第8話 猫と虎と剣、闇夜に行く
小さな足音が、シーンとした商店街に三つ分だけ響く。
猫の足音は、当然のように他の二つより静かだ。
「このあたりかな、ボス猫さんが例の動物を見かけたって場所……」
敦が不安げにつぶやいて、辺りを見回す。
シャッターの降りた八百屋と魚屋。その間の狭くて暗い路地。
奥で何かがひっそりと息を潜める、そんな気配がしていた。
「気をつけて。何が飛び出してくるか分からない……」
鏡花はそっと、懐の“鞘”へと手をかける。
その足元で、白猫は耳をピンと立てて様子を伺う。
敦も、虎の爪をアスファルトに食い込ませて臨戦態勢。
「……私が先に行く。後からゆっくり着いてきて」
鏡花がそろりと一歩踏み出した、その瞬間。
――ガダンッ!
「あっ! こらっ!」
段ボールの影から何かが顔を出したかと思えば、それは捜していたアライグマ。
鏡花の姿を見るなり、壁をよじ登って逃げてしまった。
「待てー! 鬼ごっこは得意にゃ!」
まりこがすぐにアライグマを追いかける。
適性試験のときのように、猛スピードで風を切る。
室外機やゴミ箱さえも踏み台にして、屋根の上から先回り。
敦も鏡花を抱えて、虎の全力疾走を見せた。
「こらぁ! そこで止まれ!」
「と、止まるものかぁ!」
アライグマが逃げた方向に、黒いスーツの男、手には銃。
ひ弱そうなコートの男が追われていた。
「あ! ほらあそこ、アライグマ!」
男たちに気を取られていた敦たち。
屋根の上から、喝を入れるように少女に戻ったまりこが叫んだ。
???「ん? あぁ! カールではないかぁ! 随分捜したんだぞ〜」
敦「あれ、もしかして……ポオさんですか?」
ポオ「おっ!? 君はたしか探偵社の……! まさか、ここに乱歩くんは居ないよね?」
敦「今日は僕たちだけですよ? それより、このアライグマって――」
そう、コートの男はアライグマ『カール』の飼い主、ポオだった。
推理小説のアイディアを求めて知らない土地に来て、カールとはぐれてしまったようだ。
「何を話している!? 貴様らもこいつの仲間か?」
スーツの男は銃口を敦と鏡花へと向けた。
二人は息を飲む。――が、こんな状況は今まで何度もくぐってきた。
反射的に鏡花は鞘から手刀を抜き、敦も虎の足に力を込める。
ポオ「仲間ではないさ、カールの大事な友人である! 可愛いカールの友人に乱暴するならば、君たちは一生この小説から出られないだろうなぁ」
敦「ポオさん……!」
ポオは、ポケットから異様な光を放つ小さな本を取り出し、スーツの男たちに見せつけた。
「これは、ボスが言っていたこいつの異能力……退散だ!」
ポオの異能力『モルグ街の黒猫』――常人が一度食らえば、簡単には脱出できない推理小説空間。
もっとも、これを解けるのは乱歩くらいだ。
「にゃぉ〜」
屋根から突然降ってきた白猫は、ポオの脚にまとわりつく。
ポオ「ど、どうしたんだい?野良猫ちゃんかな?」
敦「ポオさん。その子がカールくんを見つけてくれた、立派な探偵社員ですよ」
ポオ「えぇ?! そうなのか! ありがとう、白猫ちゃん。よしよーし、いい子だ」
無事カールもポオの元に帰って安心したのか、まりこは喉をゴロゴロ鳴らしながら、ご満悦。
敦「これで任務完了、かな」
鏡花「うん。まりこがあんなに懐くなんて、ポオのくせにずるい……でも可愛い」
敦「鏡花ちゃんのことも、きっと信頼してると思うよ? まりこちゃんは、ちゃんと分かってる気がする」
まりこを見守る鏡花の目は、妹を見るようにとても温かく優しかった。
しばらくポオにまとわりついていた白猫。
「帰るよ」と手招きする鏡花の後ろを着いていき、敦の肩にぴょんっと飛び乗った。
――二人と一匹は、探偵社という“我が家”への帰路につく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます