08. 駆け出し冒険者になりました
「あーやっぱりあの坊主だよな。いきなり逃げてったから心配してたんだ。元気そうで安心したぞ。てか、お前フローラと何してんの?」
男は大股でこちらに歩いてきた。彼には確かに見覚えがある。ややくすんだ銀の髪に、琥珀色の瞳。整った顔に浮かぶ軽薄な笑み。間違いない。
「あ」と小さく声を上げた僕を見て、隣のフローラさんは、不思議そうに首を傾げた。
「マール、あなたいつラーシュと知り合いになったの?」
「ハーネに来た直後です。目的地に着いて、浮かれて隙だらけだった所に、うっかり人攫いにあいまして……」
「分かった! その人攫いがラーシュだったのね?」
「ちげえわ! 攫われかけたそいつを、俺が助けてやったんだよ!」
ラーシュと呼ばれた男がつっこむと、フローラさんは、あははと笑って謝った。
「ごめんごめん。この子、あなたの好みだから、てっきりそうかと」
「いくら好みの顔でも男は襲わねえよ!」
「えぇと……あの時はありがとうございました。お礼もせず逃げちゃってごめんなさい」
ペコリと頭を下げると、男はひらひらと手を振った。
「いや謝んなくていい。あんな目にあったら、他人警戒するのも当たり前だ。知らんやつにホイホイついてく方が危ねえだろ」
男は笑って、僕の頭を親しげにポンと叩いた。
彼は師匠の知り合いらしい。前回会った時は、本当に僕を助けただけだったようだ。彼のような善良な人間もいるんだな……と、僕の中で、ラーシュという人物の好感度が爆上がりした。
「ところで、お前に美人の姉妹がいたら紹介してくれ」
前言撤回、やっぱり軽薄なやつだった。
「で、お前らギルドになんか用?」
「ええ、私の依頼の確認と、ついでにこの子の冒険者登録をしに来たの」
「……フローラ、お前本気? そいつそんな頼りない形で冒険者とか、大丈夫なのかよ」
「……余計なお世話です」
琥珀色の目を丸くした男に、ムッとして言い返したら、横から師匠がフォローした。
「あのねえラーシュ。私の弟子に、いちゃもんつけないでくれる? マールの実力ならすぐ中位ランクに行けるわよ。見てなさい!」
「は? お前が弟子取ったなんて初耳だぞ」
「最近の話だもの。家と森を往復して、ひたすらこの子を特訓してたから、知ってる人もほとんどいないわ」
「……そっか、ならこいつは"獄炎の魔女"フローラの正式な弟子なんだな」
「そうよ。これから私が一人前に育ててみせるわ」
フローラさんは僕の肩に手を置いて、フフンと笑った。男は納得したように頷いて、僕にニカッと笑いかけた。
「すごいなお前。フローラに弟子入りしたい奴はごまんといるが、よっぽど才能がないと弟子にしないって有名なんだぞ」
今度は誉められた。毒気を抜かれて何となく脱力していると、彼はポンと手を打った。
「んじゃさ、そいつの冒険者としての門出を祝って、俺ら三人でどっか飯食いに行こうぜ。ここで会ったのも何かの縁だしな」
「いいわねえ! マール、今夜はこのお兄さんと食事行こっか」
「えーと、ありがとうございます……?」
思わぬ流れに困惑する。会ったばかりの人達にこんなに良くして貰うなんて、バチが当たりそう──そんな不安が頭を過る。
……でも、こう考えるのは僕の良くない癖らしい。
師匠が言うには、僕が不安になりがちなのは、今までの環境が酷すぎたからだそうだ。
確かにその通りではある。ほんの数ヶ月前までの僕は、誰からも顧みられないどころか、家のために五十手前の色ボケジジイに嫁にやられる、道具のような存在だった。
人生真っ暗で、夢も希望もなかった。
それが一転、見習い魔法師になれたばかりか、冒険者になるのを祝ってくれる人がいる。
手の甲をぎゅっとつねってみると、普通に痛かった。涙目になっていると、「何泣いてんのお前」と男が僕の頭を軽くつついた。
「ただの汗です」
「ふーんそっか」
くすりと笑った男から、プイッと顔をそらす。その様子をほのぼのと眺めていたフローラさんが、ぽんと僕の肩を叩く。
「マール、ギルドの用事はさっさと済ませちゃいましょう。そしたら今日はお祝いよ。ラーシュはその辺で待っててね」
「おう、後でな」
手を振る男に見送られ、僕は少し緊張しながら、師匠とギルドに足を踏み入れた。
────僕の登録手続は、拍子抜けするほどスムーズに終わった。予め、フローラさんが僕の偽の身分証を用意してくれたからだ。有名な魔女ともなれば、そういう伝手に事欠かないらしい。
「決死の覚悟でうちに来たマールのためなら、多少の違法行為は辞さないわよ」
フローラさんは僕にそんな事をこっそり囁いて、うふふと笑った。かわいい。そしてとても頼もしい。
「マール様の登録手続は以上です。それから、フローラ嬢への依頼ですが……一件ございます。いかがなさいますか?」
「ふむ、見せていただける?」
「こちらです。条件をご覧になり、受領される場合はサインをお願いします」
「そうね……今回は受けようかしら」
受付嬢に渡された紙を読んだ師匠は、依頼受領のサインをして紙を戻した。これで用事は終了。建物を出ると、ラーシュが赤レンガの壁に凭れて待っていた。
「よし行くか。肉食うぜー!」
「ねえ、マールは何か食べたいものはある?」
「そうですね……野菜とか……?」
「そこはせめて、魚とかにしとけよ……」
「じゃあ魚で……揚げたやつが食べたいです」
「そうしろ。子供が遠慮なんかせんでいい」
うんうん頷く男は、やっぱり失礼な奴だった。
「子供扱いはやめてくれませんか。これでも成人なんです」
「え、お前十六なの!?」
「もうすぐ十七です」
訂正すると、彼は「信じられない」とばかりに愕然として、くるっと師匠を振り返り、妙に真剣に問いただした。
「フローラ、こいつにちゃんと食わせてる?」
「失礼ね、毎日三食食べさせてるわよ!」
「師匠は悪くないです、僕が元々、食が細いだけなんで! ちゃんと三食おやつ付きです!」
師匠が誤解されてはいけない。僕は必死で主張した。
これでも、以前と比べれば肉付きはずっと良くなったのだ。筋トレも続けてるし。
でも元が貴族令嬢なだけに、食が細いのはどうしようもない。加えて食事を度々抜かれてたので、僕の栄養状態はいいとは言えなかった。
あと女性ならそこそこ長身でも、男性としてはやはり背が低い。
「本当にちゃんと食ってんの?」
「本当です!」
「そうか。でももうちょっと栄養つけた方がいいぞ。魔法師だって体力は必要だからな。今日は俺の奢りでバンバン食わせてやるから、覚悟しとけよ」
「わーい! じゃあ、お店で一番高いの頼もうかしら!」
「お前には言ってねえ!」
喜ぶ師匠に男がつっこむ。
僕は二人に挟まれて、わいわいと話しながら、食堂に向かって歩き出した。何だか胸が温かくて、またちょっとだけ泣きそうになったのは秘密。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます