過去へ遡る

 すみれは自分の部屋で目が覚めた。

「夢だったの?」

 目覚まし時計のアラームが鳴っていて、それを止めると制服に着替え、階段を降りてリビングへ行くと、いつもと変わらず、母が朝食の準備をしていて、出勤前の父が座っていた。

「おはよう」

 父がすみれに声をかけると反射的に、

「おはよう」

 と返した。平和な世界が現実で、やはり夢を見ていたのだとすみれは思った。

「すみれ、おはよう」

 母が準備を終えて、すみれに声を掛けて座った。

「おはよう」

 すみれが挨拶を返すと、いつもの柔らかな笑みを湛えた母が手を合わせて、

「頂きます」

 と言う。父とすみれも頂きますと言って、朝食に手を付ける。


「行ってきます」

 と父が先に出かけ、すみれも身支度を終えると、母に挨拶をして家を出た。平和な一日の始まりだった。

 学校へ着くと、自分の教室へ向かうが、何かいつもと違うような違和感を覚えた。

「あなた、教室を間違えてるよ」

 教室に入ると、見知らぬ女子生徒が、怪訝な表情を浮かべて言う。確かに、そこはすみれの教室ではなかった。そこにいる生徒たちの顔ぶれが全然違う。

「失礼しました」

 とすみれは慌てて教室を出て、クラスの表示を確かめると、そこには二年三組と書かれている。自分は二年三組だったはずだと、すみれは思ったが、それすらも夢だったのかもしれないと、生徒証明書を取り出して確認してみると、一年一組と書かれていた。すみれは訳が分からなかったが、この二年三組のクラスは自分のクラスではないということは明らかだった。そして、すみれが一年生だった時の一組の教室へ向かうと、佐藤静香が教室へ入る所だった。彼女は一年の時も、すみれと同じクラスだったのだから、すみれは今、一年生で、この教室がすみれのクラスの教室で間違いなかった。恐る恐る入ってみると、やはり、見知った顔ぶれで、彼らは一年の時のクラスメイト達だった。

 どこからどこまでが夢で、どこからどこまでが現実なのか、すみれは混乱していて、この日の授業は全く集中できずに一日が終わり、放課後となった。


 捕食者に襲われた事が夢だったら、自分は能力者でもないし、オカルト先輩も能力者ではないはずだ。そう思ったすみれは、それを確かめに、オカルト研究部の部室へと向かった。部室の戸には紙に手書きで『オカルト研究部」と書かれていた。意を決して、その戸を引き開けると、

「いらっしゃい!」

 すみれの知っている、元気なオカルト先輩が出迎えた。その瞬間、あれは夢ではないと確信が出来た。初めて会うはずの彼女をすみれが知っているという事が、既におかしいのだから。

「どうしたの? そんな顔して? 何か物凄く神妙な感じだよ? 私でよかったら、相談に乗るよ?」

 とオカルト先輩こと、石原彩夏いしはらさやかが言う。

「先輩、超能力ってあると思いますか?」

 とすみれが真剣な表情で聞くと、

「あるよ。あなたもあるでしょ? 超能力」

 と石原が答えた。

「あなたもっていう事は、先輩も能力を持っているという事ですよね? その能力はサイコキネシスとテレパシーでしょうか?」

 とすみれが質問すると、

「うん。そうだよ」

 と石原は笑みを浮かべて答えて、

「私はこのオカルト研究部部長の石原彩夏。あなたは?」

 と言葉を続けた。

「私は水月みなつきすみれです。今は一年一組ですが、未来から遡って来たみたいです」

 とすみれは答えた。

 すると、石原は驚いた様に眼を大きく見開き、

「凄い。それで、未来では私と出会っていた?」

 と聞いた。

「はい」

 すみれはそう答えたあと、

「話してもいいですか? 未来で経験してきたことを」

 と前置きして語り始めた。


 全てを聞き終わったあと、石原は深刻な表情でこう言った。

「危機的状況ね」

 そして、

「この学園に能力者はそんなにいない。私が知っているのは、あなたが生徒会長と言った沖田君だけ。彼は今二年生で、生徒会の書記を務めているわ。残念ながら他のメンバーはこの学園に存在しない。少なくとも私は笹崎先生と宝条ほうじょうさん、高杉君を知らない。私と同学年でありながら、目立つ存在だったはずの彼らを知らないはずはないわ。私の学年は五クラスで、一クラスが大体三十八人。学年全体では二百人弱。全ての顔と名前が分かるわけではないけど、その二人は居ないというのは分かっている。すみれちゃんが時間を遡ったのは始めてじゃないよね? もしかしたら、何度も繰り返して遡り、何かが変わったのかもしれない。それとも、彼らはこれから転校してくるという事かもしれない。笹崎先生はこれから異動してくるのかも。いずれにしても、先の事は分からないわね」

 と言ったあと、

「あなたが言う、JAXA職員の浅野先生を訪ねてみない? そこだけは確実でしょ?」

 と提案した。


 オカルト研究部の部員は幽霊部員の三人を加えて、たったの四人。これは、すみれがやり直しをする前と変わらなかったが、名ばかりの顧問は美術の松尾雄二という男性教師だった。彼は美術部の顧問も務めていて、オカルト研究部の活動には全く関与していないという。といっても、オカルト研究部は週一の一時間だけ部室に集まり、オカルトについての書籍を読んだり、動画を見たりするだけだと、石原が話してくれた。


「というわけだから、早速、顧問に許可を取ってくるね」

 と石原は言ったあと、

「ちなみに、すみれちゃんもうちの部員として登録するから、この入部届に署名して」

 とどさくさ紛れに、すみれを入部させたのだった。


 そして五月十二日、日曜日。石原とすみれ、幽霊部員の三人が、オカルト研究部の部室に集まった。

「オカルト、どうやって入部させたんだ? まさか無理強いしたんじゃないよな?」

 と幽霊部員の一人、大野龍賢おおのりゅうけんが言うと、

「大野君、人聞きの悪い事言わないでよ」

 と石原は言葉を返したが、自分の行動を振り返り、

「まあ、無きにしも非ず」

 と苦笑いしてごまかした。

 その後、石原がすみれを部員に紹介して、部員たちはそれぞれ自己紹介したが、すみれはこの三人の幽霊部員、大野龍賢、野山秋帆のやまあきほ華原駿介かはらしゅんすけとも未来で会っていた。

 オカルト研究部のメンバーは電車とバスを使って、浅野涼の居るJAXAの宇宙科学研究所へ向かった。そこは一般公開されていて、誰でも見学が出来る施設で、多くの見学者たちが来ていた。

「さて、受付も済ませたし、見学しながら、私の呼びかけに彼女が来てくれるのを待ちましょう」

 と石原が言って、見学をしていると、黒いパンツスーツを着て、長い髪を一つに纏めた女性が、パンプスの音を響かせながら颯爽とやって来る。すみれは彼女の顔を見て、それが浅野涼あさのりょうである事を確認した。


「本日は当研究所へようこそ。ここからは私がご案内致します」

 と浅野は笑顔を見せて、

「では、どうぞこちらへ」

 とすみれ達を奥へと案内した。

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