうか。


モノノケにもいくつかタイプがいる。人間みたいなものだ。


まぁ説明すると長くなるから省くけど、こういう皆が想像するような幽霊みたいなのもいる。




「えっと……さっきの女の子の体を触ったとか言ってたの、多分君だよね?」




僕が問いかけると、モノノケは変なことを呟き始めた。




「お、お前に…お前に何がわかるんだ…」




良かった。この前の蜘蛛より話が通じそうだ。


しかし、僕の投げかけた質問とは少し違った回答が返ってきた。会話は難しそうかな?




「えーっと、よくわかんないんだけど。とりあえず話してよ。僕もなるべく面倒なことはしたくないし、話して終わるんだったらそれでいいからさ」




「あ、あの子は………」




「うんうん、あの子は?」




多分あの子って佐倉先輩のことだよな。


そして、そのモノノケは震えながらつぶやいた。




「あの子は、僕のことが好きなんだ!」




「……えーっと、君が佐倉先輩のことが好きなんじゃなくって?」




「あの子…佐倉ちゃんは吾輩の初めての友達だったんだ。吾輩はもともと友達が少なかったけど、彼女は吾輩みたいなやつにも話しかけてくれたし、席替えで隣の席になったときは『よろしくね』って言ってくれた。それに消しゴムを落としたときなんか『落としたよ』って言って拾ってくれたし、これはもう吾輩のことが好きっていうことだよね。うんうんそうだ。」




すげー早口で過去を語り出したよ。




「けど…吾輩は死んでしまった………」




「ま、まぁそれは残念だったな。ちなみにどうやって?」




「家にあるフィギュアを舐めめ回しているときに親が部屋の中に入ってきて、それに驚いて机の角に頭をぶつけて…」




こういうこと言うのもアレだけど、死因くだらなすぎだろ。




「けど、吾輩は死んでから楽しくなってきたんだ。みんなからは見えなくなったけど生前も同じような感じだったからダメージはないし、むしろ何をしても周りから気づかれることはない。吾輩は何でもできるんだ。もちろん、佐倉ちゃんを好き勝手もできるし…」




グヒヒと汚らわしい笑いを見せる。


うーんキモ。




「なんだと!?」




ヤベ、口に出てしまった。




「そもそも、お前なんなんだよ。急に佐倉ちゃんと普通に話して…何なんだよ何なんだよ!!」




おっと、少しマズイな。敵意が生まれてきた。これは危ない兆候だ。モノノケは人間よりも自分の感情をコントロールしにくい。少しでも敵意が芽生えたらそこからドンドン沈み込んでいく。




「ま、まぁまぁ落ち着けって」




「うるせぇ!!吾輩の佐倉ちゃんと馴れ馴れしくしやがって!!!」




その瞬間、オタクモノノケが肥大化しだした。これはうちに秘めた霊力が表に出たな。


分析しているとオタクモノノケが唸り声をあげながら右ストレートを打ち込んでくる。




「ぐおおおおぉぉぉ!!」




「おっと」




おいおい。自分の立場が分かっておられないようで?


こっちはお前を倒す手立てはいくらでも持ってんだぜ?




「凰剣『剱』」




カゲロウが手元に収束し、長刀のサーベルを構築する。今日は剣の気分だ。


僕は剱を構える。




「生憎だが、お前の勘違い恋愛事情に付き合ってる時間はないんだ」




僕がそう言い放つと、オタクモノノケは怒号をあげる。




「勘違いじゃない!吾輩と佐倉ちゃんは両思いだ!!!」




あー、こりゃ重症だわ。

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