トングが聖剣?使わないけど〜最強女勇者だけどイケメン達に守られていたいんです〜
黒砂無糖
第1話 大きな栗の木の下で
ある晴れた秋の日のこと、大きな栗の木の下で小柄な女の子が、背中に哀愁を漂わせ、涙を堪えながら、栗を拾っていました。
私は、落ち込んでいたのに、あの男……
私は彼氏に浮気をされたあげくポイ捨てされてしまった。しかも、ようやく気持ちに折り合いをつけたのに……
昨日元彼が、家にあった荷物を、わざわざご丁寧に、浮気相手の女と一緒に届けに来たあげく、
「いつまでもうじうじと、お前、まだ辛気臭い顔してるのかよ……」
と、トドメの一撃を喰らわされたのよね。
余りにも悔しくて、気晴らしに自宅の裏庭で栗拾いをしているのだけれど、気が緩むと悔しくて涙が出てくる。
「沢山拾ったら、何作ろうかなー。キントンに栗ご飯に、モンブラーン」
無駄にテンションを上げた背中のカゴの中で"栗のイガイガ"が、ガサガサと音を立てている。
「わざわざ見せつけに来るなんて……ちくしょう、この栗を投げつけてやればよかった!」
悔しくて、忘れたくて、忘れられなくて、目に滲んだ涙を拭った。
「大きな栗の木の下で〜♪あなたとワタシ〜仲良しコヨシー〜♪」
やけっぱちで歌を歌い、カラ元気を出して栗拾いをしていると、ブワッとつむじ風が起こり、落ち葉がくるくると風と共に舞い上がった。
私は思わず目をギュッと閉じた。
風が止み目を開けた時、目に砂でも入ったのか、景色に違和感を感じたが、目の前に転がっている立派な栗に気を取られ、カゴがいっぱいになるまでせっせと栗を詰め込んだ。
「そろそろ、いいかな?」
背負っていたカゴが一杯になったので、帰宅しようとあたりを見渡したが、周りに全く見覚えがない。
「ここ……どこ?」
私は裏山に居たはずだ。山と言っても栗の木が生えた小さな丘だ。
——迷うはずがない。
「あれ?家が無い?」
辺りを見渡す。いつもの栗の木はあるが、他の木は裏山の木ではない。
「困ったわ、携帯を置いてきちゃった」
今手元にあるのは、栗がいっぱい入った籠と、栗を掴む分厚い皮の手袋と、栗拾い用のトングだ。
「どうしよう……迷ったのかな?さすがに、この姿で迷うのは恥ずかしいわ」
私の今の恰好は、顎の下に紐がぶらぶらしている麦わら帽子に手縫いを挟んで被り、足元は栗の針に負けない頑丈なゴム長靴を履いている。
『栗拾いスタイルフルセット』だ!
何が起こったのか分からず、途方にくれていたら、遠くに馬が走っているのが確認出来た。
——馬が走っている?!
しかも馬の背には、西洋の甲冑が乗っていた。
「なんで……馬?」
複数の甲冑が馬に乗っていた。まるでお話に出てくる騎士団の様だった……
「意味がわからない!!」
——人が居た。でも、コスプレ集団だ。馬にも乗ってる。
栗、折角拾ったのに。帰れなきゃ、栗ご飯も、きんとんも作れないじゃない。
——もう、踏んだり蹴ったりだわ
「どうしよう、なんかおかしいよ……」
どうして良いか分からず、ただ立っているのも疲れるしと、座れる場所を探した。
足元はアスファルトやモルタルなどではなく、小枝と小石がゴロゴロしてる。
腰掛けやすそうな平たい岩を探して座る事にしたけれど、座った所で何も変わるはずもなく……
「神隠しかなぁ……」
私は呑気に呟き現実逃避をした。
目の前に広がるのは草原、後は栗拾いをしていた山、帰りたいのに帰れない。
いっぺんにいろいろ起きたせいで、私は受け入れることが出来なかった。
しかも……暇だ。足元の石ころを数えるくらい暇。
——気分は賽の河原だわ
「え?もしかして、私、死んでる?」
栗拾い中に?つむじ風に……飛ばされたっけ?
声にすらならず、ぶつぶつと言いながら小石を並べる姿は、きっとかなりの怪しさだろう。誰も見ていないから良いけれど、見られてもいいから、今は誰かいてくれと思う。
「困ったなぁ……」
石を並べるのには飽きてきたから、今度は石でも投げるかと、1円玉位の小石を手に取り、軽く草原に向かって投げたら……
シュパーン!!
