11.爆発寸前!破壊を阻止せよ
「ここがアタシの研究所だよ!」
俺達はほとんど誘拐に近い形でメルルの研究所に連れて行かれた。大人二人を子供が引っ張って街中を走る様子は多分だが滑稽だったろう。いやよく考えたらメルルは街では名が知れ渡ってるはずだから、彼らからしたらいつも通りの光景なのかもしれない。
レンガ造りで三階建ての家だ。赤のレンガは色褪せていて茶色になり、全体としてかなり寂れた雰囲気を感じる。古城……と言えばいいだろうか、なんだかやばい気配もそこら中から漂う気がする。
「じゃあアタシちょっと庭でやることあるから先入ってて!」
「お、おう」
俺とエルフィーナは研究所のドアの前で立ち止まった。ドアノブが無かったからだ。ならば押せばいいと思うかもしれないが、重い鉄で出来ているようで、俺がいくら押してもビクともしなかった。
エルフィーナが風の魔法をぶっぱなそうとするのを止め、俺はメルルを呼んでドアを開けてもらうよう言った。
「メルル!ドアが開かないんだが!」
「ああごめんごめん!今開けるからちょっと待って」
メルルは着ていたジャケットのポケットから手のひらに入るサイズの魔道具を取り出した。瞬時に火が付くと、それを花瓶に投げ入れた。待ってそれだと燃えないか?
石で出来た花瓶は燃えだし、焚火のようにパチパチと音を立てた。俺は不安しかなかったが、メルルは自信満々な様子でガラクタだらけの庭を漁っていた。
「嘘……」
(自動ドア……だと?)
正直目を疑った。あの重かった鉄のドアが、ゆっくりと少しずつ開いていくではないか。俺はこの時、紀元前に作られた世界で最初の自動ドアを思い出した。
(そうか……!さっき火を付けたのは蒸気機関のためか!)
「すごっ!これ魔法で全部代用出来る!」
ロマンの欠片も無い発言したエルフィーナを小突いて黙らせる。しかしすごいものだ……まさか異世界に来て蒸気機関を見るとは思わなかった。兎にも角にも、全てに納得がいった。それと同時に、このメルルという年端もいかない少女は相当の頭脳を持つということを改めて実感した。
「なぁ、これお前が思いついて作ったのか?」
「そうだけど……?でも街のみんなはこんなに時間かかるくらいなら自分で開けた方がいいってさ」
「メルル、これについてもっと研究しよう!」
「うわっ、何さ急にアタシの手なんか握って」
俺はこれまでにない高揚感を覚えていた。
*
「ちょっと散らかってるけど適当に見繕って座って。今飲み物取ってくるから!」
メルルは二階に繋がる階段を登った。まともに座れるような場所は見当たらないが、適当に見繕って座れと言われたので、多少はそこら辺に押しのけてもいいだろう。それに俺が床に散らばった荷物の位置を動かしたとしてもどうせわからない。
「広いのに狭いな」
「そうね……掃除したい」
エルフィーナの家よりもずっと広かった。軽く二倍はあるだろうか?しかもそれが三階まであるとなったら、もはやエルフィーナの家に勝ち目は無い。そもそも競ってないが。
「お待たせ、メル・コークだよ!」
なんというか、黒くてドロっとした飲み物だ。香りは悪くない……と思いたいが、とてもこれを飲む気にはなれない。エルフィーナの方を見ると、彼女もこれを飲むのを躊躇っているようだ。
(本当に飲めるのかこれ?……人が飲む色と質感じゃないが)
俺は迷ったが人様──といってもドワーフとエルフのハーフだが──から出してもらったものだ。断る訳にはいかない。
「……意外といける──いや美味いかもしれないぞこれ!」
「えぇ?──うっわ、結構美味しい!こんなの初めて!」
グロテスクな見た目とは裏腹に味は悪くない。炭酸が強く、ほのかにハーブと薬草の香りがする。よく冷やしてあって、清涼飲料水としては満点な味だ。
それにしても癖になる味だ。
「ああ、それは黒石だよ!高純度の」
「ごはぁ!それを先に言いなさいよ!おえええ!」
エルフィーナは空になったコップを投げると、急いで飲んだものを吐き出そうと喉の奥に指を入れた。しかし、黒石とはなんだ?高純度……なんだか怪しさ満点な気がするが。
「なぁエル、黒石ってなんだ?」
「あんたねぇ……黒石を知らないの?あの燃える石よ!」
「え、はぁ!嘘だろおい!」
燃える石、パッと頭の中に浮かんだのは石炭の二文字だった。石炭を蒸し焼きにしたものをコークスと呼ぶが、確かにコークとコークスだと響きが似てるな。
って、本当だったらまずいな。
「うおえええ!」
「ちょ、ちょっと!アンタ達!投げないでよ散らかっちゃう!」
「こ、黒石なんて飲んだら爆発しちゃうでしょ!」
爆発。
腹の中で爆発するのか……終わったな俺ら。
「まぁ?確かに爆薬にも使えるけど……火とか雷属性の魔法を使わなければ大丈夫だって!」
「飲める爆薬ってなんだよ!」
俺は思わず立ち上がって大人気なくキレてしまった。メルルは目に涙を浮かべながらメル・コークのコップを拾い集めた。俺は申し訳なさで死にそうだったので、とりあえず投げ飛ばしたコップを拾い渡した。
