2.高原と初めての魔法
第五話 グローザー高原
「……?」
見慣れない天井に、寝起きの頭が困惑する。一拍遅れて飛行船___ファンタジア号に乗っているのだと気が付いた。体を起こしてベッドから降り、ウォークインクローゼットの中に入る。高校の制服を手に取ろうとして、隣のハンガーにかけてある赤いコートを思い出して手に取った。今日からはこのファンタジア・イテルの制服を身にまとって過ごすのだった。
「おはよう、あやめちゃん」
おはようございます、と声を出そうとして息だけを吐く。喋れないことには慣れていたはずだけど意外にも違和感があった。
「朝ごはん、トーストで大丈夫?」
頷くとキッチンの前に立った和佳子がトースターに食パンを放り込んでいた。昨日教えてもらった食器棚から皿を取り出し、机の上に並べる。
「……どうしたの?」
『実家では朝が和食だったから新鮮だなって』
「そっか。じゃあトーストだけだと足りない?」
『そんなことはないです』
筆談もあまり好きではないが、他にコミュニケーションをとる方法もないのでやむを得ない。会話を続けるのも一苦労だ。和佳子の声だけが聞こえる朝食を終えて部屋を出る。
「じゃ、授業に行こうか」
そういえば、ケイシーは一階が共同スペースで二階と三階が寮だと言っていたが。一階が教室、にしては少し不思議な言い方をしているような……
和佳子に連れられて歩いていくうち違和感を感じた。この廊下はエントランスへ続くものではなかったか。少し歩けば案の定、あの大きな宝石があるエントランスへとついた。生徒数人が魔法を唱えて、ファンタジア号の外へと出ている。
「あやめちゃんはまだ魔法使えないもんね。私に捕まってて」
『授業に行くんじゃないんですか?』
「うん、授業だよ。」
言われるがままその腕にしがみつくと、和佳子は声を上げる。
「古木和佳子、地上に参ります。『
浮遊感の後、落下。体がファンタジア号の外に飛び出していく。寝起きの頭を覚醒させるその感覚に、和佳子から離れまいと腕に力を込めた。ほどなくして着地する。
「……ん? ここ、どこ?」
「あ、あやめちゃんってそんな声してるんだ」
和佳子が嬉しそうに話しかけてくるのをよそに、周囲を見渡した。鮮やかな新緑色の草原。さわやかな風が吹き抜けていく。教室などはどこにもない。首を傾げていると、目の前にマーガレットが立ちはだかった。
「おはようございます、あやめさん。よく眠れまして?」
「あ……おはようございます、マーガレットさん」
「授業が始まりますわ。一年生の集合はあちら」
マーガレットに示された方に人が集まっていた。和佳子が「行こう」と手を引いてきたのでついていく。マーガレットは私たちとは別の集団へと歩いていった。
「あの、今日は校外学習……とかなんですか?」
「ううん、違うよ。……あれ、学園長から聞いてない? ファンタジア・イテルは、教室で授業をするような普通の学校じゃないよ」
一年生が集まっているらしい集団の端に立った。みんな慣れた様子で近くにいる友人と会話している。特に変な興奮があるわけではなく、それだけで日常であることは察せられた。
「ファンタジア号という利点を生かして、世界のいろんな場所を旅しながら授業するんだ。」
「……そうなんですね。じゃあ、ここはどこなんですか? スイスとか?」
規格外な学校だな、と素直に関心した。それにしてもこの草原は日本というにはしっくりこない。遠くの方には背の高い山が見えていて、鳥がパタパタ飛んでいる。適当な偏見による憶測を口にしてみたが、それはすぐに否定された。
「ここはそもそも地球じゃないよ。ワンダーワールドのグローザー高原」
「……地球じゃ、ない?」
「うん。あやめちゃんは今異世界に来てるんだ」
「……え、ええええええええええっ!?」
あまりの驚きで大きな声を出してしまった。周囲の人たちがいっせいに私に注目してきて恥ずかしい。和佳子が片手を振ってなんでもないよ、とその注目を払った。
「驚くよね。私もそうだったよ」
「い、異世界、って……」
「そう。ここはワンダーワールド。ちなみに私たちがもといた世界はオーバーワールド、って呼んでる。ファンタジア・イテルのほとんどの生徒はワンダーワールド出身で、留学生は基本的にオーバーワールド出身。私やあやめちゃんがそうだったように」
開いた口が塞がらない。和佳子は私の様子を気にせずどんどん話を続ける。
「あのファンタジア号で夜のうちに世界を越えてきたの。びっくりした?」
「びっくり、なんてものじゃないですよ……」
「のわりに落ち着くのが早いね。私、初めて聞いたときはびっくりしてしばらく信じられなかったんだけど」
「……なんかもう、今更驚いても体力がもったいないだけかなと思って」
冷静だね、と和佳子に言われるが、内心では困惑していた。ただこの二日で常識から外れたことがありすぎて「まあそんなこともあるかな」と思えるようになった。私、わりと適応力が高いのかもしれない。
「あ、先生来たよ」
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