小石はものすごいスピードで飛んでいった。
——200メートル位遠方で爆発したんだけど……?
「は?……まさかね」
自分でやったとは思えなかったので、確認のためにもう一つ、今度は野球ボール位の石だ。
「ピッチャー振りかぶって、投げましタァ!!」
ゴォーッと風切り音が鳴り、
ズガーン!!と爆発音がした。
その後グラグラと地震も起きた。何故、石を大きくしたかって?なんとなくよ!
「な?何これ?」
あの爆破は私のせいなのかな?だとしたらなんなのよ……
こんな力は、メジャーリーガーもびっくりだ。
そんな事より……この状況、誰か説明してと思うけど、誰も居ないんだよな……
ここは、いつもと違うのは分かった。他にも何か違いはあるのか、何をしたら分かるかな?
「とりあえず……」
私はさっき座っていた平たい岩を叩いてみる。まずはノック程度から……
「もしもーし」
———コン
"グシャァッ"
ワンノックでした。いよいよおかしいよなぁここら辺の岩が柔らかいのかな?
場所を移動して大岩に昇格した。
「もしもーし」
——コンコ
"ゴリグシャァッ"
……再びでした。
「んーこれはもしかして、いや、そんな訳無いか」
座る石がなくなって(破壊した)しまったから、違う物を探す事にした。
とりあえず目についたのは直結50センチ程の木
手にしていたトングをぶらぶらしていたので
「フン!」
と木の前で、素振りで横一線を振りぬいたら……
ズズゥン!
大木は綺麗に切れました。私、切り株に座れそうです。
私は失恋で頭がおかしくなったのか、もしくは、おかしな世界に来てしまったみたい。
「私が変なのかしら?」
もしかして、自分が強くなったのかもと思い、背中に背負っていた籠を切り株に起き、いが栗を一つ手にして、直接指で突いてみたら……
——栗のトゲトゲがぐにゃりとゴムみたいに曲がった。
今度は、切り株に栗をイガごとポンと落としてみたら、イガはサクッと深く突き刺さる。
「どんな構造してるのよ?本当に栗?」
柔と剛を併せ持つ栗のイガ……
なんだか急に不安になり、籠の中伏から下は、自宅裏の栗であるのを思い出し、先程トゲトゲがぐにゃりと肌を避けたのを良い事に、えい!っと籠の中に手を突っ込んでみた。
「……全く痛くないわ」
出来るだけ下の方に手を入れるも、下の方の栗も刺さらない。
「物質そのものが、変化してるのかしら?」
昔あった空想の産物『どこにでも行けてしまう空間移動のドア』は科学的に、空間移動の際、肉体が、原子レベルに分解されて、再構築される……的な話だったはず。
「ここに移動する時、栗と私の遺伝子の組み換え、間違えちゃったのかな?」
変化したのかな?それとも、持っていた物がおかしいのかな?
手に持つ栗拾いトングを見る。
岩があんなにやわらかいなら、木はもっと柔らかいのかしら?と倒木に当てて見ると
「まるでゼリーを切るようだわ!薄切りも、向こうが透ける程の切れ味って、通販の包丁?」
栗拾いトング、どれだけ優秀なの?
ふぅーと息を吐いて、自分の置かれている状況を把握する。
「……転移だよね、これ」
お話しなら知ってるけど、まさか自分の身に起こるなんて思わなかった。
「困ったなあ……」
切り株に座り、どうするべきか考える。けど良い考えは全く浮かばない。とりあえず、今起きている事の状況の把握に必死で、失恋して凹んでいた事などスッパリ忘れ去っていた。
「暇だし、とりあえず栗でも剥くか」
倒れた木を座りやすいサイズに切り出し、それを椅子の代わりにしようと持ってきた。
「木の塊のはずだけど、重さも全く感じないわ」
切り株の側に下ろすと、ドサッと重量のある音がした。
「……重さが無くなった訳ではないのね」
切り出した丸太に座り、切り株をテーブル代わりにして、片っ端からみかんでも剥くように、素手で栗を掴み、剥いた栗を次々と籠に入れていく。
10分もかからず、栗は全て剥き終わった。
手先がやたら器用になってるし、目も凄く良くなってるような気がする……
——いつまでも、ここにいるわけにいかないよね、
「一旦、移動してみるかな」
籠の上部に剥いた後のイガを隙間なく詰める。イガ同士絡んで良い感じに蓋ができた。
「よっこらせ」
重くはないが、籠を背負う時ついつい言ってしまう。
どこに向かうべきかと、遠くを見る。遠く、遠く、遙か遠く?
