2話 :栞とラブストーリーは突然に
先輩は読みかけの文庫本に栞を挟んでぱたんと閉じた。
栞。アサガオが刺繡された栞だ。
そうか、もうすぐ夏が来るんだよな。
「で、どうなの?」
先輩は返答がなかったことに多少イラっとしたのか、ややムッとした表情を僕に向ける。
「そりゃ、健全な男子高校生ですから。恋の一つや二つぐらい」
嘘だ。
確かに誰かを好きになってみたいとは思う。
僕は別に男の人が好きなわけではないし、きちんと高校生男子らしく女の子を好きだと思う。
でも、正直分からない。
いや、違う。怖いんだ。
誰かを好きになることが。
恋をする。
誰かを好きになるってどういうことだろう。
きっとお互いに照れくさくなったりして、ぎこちなくなったりするのかな。
「いつもと変わらない日常が違った風景に見えてくるんだ。」
頭の中で彼女が出来たクラスメイトが言いふらしていた事を思い出した。
結局あいつは2か月の立たないうちに振られてしまったけど。
それでも、それまでの間本当に幸せそうだった。
恋をするって、、。誰かを好きになるって、、。
僕にそんな資格はないのに。
「ふーん。」
一人悶々と頭を抱えていた僕に先輩は値踏みするような目を向ける。
「決めたよ。キミにする」
鋭い眼光に射抜かれる。
「どういうことですか」
いきなり何を言い出すんだ。この人。
僕が考えるより先に。
「いきなりだが私はモテる!」
先輩は腰掛けていたベンチから立ち上がり、スカートを2,3度払うと声高々に宣言した。
えっへんが板につくほどの堂々としたポージングを僕に向けたかと思えば、速足で僕に向かってにじり寄ってくる。
「だから。キミに決めたと言っているだろう」
だから何を言っているんだと言っているだろう。
内心愚痴を吐いてみたみたところで声は届くはずもなく。
僕はネクタイを掴まれ、先輩に引き寄せられる。
僕の胸板にゆっくりと押し付けられた先輩の豊満な胸。
僕とは全然違う女の子の匂い。
いや、女性の匂いと言ってもいいかもしれない。
先輩は上目遣いに僕を見上げて、
「自慢じゃないが眉目秀麗、成績優秀。誰もが一度は私の事を好きになったものさ。
一番初めに告白された時は幼稚園のお遊戯会の時だったな」
甘い吐息が僕の鼓膜に届く。
先輩はだから、、。相槌を打つ。
「だからキミもきっと私の事が好きになる。」
なんなんだこの人は。
僕があっけにとられていると先輩は押し付けていた胸を離すと
「だから、キミは私に恋を教えてほしい」
微笑みを僕に向ける。まるで無邪気な小さい女の子みたいに。
「え?何言って。」
「私は昔からモテることには事欠かない女の子だった。モテモテだ。モテよりのモテ。
トップ寄りのモテだった」
もうわかったよ。あんたがモテていたことは。
あれなんだか。最初に感じた印象とはどんどんかけ離れていくような。
「だが、どれだけモテていても。わたしには叶えることが出来ないことがあったんだ」
僕は購買で購入した総菜パンが入ったビニール袋を握り占めて先輩の続きを待った。
手は汗で湿ってきている。
「今まで短い年数でもあるが誰かを好きになるということがどういったことなのか分からないんだ。幼稚園の時にタカシ君に告白された時。中学の時にバスケ部の先輩のしんご君に校舎裏で無理やりキスをされそうになった時も。高校に上がってからすぐ、当時のクラスメートだった木村にストーカーまがいの愛情を受けたときも。分からなかった」
気のせいかな。
年齢が上がれば上がるほど、告白の内容がホラーになって行っている気が、、。
「だからさ、知りたいんだ」
先輩は伏し目がちにしばらく逡巡してから僕に眼光を向ける。
僕は双眸の奥深くにある神秘的な空間に思わず吸い込まれそうになる。
にっこり。
文字通り、形容してしまってかまわないと思う。
「私に恋を教えてくれよ。後輩君」
夏にはまだ少し早い時期この頃。
僕は一人の美しい容姿と黒髪、そしてこじれた性格を兼ね備えている年上のお姉さんと出会った。
昼下がりの屋上で。
彼女は僕に「恋を教えて」と迫ってきた。
彼女は時として女性でもあり女の子だ。
意外と嫉妬深い性格やこだわりだすと人よりも数倍のめりこんでしまう所。
商店街の真ん中で手を繋ぎながら何をするでもなくぶらぶらと歩いて放課後の余白を埋めたこと。
まあ、後になって分かったことだけど。
夏の一歩手前から始まって夏に終わるお話。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎内に鳴り響く。
偶然とも必然とも言える出会い。
僕もにっこりと笑って先輩に言ってやる。
とびっきりの笑顔で。たっぷりと感情をこめて。
先輩、、。僕、、。
食べられなかった総菜パンを口に放り込みながら言ってやる。
「嫌です。めんどくさいし」
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