第3話

 気が付けば、横に座っている諏訪部を観察している自分がいた。僕は彼から目が離せないでいる。この感覚を僕は知っていた。


「大野君?」


 僕の熱視線に気づいたのか、諏訪部が振り向いた。

「ごめん。ぼうっとしてた」

「岳でいいよ。諏訪部君ってなんか仰々しいし、これから大野君とは仲よくしたいしさ」

「なら、僕の事は大野でいいよ」

「大野? 下の名前は」


「嫌なんだ」

 岳は自分に何か不満でもあるのだろうか、という顔をしている。僕はこれから友となるかもしれないまだ友人未満の岳に、名前を言わなくてはならない。


「岬……女みたいで嫌なんだ」


 岳が笑いを我慢しているのがわかる。なぜなら頬が痙攣していたからだ。


「ごめん。大野って案外ナイーブなんだと思って。よろしくな大野」


 自分が嫌がっているのをくみ取ってくれた岳とは、仲よくなれそうな気がした。



 休み時間、常に岳の周りには人だかりが出来ていた。やっと彼が解放された、いや逃げる事が出来たのは昼休みなってからだ。自然に僕と岳は、購買でパンと飲み物を買うと、中庭にあるベンチで日に当たりながらそれを食べていた。

 中央には丸い円形になった芝生に木が一本植えられ、そこから派生するように色のついた石畳が十字に伸びている。石畳の端にはベンチが幾つか置かれている。外は風と太陽が、気持ちいい空間を作ってくれていた。


「参ったよ。質問ばかりで」

「でも偉いよ。ちゃんと答えてるじゃないか」

「まあ……最初が肝心だからさ」


 そう言ってパンにかぶり付く岳は、自分にはない男らしさを備えている。


「でも大野は、モテるだろ?」

「ああ、そこそこ」

「自信家」


 確かに、編入してきてから何人かから告白をされた。でもここの女子生徒は今までと違い、軽い付き合いができそうにない。キスするだけでも自分の女になったと思われては、たまったものではなかった。


「岳こそモテると思うけどね」

「どうだろう」


 空は高く、青くて雲ひとつない。そこに鳥が何羽か、気持ちよさそうに羽を精一杯に広げ、風に身を任せていた。のんびりとした空気が流れていたが、岳がそれを少し変える事を言う。


「大野、ここで事故死があったのを知ってるか?」

「ああ」

 

 編入前にネットで、これから自分が通う高校がどんな所かを調べているときに、たまたま検索に引っかった記事を見たことがあった。それは小さな記事だった。


「確か、屋上からの転落した事故死のやつ?」

「ああ」

「それならここに来る前に、ネット見たくらいかな」

「本当に事故死だったのかな……」

「え?」

「いや、なんでもない。それより大野はクラブ、何に入ってるんだ?」


 この高校では、必ずクラブに入部しなければいけなかった。それが特進だろが関係なく文武両道などという古臭い文字に踊らされた決まりだった。体を動かす事が嫌いだった僕が選んだのは、必然的に文化部になる。


「文芸部」

「え?」

「だから文芸部。小説やら詩を書いて、一ヶ月に二回ほど発表するんだ。まあ一番楽なクラブかな」

「……文芸部」


 岳は何かを見つけた様に、遠くの方を見ていた。リアクションに困っているのだろうか。確かに自分でも文芸部などガラではない。でも一番活動日数が少なくて、顧問もいい加減な感じがしたから丁度良かった。


「まあ、僕に似合って無いのは分かってるよ」

「あ、そう言う事じゃないんだ。文章を書くって難しくないかなって思ってさ」


 初めは僕もそう思った。だが案外書けるものだったし、別に何を目指している訳でも無い。適当に書いて発表するだけで難しい事はなかった。


「まあ適当だよ。部員もいないに等しいし」

「へえ、何人いるんだ?」

「僕を合わせて三人。あと顧問のおじいちゃん先生かな」

「少ないんだな。大野みたいな奴、もっといそうなのに」


 確かにそうだった。でも余程の物好きでなければ入部はしない様な気がした。最近知ったのだが、同人誌の様な物を年に一度作ったり、公募に出すという事をしなければならないのだ。でも書く事が出来なければ必然的に辞退になる。僕は、書けなかった事を言い訳に提出するつもりはなかった。ただ同人誌については、人が少ないため見送られる方向ではあった。


「まあ少し面倒な所があるから」

「でも、本は読むんだろ?」

「まあ……普通には読むだろ? それにしても平和だな」

「……」


 半分は、ここに対する嫌みでもあった。あとの半分は、何か面白い事、非日常的な事でも起こらないだろうかという不満だった。

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