「どこまで見えるのよ!私の目カメラのズーム機能かな?あれ、天体望遠鏡クラス?」
ピントを固定してゆっくり視界を移動すると、視線の先に障害物があるのか、何も見えない。
ゆっくりズームアウトして、少しずらしてみると見張り台の様な建造物が見えた。
「誰か、いるわね……見張りの兵士かな?」
建物の上部を確認すると、人影が三つあった。
ピントはそのままで、更にぐるっと見渡すと
「……兵士?」
もう一度見張り台周辺を見ると、簡易宿舎の様な物がある。沢山の兵士が、慌ただしく武器を手にして右往左往している。
「何かあったのかしら?」
自分のいる位置を数歩少しずらして、もう一度見つめなおしたら
——山の様なサイズの猪がいる!!
さっきの障害物はこれだったのかもしれない。
「ここ……異世界だわ」
大きな猪を見たら、妙な納得をしてしまい、そして、自分の置かれている状況に思いをはせる。
やたら強い腕力、はるか遠くを見れる瞳、無駄に能力を強化されているのがわかる。
「……勇者召喚に巻き込まれた、転生チート?」
お話しの世界によくあるやつよね、なんでで私?栗拾ってたのに?
考えながらも、視界は山のような猪を捕らえたままだ。兵士達は大きさの違いから手こずっているように見える。
面倒ごとに巻き込まれたくはない。正直関わりたくないけど……
かすかな希望をもって、周りを見わたしても他に援護出来そうな人はいない。
「見放すのも寝覚め悪いし、手を貸す?」
しかし、目立ちたくないし能力バレもしたくない。
「そうだ!」
私は切り倒した木の元へ行くと、先の尖った長めの槍のようなものをトングを使って3本ほど作った。
山のような猪が見える位置へ移動して、角度を計算して頭に向かって「えいっ!」と投げた……
「よし、いい角度!」
私の実家は弓道場を運営していた。
物心ついたころから私は弓を触っている。大会も、何度となく好成績を残したの。昔から、的あてなどに、なぜか心が奪われた。血筋だったのかなかな?
自室の壁にはダーツの練習用のボードを設置して、日々、的に向かって投げていた。陸上部の大会も頼み込んで、槍投げに参加したことがあったけど、的がないからアレはちょっと違った。
2本目も投げるかと構えた時、
スガン!ドゴーン!!
と、時間差で"さっき投げた槍"の衝撃による爆発音がした。遠くに土煙が立ち込めている。目を凝らすとそこには爆散した何かが見えた……
私はすっと目をそらした。だってグロいし……血液は紫色だった。
この世界には、あんな生き物が他にもいるの?あれは特別?
「槍、せっかく作ったのに……余っちゃった」
重さも感じないし、折角だから背中の籠に突き刺しておく。他にも同じのがいないかなとズームアップしてみると、ふと不思議な感覚になった。
目的を持って探すと、何故か障害物が透けて見える。
いたよ、山猪……勝手に名前つけてしまったわ。
「……ついでに、アレもやる?」
山猪は2時の方向30kmほど先に一匹と4時の方向15kmに一匹。背中の槍は2本。
周りに人はいないけど、障害物が邪魔でダーツの軌道では土地がえぐれる未来しか見えない。
籠を下ろし、槍を手にして槍投げのポーズをとる。アーチを計算して2時の方角の天空に1本。角度を変えて4時も方角にも1本、的(山猪)に向かって投げた。
「……遠いけど、的は大きいから大丈夫でしょう」
“よっこいせ”と、重くもない籠を背負う。
「さっきの兵士達の所へ行こうかな?とりあえず世界観が知りたいし……」
まだ片付けの最中だろうから、ゆっくり向かおう。と歩き出した頃、忘れていた衝撃がやって来た。
ボカーン!グラグラ
近場の山猪の位置では、しっかりと地震も起きたよ。高さがあったから仕方がないね
遠くで、でゴゴゴゴゴゴゴって音もする。
2本目に投げた槍かも知れない。念のため山猪を探るといなくなったようだ。
しっかりとは見なかったよ?だって血みどろなんて怖いじゃない。
——とりあえず、鎧の騎士のいるところへ行こう。
———この選択は、チャコの運命を"大きく変える出会い"の始まりだった——
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