「ごめん……その一応聞きたいんだけど、本当に安全なんだよな……?」
「うん……魔力を安定化させた状態で保存してあるから直接着火しない限り爆発はしない」
だいぶ怖いが、まぁここまで言うならとりあえず信じるしかない。胃の中に入ったんだからもう自爆覚悟で行こう。その直後、部屋の中にサイレンが響いた。聞いたら不安になるような音で、メルルは振り返ると音の方向へ走り出した。
「どうした!」
「やばっ……また起動しちゃった!」
「行くか」
俺達はメルルについていった。メルルはサイレンを止め、レンチやらドライバーやらを取り出して魔道具を直している。どうしたと聞いたが、メルルは集中していて耳に入らないようだ。
「アンタ達二人、早く避難して!この魔道具は爆発するかもしれない!」
「えっ?」
「爆発だと!原因は?」
「魔力融合炉が不安定になってる!それ取って!」
俺は言われるがままにハンマーを取った。メルルは受け取ると急いでパイプを叩き始める。叩いたら尚更悪化しないか……
思ったんだがこの魔力融合炉が爆発しそうになっているのは、蒸気がパイプの中に溜まっているからじゃないのか?だとしたら俺に出来ることは一つのみ。
「って何してるの!変にいじったら爆発する!」
「これは恐らく蒸気の溜まりすぎが原因だ。熱も籠っていていつ破裂してもおかしくない。ならその蒸気を取り除くべきだ!」
俺は生きたい一心でボルトを緩めた。刹那、熱い蒸気が吹き出し室内を瞬く間に満たした。間一髪で灼熱の蒸気から身をかわすと、依然煙を吹く魔道具を離れたところで見守った。
「嘘……反応が落ち着いた……?」
「やっぱりな、蒸気が溜まりすぎていたんだ」
「アンタ何者なんだ!どうしてこれの対処法を見つけたんだ!」
別に、特別なことをしたわけじゃない。ただ空気を抜いてあげただけだ……しかし、なぜメルルはこの対処法を思いつかなかったのだろうか。自動ドアを作り上げるほどの頭脳があればその程度容易いはずだが。
「メルル、あんたほどの頭脳があれば蒸気を抜けば解決するという結果に思い至るはずだが」
「蒸気を?でもそんなことしたら魔力変換効率が落ちちゃう」
「なるほど……変換効率の問題か」
ん?いや待てよ、少しのエネルギーすらも無駄にしない精神で他の人も実験しているとしたら、相当な数の事故が起きているはずだ。事故を振り返るとかはしないのか?
「少し気になったんだが、もしもこれが爆発してたら……その威力はどれくらいになってたんだ?」
「んー考えたこともなかったな……最低でもフォージレーン区は吹っ飛ぶだろうね」
フォージレーン区、多分この街のことだろう。
なるほど生存バイアスか。実験に失敗した人が誰一人として生き残っていないと考えれば納得だな。というかそんな危険な爆発物を街の真ん中で実験するなよ。
「爆発は……?止まった?」
怯えた様子でテーブルの陰からエルフィーナが頭を出した。俺が軽く頷くと姿を現し、ズカズカとガラクタの山を超えて魔道具を見た。
「これって何?」
「固定型魔力供給装置〈マナフィールドβ〉。これが何個かあれば都市全体に魔力を供給出来る」
「すごっ……そんなのが爆発したら確かに街が吹っ飛ぶわね」
(ふむ……)
俺はほんの一瞬だけ考えた。
メルルを仲間に引き入れようか。
勇者、魔法使い、技術者、この三人が組めば魔王討伐も夢じゃない。しかし……街に貢献してる彼女をそう簡単に連れて行っていいものなのか。
「なぁメル──」
すごい目で俺を見てくる。
子供がおもちゃを買って欲しいと強請るあの時のように、目を輝かせながら俺を見ている。一体……一体何が望みなんだ!
「ちょっと散歩に……」
俺はメルルの視線が気になり外に出た。
ついてくる。研究所の外周を歩いてみたが変わらずついてきた。走っても、歩いても、どこか適当な場所に身を隠そうとしてもピッタリ二馬身差でついてくる。
「メルル!さっきからついてきてどうしたんだ!」
「むふっ、気づかれたのならしょうがない。さっきの技術、是非とも学びたいところだ」
「……どういうことだ?」
「特別にアタシが二人についていってやろう!」
「いや、なんで?」
「アンタについていけばアタシの技術はもっと上達するかもしれない。ならば研究者として当然ついていくべき!」
ふむ、随分と出来たシナリオだな……俺があのバルブを緩めただけ、それだけでついていくことを決意するのか?少し早急な気もするが、一応ついてくることを許可するとしようか。
「まぁ……これほどの頭脳を野放しにしておくのも惜しいしな、よろしく頼むよメルル」
「タクミ……だっけ?アタシの技術を更に高めるための糧になることを祈ってるよ!」
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