第三十五話 魔法とはじまり
私の杖から放たれた呪いは障壁を貫通し、ヨアキムに正面衝突した。まさか呪いだとは思っていなかったのか、それまで一向に変わらなかったヨアキムの表情が崩れる。
「なっ……にを、かけた!?」
「魔法、使ってみればわかると思いますよ」
マーガレットから教わった呪いは、私でも使える簡単なもの。ただし今まで人に掛けたことがなかったものだから実際にどんな効果か目にしたことはない。ただ、一つ言えるのは。祖父と祖母は存外、悪戯好きだったのかもしれない、ということだ。
「は? ……『
ヨアキムが銃を撃った瞬間、ポンッ! と、その場に似つかわしくない軽い音が響いた。銃口から発射された魔法弾は和佳子の障壁に阻まれて消える。ヨアキムを含めた全員の視線が銃に向けられた。
ポン、ポン、ポン!
続けて何発か放たれた魔法がみんな間抜けな効果音付きだ。とても戦闘中にする音ではない。私はおかしさで口の端から漏れる笑い声をかみ殺し損ねた。
「その呪い、私のお祖父さまとお祖母ちゃんの作ったものなんだって。『魔法を使うたびに変な音がする呪い』!」
「な……なんだ、それ!」
「すっごい面白い奴じゃないですか!」
「大三郎さん天才すぎるでしょ!」
和佳子たちが面白がって破顔した。くつくつ笑う私たちにヨアキムが盛大に眉根を寄せる。謝る気はない。というか状況が面白すぎて謝れる余裕がない。ヨアキムがトリガーを引くたびにポンポン鳴る編集で付け加えたような効果音。もはや戦闘どころではない。
「がっ……ぐっ……このっ……!」
ヨアキムは勢い余って銃を海底に叩きつけようとしたが、すんでのところで踏みとどまる。恥ずかしくなったのか頬が少し赤くなっていた。わなわなと両手を震わせた末に、その場から両足で飛び上がる。私たちが背にしていた潜水艦にヨアキムは飛び乗った。
「……っ、次に見かけたら絶対に容赦しませんよ……!」
ヨアキムは潜水艦の中に入り込むと、潜水艦ごとどこかへ行ってしまった。……あの呪い、私がなんとかすれば解けるのによかったのだろうか。去っていく潜水艦を見つめていると背中に衝撃が来る!
「あやめちゃん! あのブラックスターを撃退しちゃった!」
「あんな呪い、いつ覚えたんですか!?」
「前にマーガレットさんに教えてもらって……役に立ってよかった」
窮地から抜けたことで力が抜ける。少しよろめいたところをサバスが受け止めてくれた。
「……で、帰らなきゃいけないって結局どういうことだよ?」
「あ、あー……さっき話した通りというか」
「なんで黙ってたの!」
「さっき思い出して……」
さて、私がさっき力任せに放った言葉をみんなは見逃してくれませんでした、と。一気に三対一の構図が出来上がってしまって、三人の詰りに視線を逸らしながらこたえていると、遠くから甲高い、けれど腹の底まで響いてくるような鳴き声が聞こえて振り返る。
「……っあ、あれって!」
遠くから、神秘的な青い光が近づいてくる。うねるように海を泳いで、ゆっくりとゆっくりと。やがて全貌が見えてくると、アーサーが感極まって絞り出すようにさけぶ。
「ロトアルド……!」
紺色の海の中ではいっそ異質なほど美しい光の集合体。壁画からそのまま飛び出してきたかのような勇壮な出でたち。その姿に、思わず呼吸を忘れるほど見入ってしまった。
「うわ、うわ、わぁ……」
和佳子もサバスも言葉を忘れ、食い入るようにロトアルドを見つめている。海の中が青い光に満たされて、きらきらしていて星空のようだった。
「……あやめさんがヨアキムに呪いをかけたから、つられたのかもしれないですね」
私の足元でニャーテンが鳴いた。私はたぶん、この光景を一生忘れられない。
「ようやく……ようやく、見れた!」
アーサーは今までで一番の笑みを浮かべる。私たちも続けて笑った。やがて海の向こうに、ロトアルドは鳴き声をあげながら消えていく。その背中を見ながら、私はため息をついた。
(これが、ワンダーワールド……ああ、帰りたくないなあ……)
ここが海の中でよかったと心底思う。だって、ここでは涙が流れないから。
「和佳子、アーサー、サバスくん。……ここまで連れてきてくれて、ありがとう。」
精いっぱい、そう言った。声が震えているのにはきっと気がつかれていたと思う。
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