第28話

 岳に誘われていつもの様に中庭で昼食を摂る。空が週末と打って変わり太陽が眩しい。


「そう言えばさ、面白い事を聞いたよ。野元海人のことだけど、虐めは担任も参加していたらしいよ。腐ってるよねここの学校」

「調べたのか?」

「ああ、何だか興味が湧いてね。そのままクラスを担当してるんだから、学校自体が腐ってるというか。まあ学校側は虐めだとは認識してないから、そんなものなのかな?」


 岳は何も言わずに、ただ正面を見据えている。手に握られたソーセージパンに、素晴らしいくびれが出来上がっていた。


「岳?」

「あ、ああ……本当、腐ってるな」

「岳がその場にいたら、喧嘩になってそうだよね」

「え?」

「だってほら、正義感が強いからさ」

「ああ。絶対に止めてた」

「でもさ、野元海人は虐められっ子だったのかな」


 岳のつり上がった目が、僕に向けられる。


「お前、調べたんだろ? だから教師まで加担してたって」

「まあそうなんだけど」


 彼から怒りのようなオーラが発せられていた。僕はそれが愉快であり美しいと感じた。それから彼は何も話さず僕を置いて、さっさと行ってしまった。

 僕も少し遅れて立ち上がり、岳の背中を見失わない程度に距離をとる。彼は教室の方へと向かっているようだ。まだ昼休み真っ只中の為か、人の行き来が少ない。彼は階段を上がって行き、僕は中一階分離れながら教室へ戻る。踊り場から階段を一歩上がろうとした時だった。


 甲高い短い声が聞こえると同時に、人がスローモーションンのように降ってきた。僕は咄嗟に身を引いて避ける。落ちてきたのは中津川で、体を丸め小さくうめき声をあげていた。何だか大きな虫のような嫌悪感が一瞬過る。見上げると手摺から彼が覗いていた。


 僕は周りに誰もいない事を確認すると、倒れている中津川を無視して再び下に降り、遠回りをして教室に戻る事にした。

 直ぐに中津川は発見されたのか、救急車が学校へと入って来る。一ヶ月の内でそうそう校内で救急車を見る事はないだろう。教室では担任が怪我をした、階段から落ちた、いや突き落とされた、じゃあ誰に? そこで野元海人の名前がちらほらと聞こえてくる。その中で岳は静かに読書をしていた。


 僕は何も言わずに席に着く。岳が僕を見ているのに気付き、視線を合わせてみた。そのまま互いに何も声を発さない。猛獣同士が睨みあい、目線を外せば襲われる。そんな感じだ。

 形のいい岳の口元がゆっくりと動く。


「見たのか?」


 それが何を意味するのか、直ぐに理解できた。


「何を?」


 彼はふっと口元を緩めながら薄ら笑みを浮かべた。


「大野はやっぱり変わってる」

「それは褒め言葉して受け取ればいいのかな?」


 岳は笑うだけだった。

 その後、副担任の前田から中津川に関しての説明があり、最近では恒例になりつつある自習になった。


 学校中が一年特進クラスの話で揺れていた。事故、殺人、担任の怪我。呪われたクラス。近づくな、飛び火するぞ。この調子だと来年からは、学校の怪談として受け継がれていきそうだった。その内に死んだ佐伯や宮川も登場するだろう。死んでも尚、話題になれるのだから二人は満足に違いない。僕の足はステップを踏みそうなほど軽やかだった。


 家に帰ると直ぐに自室に閉じこもった。野元海人の日記を読むためだ。まだ数ページが読み進んでいない。ただその数ページで、野元海人がどれだけ彼女を想っていたか、はかる事は出来た。自分には理解できない部分ではあったが。物語調になっていて主観が多く、そこから彼の持っていた影が取って伺えた。


 例えば、彼女と気持ちを通ずる事が出来ない。ならば深く心に残りたいと少年は日々考えていた、と。内容的には告白をして振られたが、その後もそれまで通りに接していたようだ。彼の気持ちは日に日に募るばかり。前半は虐めの事を交えながら書かれてはいたが、彼には痛くも痒くもないような内容だった。


 後半はほとんどが彼女の事ばかりで、正直その気持ちが文章を重くしている。そんなに好きならば、抱けば良かったのだ。ただ本当にものにしたのであれば、単に抱くだけでは駄目だろう。顔を隠して犯し、その後に身も心も傷ついた彼女を親身になって接する。


 彼が生きていた時に出会っていれば、そう助言しただろう。

 僕は深夜になっても彼の物語を読み続けた。




 翌日の放課後、部室が集まっている一角に人の出入りがある所みると、部活は復活したらしい。岳も早々と部活へ向かったようだ。僕は帰り支度を済ませ、剣道部を見に行く事にした。


「あれー? 大野くん?」

「室井さん。今日は無駄足にならなかったんですね」

「ちゃんと確認をしたからね。所でどうしたの?」

「岳ってどんな感じなのかなあって。帰るついでに一度見てみようって思ったんで」

「岳ちゃんならあそこだよ。なんか殺気立ってるんだよねえ。怖い怖い」


 室井は自分を抱え込むようなジェスチャーをしている。僕はぐだぐだと話している室井に適当な相槌を打ち、その場から早々に切り上げた。

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