第三十三話 ロトアルド争奪戦
「っ、止まれ!」
大きな水に阻まれてぼんやりした、でもはっきり聞こえたサバスの声。どこまでも深い海だと思われていた海域は、十分ほど下降し続けたことで海底へと到達していた。サバスに言われるまま近くの岩場に身を隠す。
「なになに? どうしたの?」
「……あれ」
サバスの指を指す方向には光が見える。二つ。生き物の目とかそういうものではない。人工的な黒い影。
「あれ、何? 潜水艦……?」
「ブラックスターだ」
少し離れた海底の向こう側を、ブラックスターの証が描かれた潜水艦が横切っていく。アーサーが飛びださないように思わず右手を捕まえた。「流石にこの状況では行きませんよ」という声が聞こえた。
「……もしかしてブラックスター、私たちの昼間の会話を聞いていたのかも」
「あるな。あのタイミングで現れるのは都合がよすぎると思っていたが……こりゃ、本当にロトアルド争奪戦だ」
「絶対に勝ってやります。でないとロトアルドが可哀想」
私が握っているアーサーの右手に力が籠っている。それを軽く撫でて少し宥めた。
「それで、アーサー。なんか策があるとか言ってたけど、どうするの」
「よくぞ聞いてくれました! この子を連れてきたんです」
アーサーが制服の外套を捲ると、中からニャーテンが飛び出してきた。アーサーの飼っている個体の子だ。
「実はこの子も、ロトアルドと同じ呪いに関係がある生物なんです。ロトアルドが呪いに反応するなら、もしかしたらと思って」
「あやめちゃんも合わせて効果二倍だね!」
猫のようだと思うニャーテンは水に怖気づくことなく、マイペースにアーサーの懐から泳いで出てくる。猫のようで猫じゃない。潜水艦は離れた方に行った。
「でも、相手は潜水艦でこっちは生身でしょ。先を越されちゃうかも」
装備の差がありすぎると言外に訴えると、アーサーはそうですよね、と悩んでいる表情を見せた。
「……もうここからは運だ。祈るしかない」
「きっと会えるよ、大丈夫!」
潜水艦が去っていった方と別の向きへ向かうことにした。タイムリミットは着実に迫っている。和佳子の腕時計を見るにあとだいたい一時間半ほど。それまでに見つかるだろうか、と不安になる。水の中というのはいろいろと制約が付きまとって、障害物はないのに暗くて奥の方まで見えないし、見たこともない魚や魔法生物は泳いでいるし、水の重さがまとわりついて本当に動きにくい。こんな状態で敵に襲われても絶対に逃げられないだろうなと思って周囲への警戒を強める。ふと、視界の端で何かがちらついた。
「ん?」
ふりかえるとそこに二つの小さな光。それがなにか一瞬で正体を察した。
「潜水艦! 戻って来てる!」
先程も見たはずのブラックスターの潜水艦。ゆっくりと紺色の向こうから姿を現すそれは、まるで怪獣のようで背筋が凍る。
「やば、逃げないと!」
「どこへ逃げるって?」
後ろから聞こえたサバスではない男の声に弾かれたように振り返る。ヨアキムの姿があった。見つかってしまったらしい。目の前にはヨアキム、後ろには潜水艦。一気に逃げ場がなくなって、脳内でけたたましい警鐘が鳴る。思わず和佳子の袖を掴んでしまったのは、多分私が悪いわけじゃない。
「ファンタジア・イテルの生徒が、こんな深海に四人。このまま海の藻屑になりにきたのか」
冷たい声色、刺すような視線。ファンタジア号と出会ったあの日、銃口を向けられたことを思い出す。ヨアキムはあの日と同じように銃を取り出して、私たちに銃口を向けた。
「四対一だ、まだなんとかなるかもしれない。命優先しろ」
サバスの端的な指示に頷いた。ポケットをまさぐって杖を取り出し、銃と相対した。
(あの時は、マーガレットさんが助けてくれて……)
銃弾を魔法で弾き飛ばした。あの日が一番目まぐるしかったな。今考えるべきではないことまで考えてしまう。そう、あの日から始まったんだ。
「全てを運ぶ風が吹く! 『
和佳子が使った風の魔法が私たちの周囲に水流を作った。足に力を入れていないと流されてしまいそうだ。
「冷たい愛はここにある! 『
サバスが放った氷のつぶてが水流に乗って加速しながら襲いかかった。水中での戦闘は思った以上に不慣れで、魔法がうまくない私は障壁を貼ってヨアキムの魔法をはじくのが精いっぱい。
「神崎、俺の後ろ行ってろ」
サバスが後ろでに私を庇う。足手まといになっているとまざまざ教えられているようでいつも不甲斐ない。私もなにかできることを、と戦局を血眼になって観察した。ヨアキムも水中という制約に足を引っ張られているのか、地上にいるときよりも動作が多少緩慢だ。
(つくなら、きっとそこ!)
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