第6話 過保護な妹


 少しだけ、俺の妹の伊勢鈴鹿の話をしよう。


 どうやら、この世界の俺には妹というものがいるらしい。もちろん、前の世界では俺に妹なんかいなかった


なぜ前の世界ではいなかった妹が、この世界ではいるのだろうか?


 パラレルワールドだからそんなものだと片付けてしまえば簡単だが、この機会に少しだけ伊勢家の構図についても触れておきたい。


 俺の両親は互いに離婚を経験している。その後、再婚をして俺の知っている伊勢家の形になる。


 その際、父の連れ子としていたのが俺、伊勢伴教だ。母の方には連れ子はいなくて、二人が再婚してからも子どもが生れるようなことはなかった。


 それだというのに、この世界の俺には妹がいる。


 考えられる可能性としては、鈴鹿は母の方にいた連れ子であるという可能性だ。


 それなら、血縁関係もない連れ子の義妹として俺がドギマギするのは仕方がないというもの! むしろ、ラノベ的展開でできた美少女妹という状況に興奮をしてもおかしくはない!


「そう、おかしくはない……はずなんだけどなぁ。まさか、母さんと父さんの子供だったとはな。がっつり血縁関係あるじゃないかよ」


 俺はスーパーでショッピングカートを押して、今晩の夕飯の食材を選んでいる鈴鹿を見て大きなため息を漏らす。


普通、貞操観念逆転モノに出てくる妹で血縁関係があるなんてこと展開あるのかね。


 俺がそんなことを考えていると、鈴鹿が俺の方に振り向いて慌てた様子で俺を手招きする。


「伴教くんっ。あんまり私から離れちゃダメだよ。こっちきて」


 俺が鈴鹿に言われてカートを押して近づくと、鈴鹿は食材をカゴに入れて俺の隣にピタリと並んだ。


 手を繋いでいる訳ではないのに、手を繋いでいるよう距離間。俺はその距離間にドキマギとしてしまっていた。


 いくら血の繋がりがあると言われても、初対面の一個下の女の子を相手に何も思わないでいられるほど俺は非童貞じゃない。


 ちくしょう。なんか自分が少し情けない気がしてきたな。


 ちなみに、鈴鹿が人前で俺のことを名前で呼ぶのにはきちんとした理由がある。


 それは、『お兄ちゃん』よりも『伴教くん』と呼んだ方が、周りが俺たちを恋人だと勘違いするかららしい。


 鈴鹿は周囲に自分たちのことを恋人だと勘違いをさせて、俺を守ろうとしてくれているのだ。


 この世界の常識を全く知らなかった退院して間もない頃など、この作戦で何度女子から守ってもらったか数えきれない。


 貞操観念逆転という、彼女いない歴=年齢の俺にとって刺激が強い場所で生活ができているのも、鈴鹿の存在がかなり大きい気がする。


 俺がそんなことを考えていると、鈴鹿が声をひそめて耳打ちをしてきた。


「後ろからお兄ちゃんに声を掛けようといていた大学生、私が近づいたらすぐにどこか行っちゃったよ。やっぱり、この方法は女の子を遠ざけるのに効果的みたいだね」


「え? そ、そんな女子大生がいたのか?」


 俺は鈴鹿の言葉を聞いて、辺りを見渡して俺に声を掛けようとしてくれていたお姉さんを探そうとする。


 すると、鈴鹿が俺の脇腹を肘でちょんっと押してきた。


「お兄ちゃん、なんか嬉しそうだけど探してどうする気なの?」


「どうするってそりゃあ……どうしようもできない、けど」


 俺は鈴鹿にジトっとした目で見られて、静かに目を伏せる。


 きっと、モテる奴ならここで声を掛けてくれそうだったお姉さんを探して、声を掛けるのだろう。


 しかし、今まで彼女はおろか女友達もまともにできていない俺が、そんなナンパまがいなことができるはずもない。


 俺が肩を落としていると、鈴鹿が小さく咳ばらいを一つする。


「女の子とお付き合いする前に、まずは妹の私と普通に接することができるようにならないとでしょ。それまでは、私が初心なお兄ちゃんの純情を守ってあげるからね」


 俺は鈴鹿に満面の笑みを向けられて、頬を掻く。


「いや、さすがに、妹に純情を守ってもらうって言うのはどうなんだろうか」


 俺が顔を引きつらせて笑うと、鈴鹿が俺の服の裾をくんっと引っ張って俯く。俺は鈴鹿の雰囲気が暗くなったのを見て、しまったと顔を覆う。


「それに、今度お兄ちゃん何かあったら、私……」


「だ、大丈夫だって、鈴鹿。俺も色々気をつけるし! それに、ほらっ、鈴鹿が俺の純情を守ってくれるみたいだし!」


 俺が少しおどけるようにそう言うと、鈴鹿は俺の言葉に安心したのかすぐに顔を上げた。


「うん、うんっ。任せてね、お兄ちゃんーーじゃなくて、伴教くんっ」


 鈴鹿は微かに頬を赤らめ、明るい笑みを浮かべた。


 俺はいつもの調子を戻した鈴鹿を見て、胸をなでおろす。


 六年前、鈴鹿は交通事故で一気に両親を失った。そして、その事故で俺が鈴鹿を庇って、意識不明の重体になってしまったらしい。


 庇ったと言っても、咄嗟に俺が鈴鹿を抱き寄せただけらしいが。


 そんなことがあったこともあり、鈴鹿は自分のせいで俺が大けがをしたと思い込んでしまっているらしい。


 その結果、鈴鹿は俺に対してかなり過保護になってしまった。


 どのくらい過保護なのかと言うとーー


「伴教くん、段差あるから気をつけてね」


 鈴鹿は心配そうに眉尻を下げて俺を見る。


 こんなふうに、スーパーの段差で俺が転ぶんじゃないかと本気で心配するくらいだ。


 六年間毎日欠かさずに病院に見舞いに来てくれた健気な妹。そんな妹を邪険に扱えるはずがないだろう。


 というか、これだけ尽くしてくれる可愛い子って、普通のラノベなら思いっきり攻略対象に入ってもおかしくないんだよなぁ


 俺はそんなことを考えて鈴鹿の横顔を覗き見る。


 ……本当に父さんの血が入っているのか?


 血縁関係があるとは思えないほど可愛い横顔を前に、俺はそんなことを考えるのだった。


「ん?」


「どうしたの、お兄ちゃん」


「いや、なんでもない」


 俺はどこかから視線を感じたような気がして振り向くが、すぐにまた視線を前に戻す。


 この世界は男が少ないし、男がいれば視線を集めるのは普通のことだろう。


 俺はいつも感じるような視線に対して、そんなふうに考えるのだった。




 4月8日。

 入学式後、伊勢くんは妹の鈴鹿ちゃんと校門前で待ち合わせをしていた。

 校門の前で、鈴鹿ちゃんは伊勢くんのことを『伴教くん』と呼んでいた。おそらく、事情を知らない人からしたら二人は付き合っているのだと思うだろう。

 二人はスーパーの中でも恋人のフリをしているらしく、伊勢くんにナンパをしようとしていた女子大生を撃退していた。

 その後、自宅に帰るまで二人は恋人のような距離間を保っていた。

 そして、その一部始終を数人のクラスメイトたちに見られていた。

 「……伊勢くんを守るために、この設定は使えそうよね」

 私はふふっと小さく笑って、そんなことを考えるのだった。

 


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